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夫、妻を乾燥から守る

 私は痒がりである。
 汗をかけば痒くなり、ゴムで擦れては痒くなり、蒸れたと言ってはボリボリ、乾燥したと言ってはバリバリ掻いている。

 そのときもすねが痒かったので、部屋着のズボンを膝までまくっていた。長ズボンを履いていたら少し蒸れてしまったのだ。そんな格好で、私は何故か体育座りで、ポテトチップスを食べながら、夫と二人で晩酌をしていた。

 小腹が空いていたのか、夫は私が袋に手を入れる隙もないほどに、バリバリとポテチを食べている。

 勢いよく食べて満足したのか、夫の手がピタッと止まった。ポテチを貪っむさぼた手は塩で汚れている。その手をどうしていいかわからないまま、夫は静止していた。手拭きがなかったので、ティッシュでも渡そうかと私が箱に手をかけた次の瞬間、

 何と夫は、私を笑顔で見つめながら、その手についた塩を、私のスネで拭いたのである。

「え」

 こういうとき、人は多くを語れないものだ。この「え」の中に、様々な思いが含有している。

 いや、なんで私の脛で拭いた? さっきから私が痒い痒い言ってたの、あなた聞いてたでしょうよ。それなのに何故、今、その手を私の脛で拭いた?

 しかし、私の心に去来した感情は、口について出たときには簡略化され、

「え」

 という、たった一文字になってしまったのである。

 一文字しか発しない妻を見て、夫はイタズラをしてしまった犬や猫が許しを請うような、そんなつぶらな瞳で私を見つめた。

フェネック
・・・・・・・・・。

 見つめ合っていても仕方がないので、私は夫に、

「あなたね、私が脛が痒いの知ってたでしょうよ。何でよりによって、一番肌にダメージを与えそうな塩のついた手を、私の脛で拭いたのさ」

 と聞いてみた。

「ち、違うもん。そんな因幡の白兎いなばのしろうさぎみたいなことしないもん」

 そう夫が言った。
 因幡の白兎とは、古事記で有名な、あの伝説のうさぎのことである。
 ワニを騙して怒りを買い、皮を剝がされた白兎が、八神姫の元に求婚に向かう神々たちに「海水を浴びて風に当たれば治る」と意地悪を言われる。それを信じた白兎が、更に状態を悪化させてしまうのだ。最後は、大国主命に正しい治療法を教えてもらい、白兎は怪我から完治するのである。

 ちなみに、海水にはおよそ3.5%の塩分が含まれている。
 つまり夫は、因幡の白兎のごとく肌を痛めている妻に、海水(塩)を塗るような意地悪な真似はしない、と言いたいのだ。更に夫は続ける。

「か、痒いっていうから、油を塗ってあげようと思っただけだもん」

 手に付いたポテチの油で肌を乾燥から守ろうとしただけだ、と言いたいらしい。確かに、肌をオイルでケアする方法もないわけではない。しかしだからと言って、

 ああ、そうなんだ~♪有難う♡

 と、なるはずはない。
 私はじっとりと夫を睨みつけ、ティッシュを引き抜くと、黙ったまま脛を拭いた。






その他の夫とのエピソードはこちらのマガジンにまとめています。

 

 

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花丸恵
お読み頂き、本当に有難うございました!