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ひとりオリンピック


 猛暑である。
 私はとにかく暑いのが苦手なので、現段階で既にヒーヒー言っている。序盤でいきなり王手を食らったような状態だ。

 冷房の無い台所が地獄と化している。酷い時は室温が36度を超える高温多湿の台所である。
 そんな日は当然、外のほうが暑い。窓を開けても熱風が入ってくるだけなので窓を開けると、かえって室温が上がってしまう。
 熱気に囲まれ逃げ場がない。打つ手なし。夏に投了である。

 我が家はオール電化なる殿様のようなシステムは導入していない。私はこの酷暑の中、エアコンのある部屋から一番離れた孤島の台所で、連日、ガス火との熱い戦いを繰り広げている。

 暑い時、唐揚げや天ぷらで冷酒やビールをキューッとやるのは最高に美味しい。想像しただけで悦に浸れる。悦に浸るだけで満足できるならいいのだが、当然食べたくなる。食べたいと思うなら作るしかない。

 酒飲みの食い意地でもって、意を決して30度超えの台所で揚げ物をしようとするが、当然暑い。滴る汗が揚げ油に入ろうものなら、不衛生な上、パーン!と油がはねてしまうので、そのへんの注意も必要だ。暑さで思考が低下する中、いろいろなことに気を配らなければならない。

 揚げ終わる頃には疲労困憊。
 顔は赤くなり、軽く眩暈もしてくる。完成した天ぷらを食卓に並べる頃には、ロス五輪伝説の女子マラソン選手・ガブリエラ・アンデルセンのような状態になってしまうのだ。


 もはやこれは、ひとりオリンピックだ。
 私の残せる記録は、舞茸天をいくつ揚げたかくらいでしかないが、私にとっては、この無冷房無観客の台所こそが国立競技場なのだ。
 考えてみれば、私の五輪はとうの昔から無観客である。

 誰もいない台所で、黙々と天ぷらを揚げる私。
 観客のいない競技場で黙々と競技をする選手たち。

 こう並べてみると、遠い存在に思えていたオリンピック選手たちが自分と近しい存在のように思えてくる。そんな妄想が止まらないのも、きっと暑さのせいだろう。

 無観客の中、これから良い記録を揚げようとする選手たちにシンパシーを感じつつ、私も熱気あふれる台所で舞茸を揚げてこようと思う。





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