気化熱Tシャツ大作戦
殺人的な暑さである。
もはや《暑い》なんて言葉は、この灼熱の太陽に焼かれ、その辺のアスファルトの上で焦げついてカピカピになっているのではないだろうか。
この暑さはもはや《暑い》ではない。ここまでくれば、例え誤用であっても《熱い》と書いたほうが、正解ではないか。
そう思ってしまう。
現在、我が家のキッチンの温度計は36℃を指している。
築古賃貸マンションの角部屋の、更に角にある我が家のキッチンは、朝からたっぷりと日差しを浴びる。まさに、太陽に愛されていることを実感できるキッチンだ。
それなのに、我が家のキッチンはエアコンがつけられない。
エアコンをつけたければ、窓用エアコンなるものを設置するしかない。
この窓用エアコン、最安値の物でも価格は4万円近くする。
酷暑を思えば、たかが4万。
懐を思えば、されど4万である。
こういった窓用エアコンは、普通のエアコンよりも、電気代が高いと聞く。あのキッチンを適温まで冷やすとなると、どれだけの電気代がかかるだろう。想像するだけで肝が冷える。冷えた肝が体感温度を下げてくれればいいのだが、そうはいかない。まさに肝の冷え損である。
とはいうものの、私だって、文句ばかり垂れているわけではない。自分なりに、酷暑のキッチンに耐えるための対策をしている。
それは……
着ているTシャツを水で濡らし、洗濯機で脱水させ、それを着る。
というものである。
湿ったTシャツに扇風機の風を当てれば、気化熱のおかげで涼感が得られる。シャツが冷たいうちに、ガス火の調理をしてしまおうというのだ。
私はこれを、気化熱Tシャツ大作戦と呼んでいる。
しかし、さすがは酷暑。
濡れたTシャツは十分足らずで乾き、涼感は瞬く間に失われてしまう。私は失われた涼感を求めて、再度、水でTシャツを濡らし、洗濯機で脱水し、着る。調理中、これを二回ほど繰り返す。
だが、この気化熱Tシャツ。
体は冷えるのだが、湿ったTシャツというものは、やはり着心地がいいものではない。どちらかといえば大変不快だ。
しかも、扇風機は、キッチンと非常に相性が悪い。ガス火がゆらゆら揺れて調理しにくいし、ラップを使えば風でめくれて、くっついてしまう。作業効率が著しく落ちる。
つい先日、青菜のお浸しに鰹節をかけたら、扇風機の風のせいで、ふわーっと紙吹雪のように、舞い上がってしまった。
私は、飛んでいく鰹節を追いながら、
「んだぁぁーー! ひぃーー!」
おおよそ日本語とは思えない叫び声をあげていた。
体温越えの暑さの中、身をかがめて、床に散った鰹節を回収するのは、暑さに弱い私にとって、なかなか堪える作業であった。
そんなわけで、厳しい夏の暑さと、舞い上がる鰹節に悲鳴を上げながら、私は連日、気化熱Tシャツを着て、灼熱のキッチンに挑んでいる。
私と同じように、エアコン環境のない調理場で悶絶している同志の皆さん。気化熱Tシャツ、決して快適ではありませんが、命の危険を感じたときは、是非お試しください。
◇◇
ちなみに、私は夏になると、毎年、我が家のキッチンの窮状を訴える話を書いています。書くことで、酷暑のストレスを発散しているようです。
お読みいただき、ありがとうございました。
お読み頂き、本当に有難うございました!