学芸美術 画家の心 第55回「ウイリアム・ターナー 雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道 1844年」
なんだこの絵は?
不自然な橋の上を蒸気機関車が爆走している?
機関車の先頭の白と赤色は何だ? ヘッドライトか?
煙突から出る煙は…、横に流され峡谷の下へと流れている?
左にも橋が架かっている。
背景の空もだが絵全体がぼやけ、何が何だかよくわからない。
画集の解説には、テムズ川に架かるメイデンヘッド鉄道橋を渡るグレートウエスタン鉄道で、嵐の中を爆走る雄姿を描いたとある。
そして、ターナーは機関車の石炭を入れる炊き込み口を前面に描いた。
煉瓦橋の橋げたは奇妙に突き出している。
左に鳥瞰的に描かれた橋、これが現実のメンデルヘッド橋だ。橋のたもとには三人のひとが乗る小舟が写実的に描かれていることからも左が現実なのだ。
では右側の最初に目に飛び込んでくる機関車と橋は虚像であり、ターナーの心の中に浮かんだ象を描いたことになる。
焚口を前面に描いたこと、橋脚がゆがんでいること。これはまるで20世紀初頭に始まるキュビズムそのものではないか。ピカソやブラックが始めるより70年も、80年も先取りしている。
さらに20世紀中葉に始まる画家の心象を描く表現主義ともとれる。ターナーは時代を百年も先取りしていることになるのだが。
ターナー自身は、時代からしてロマン派に属し、若くしてイギリスのロイヤルアカデミーの会員になり、国民的な画家になっていく。
そんなロマン派の写実的な時代にありながら、わたしたちが知る印象派やキュビズムを飛び越え、表現主義にまでにたどり着いたターナーとはいったいどのような人物だったのだろうか。
当然のことだがこれらの絵は売れることなく秘蔵され、彼の死後数千点に及ぶすべての作品を国に寄贈した。これがきっかけとなりイギリスナショナルギャラリー(国立美術館)が設立されることになる。
彼の絵はあまりにも時代を先取りしたため理解されるには自分の死後数十年も先になると、そんな考えがあったのだろうか。それともただ描きたいように描いていただけなのか、それはわたしにはわからない。
ターナーの絵が再評価されるには、その後6,70年を要したことになるが、ターナー自身は表現主義に次ぐ、次世代の絵画芸術をどのように思い描いていたのだろうか。
ぜひ知りたいものだ