『せんせい』になって Part1
心空です。
わたしのお仕事について
お話ししようと思います。
とその前に少しだけ
心空さんのむかし話
『せんせい』としてスタートから読む人は
飛ばしてOKです
小学校からの夢であった
学校の『せんせい』
中学校は、不登校のため、あまり勉強せず
高校に入って、素敵な先生と出会い
勉強が好きになりました!
大学に入っても、勉強することが楽しく
たくさんの本を読んだり、問題を解いたりしました。
※第一志望の国立大学には、落ちました。
第二志望の私立大学は合格。
教員採用試験にむけて、死ぬほど勉強しました。
※それだけおバカでした
大学でも素敵な先生に出合い、成長することができました。
たくさん支えていただき、無事現役合格!
そしていよいよ
『せんせい』としてスタート
歴代受けもちの子どもたちは、最高❗️
そして、保護者の方も素敵な方ばかり❗️
だから、ある程度の決まりの中であれば、自由
※ただし、心空『せんせい』の「ここ聞いて!ここ書いて!」は、必修
だって、学校をキライ、行きたくないって思ってほしくない
一人一人のできること、できないことを
認め合うクラスや学年を作ろうと努力してました。
ぶつかり合ってもいい
最後にこの人は、「あなたは、こういう考えね」と
分かり合えることが必要
その人と考えがぶつかっているだけで
その人自体を否定しては、
いけないよと伝えていました。
少しでも多く登校してほしい
子どもを甘やかしているだろう。
協調性とか身につかないのでは?
と思われるかもしれない。
でも、学校に行けなくなったら終わり。
「あのさ、やりたくない、もしくは気分じゃないかもしれない
ほんとにごめん!ここは、がんばってやろう!」と
申し訳なく何度も言うこともありました。
『せんせい』がうまく教えられない、やる気にさせられなくてごめん
といったこともあります。
放課後に、先輩の先生方に相談したり
助けてもらったらしました。
学校に足を運べることが目標
1日1個でも楽しかった、おもしろかったを目標に
日々努力していました。
最低でも1週間に1つでも「まぁ~あれは楽しかったかな」
と思ってもらえるよう、努めてきたつもりです。
それを積み重ねていけば、不登校は少なくなるはず。
生き渋りも少なくなるはず。
自分自身、学校に行けなかったからこそ、
休みながらでもいい、少しでも学校に顔出してくれたらうれしい
そういうスタンスで、やってきました。
次回予告
心空さんが『せんせい』として
実践してきたことをお話しできればと
思っています。
テーマなどは決まっていません。
「授業のネタ」「学級便りの内容」「研修で行ったこと」
「教員採用試験について」「教員の良しあし」といったところでしょうか