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涼しさを疑う

 疑り深いたちである。
 化粧品の通信販売の番組などで、モデルさんの使用前使用後の顔を見せられても、
「いやいや、使用前のほうはライトが暗すぎるわ」
「使用前使用後も同じ表情にしてくれなきゃわかんないよ」
 などとブツブツ言いながら、その美容効果を疑っている。
 ドキュメンタリーを見ていて、唐突に青汁が登場すると、それまで語られていた苦労話は、もしや脚本ではないかと疑心暗鬼になる。
 疑り深いことこの上ない。

 10月に入り、世間ではようやく涼しくなってきた……なんて話を耳にする。

 今年の夏は本当に異常だった。
 エアコンのない我が家の台所は連日35℃を越え、扇風機を回し、換気扇で空気を入れ替え、様々な対策を練っても、まさに焼け石に水だった。
 氷を口に入れる。という秘策をある方から伝授され、それを遂行し、どうにかギリギリ事なきを得たが、それでも思い出すだけで眩暈がするほど、今年の酷暑は死のにおいがした。

 死のにおい、なんて表現を大袈裟と思う方もいらっしゃるかもしれない。だが、大袈裟ではないことを、証明する写真があるので、ご覧頂きたい。

証拠写真1

 これは、換気扇の羽根である。
 9月も終わりに近づいてきたある日のこと。換気扇を回していたら、ブイブイとおかしな音が鳴った。まさに文字通り、ブイブイ言わせていたわけなのだが、別にうちの換気扇がお気に入りの子を侍らせて、キッチンでパーティーピーポーになっていたわけではない。

 換気扇を止め、取り外して洗ってみると、羽根は無残にも割れていた。

証拠写真2
奥と手前にヒビが入っていて、見えないところも割れている。

 実はこの換気扇の羽根、使用期間はわずか一年半。

 エアコンもなく、直射日光が当たる角部屋の台所である。しかも埼玉は風が強い。群馬のからっ風には及ばないものの、埼玉の風は時として、轟音で我々県民に語り掛けてくる。酷暑による死のにおいを、いの一番に嗅ぎ取ったのは、この換気扇の羽根であった。

埼玉銘菓十万石まんじゅうのCMでも、
埼玉の風が語り掛けていると伝えている。


 それゆえ、我が家の換気扇の羽根は、強風と暑さの影響をもろに受ける。
 この家に越してきて6年ほどになるが、換気扇の羽根の交換は今回で実に三回目。オリンピックの開催より高い頻度で取り替えている。

 この換気扇の羽根のヒビから発せられたブイブイは、決して調子に乗って漏れ出たものではない。換気扇は酷暑のせいで這う這うほ ほていだった私のために、その身を散らしていったのである。

 9月も目が回るほど暑かった。
 それなのに、新品の羽根が届くまで換気扇が回せない。熱気がこもり続ける中でのガス火調理は、大変な混迷を極めた。
 暑さを共に乗り越えてきた同志を失った私は、9月下旬、調理後に熱中症気味になり、ダウンしてそのまま2日ほど高熱に見舞われてしまったのだった。

 そうして私も換気扇も完治した昨夜、私は数か月ぶりに天ぷらを揚げた。ああ、とうとう揚げ物ができるまで涼しくなったのかと感慨に浸る一方で、心のどこかでまだ、私はこの涼しさを疑っている。

 考えてもみてほしい。

 私たちはこれまで、ひょっこり顔を出した『涼しさ』に、どれほど裏切られてきたことだろう。朝、外に出て少しひんやりした空気を肌に感じ、
「ああ、やっと……」
 なんて思って長袖を引っ張り出したら、昼過ぎには体があずきバーを求めるほどまで気温が上がる。着ていた長袖がうっとおしい。
 私はその都度、

「もう涼しいなんて信じない!」

 質の悪い男に惚れてしまった乙女の如く叫び、長袖を脱ぎ捨ててサラサラのエアリズム着替えていた。

 しかし今日の明け方、ふと目を醒まし、私は違和感を覚えた。半袖からぼよんぼよんに伸びる両腕が、心なしかスーッとするのだ。薄い掛け布団が何だか頼りなく心許ない。

(あれ? ひょっとして、もしや今日は涼しいのか?)

 私は布団にくるまりながらそんなことを思う。しかし、これまでそう思って長袖にした途端、私は裏切られてきた。そうやすやすとこの涼しさを信じるわけにはいかない。私は薄い掛け布団の中でさらに体を丸め、まんじりともせずに時間いっぱいまで眠った。

 だが、やはりどことなく寒かった。

 そのせいで、私はあまりよく眠れぬまま朝を迎えた。
 長袖に着替えたほうがよかったのではないか。そんな思いが頭をもたげたが、いやいや、と頭を振り、それを打ち消す。着替えたら着替えたで、私は寝汗をべったりかいたはずだ。きっとそうだ。

 そして、凝りもせず私は今も半袖である。

 少し肌寒い気がしないでもない。でも、この涼しさを信じて、また裏切られたらと思うと、私は長袖に袖を通すことをためらってしまうのである。


 


 こちらの投稿をした際、皆さんからコメントで励まして頂いたおかげで、何とか夏を乗り切ることができました。有難うございました!

 私を酷暑から救ったあずきバー。


お読み頂き、本当に有難うございました!