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天然の起きたて


 「おはよう」
 夫が起きてきた。
 私も「おはよう」と優雅に朝の挨拶を返すつもりで振り返ったのだが、夫の姿を見て「おはよう」を言うことが出来なかった。そのかわりに私の口から飛び出したのは、

「すごい!」

 の一言であった。
 夫は私の一言に「何が?」と言い、眩しそうに目を細め、まぶたを小刻みにパチパチさせていた。Tシャツに手を突っ込んで胸をポリポリ掻き、雷に打たれたかのような寝癖の髪が天上に向かって立ち上がっている。
 そして全体的にしっとりしているのだ。

 「炊きたて」「焼きたて」「揚げたて」「握りたて」「搾りたて」

 この世にはいろいろな「たて」があるが、「たて」というものは大体が新鮮さに溢れているものだ。今、目の前にいる夫はまさに、起きたてホヤホヤ。ふわふわと湯気が立ちそうなくらいの「起きたて」であった。

 起きたて過ぎて、香ばしい匂いすらしてきそうである。
作為なく生まれたこの素晴らしい寝起き姿は、まさに「天然の起きたて」と呼ぶにふさわしい。

 天然マグロ、天然うなぎ、天然鮎…
 養殖でも充分おいしいのに、なぜ「天然」はもてはやされるのだろう。私は今まで、それを疑問に感じていたのだが、今、目の前にいる夫を見て、活きのいい天然物が、いかに奇跡的で素晴らしいものであるか、わかったような気がした。

 もし私が腕のいい寿司屋ならば、
「お客さん!今日は良い天然の寝起き入ってるよ!起きたてだよ!」
と、夫の見事なまでの寝起きを客に勧めたに違いない。

 これぞ「起きたて」という、大道の寝起きを見られたことに、私が感動していると、夫が

 「ごはん…まだ?」

 と、横で小さく呟いた。
 振り向くとそこには、お腹を空かせている、いつもの夫がいた。まだ10分ほどしか経っていないのに、湯気が立ちそうなくらい起きたてだった夫は、もうすっかり通常営業に戻っている。

 「起きたて」とは儚いものだ。天然マグロの大トロを口に入れ、
「あぁ!舌の上で溶けちゃった!」
 と驚愕するのと同じくらい儚い。

 「たて」には眼を見張るばかりのきらびやかな新鮮さがある一方、「たて」を感じる要素は、時とともに急速に失われていってしまうのだ。

 今、この一瞬しか見ることの出来ないものがある。

 私はそんな一瞬の時に思いを馳せながら、お腹をすかせている夫に何か作るべく、深い感慨と共にキッチンへ向かった。





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