【禍話リライト】……の家

 
 そこは両親に何かあったとかで、孫をおばあさんが引き取って育てているような、そんな家だった。

 小学校にもしっかり通わせ、二人の仲も悪くない。親がいないとはいえ、傍目に見ても問題のない家だった。
 一つだけあるとすれば、二時間サスペンスか何かをずっと家で流しているのである。孫の年齢からすれば、特撮やらアニメやらが見たかったのかもしれないが、おばあさんの趣味なのか、サスペンスものや刑事ドラマばかりがテレビで流れている。孫も仕方なく、一緒になってそれらを見ているようだった。
 
 ちょっと変わった情操教育かな、なんて語られる程度の平和な家だったのだが、ある時から歳のせいか、おばあさんの言や行動が、段々覚束ないものになってきた。
 そうなってしまえば、孫の世話をする人は居なくなってくる。
 近所の人が引き取るという訳にももちろんいかず、どうやら頼れる親戚もいないらしい。
 孫が中学に上がる頃には、家から流れるテレビの音はますます大きくなり、近所の人々は大丈夫かと心配したが、孫は未だにおばあさんのテレビに付き合って一緒に見ているらしかった。
 
 暫くして、これは不幸な話なのだが、その家に強盗が入った。
 中学二年だかになっていた孫は助かったのだが、おばあさんが殺された。
 その後逃げ出した強盗はすぐに警察に捕まり、じゃあ家に残されたお孫さんは、という話になった。
 警察や他の大人が家に入ると、その孫は家庭環境が問題だったのか、それとも目の前でおばあさんが殺されたのを見てしまったからか、様子がおかしくなっていたのだという。

 曰く、何か同じフレーズをずっと繰り返したらしい。

 テレビで見ていた番組の影響なのか、そういったドラマの決め台詞のような言葉を、ずっと繰り返したらしい。それは、警察が自宅で事情聴取をしている間も変わらず、何か言われればそのセリフを大声で叫ぶような始末だった。
 こんな具合なので、周囲の人々はこの子は大丈夫なのだろうかと心配したが、やはり孫は年が過ぎても高校に行くことはなく、家に篭りきりになってしまった。


 そしてある夜、町内に一際大声で孫の「例のセリフ」が響いた。


 何事かと人々が家に入ると、中で孫は首を吊って亡くなっていた。




 そういう家があるという話になった。
 心霊マニアの間で話題になったらしいが、流石にこれほどの「ヤバい逸話」のある家では、肝試しに入ってみよう、とはならなかったそうだ。
 ならなかったものの、じゃあ日中に行って写真でも撮ってみようじゃないか、という話になった。

「そんなことがあったのは確からしいからさ、行ってみようぜ」
「いやでもさぁ、話がやるせ無いじゃん、嫌だよ俺」
「昼間だからいいじゃん」
「昼間でも嫌だよ俺」「俺も」「お前行けばいいじゃん」
「いいよじゃあ、俺一人で行ってくる。昼間なら大丈夫だろ」

 そして彼は、夕方になっても帰ってこなかった。

「えっこれマジなやつ?」
「一応家の場所とかは聞いてるけど……」
「えぇ……みんなで探しに行く?」

 誰がメールを送っても、電話をしても返事はない。

「マナーモードにしてんのかな?」
「そんなことないだろ、写真撮って俺たちに送るとか見せるとか言ってたし」

 そしてついに、夜の七時になってしまった。
 いよいよ夜になってしまうと恐ろしいやら心配やらで、仕方なく迎えに行くことになった。
 例の家については、行く行かないで場所が話題になっていたので、嫌々ながらカーナビに住所を入れる。

 着いたのは、ごく一般的な住宅街だった。
 そんな中にぽつんとある一軒なのだが、確かに表札は外され、窓も風雨にさらされボロボロになっている。しかし割れているとか、落書きされているといったことはなかった。

「やっぱ住宅街だからかな」
「悪戯とかはし辛いだろ」

 そしていよいよ家に入るか、という時、ふと隣家の住人が顔を出した。

「……昼ぐらいに若いのがこの家に入って行ったけど、あんたら友達かい?」

「えっ、あっ、ハイ……」
「やっぱ入っていきましたか……俺ら悲惨なことがあったって噂だから、行くのやめろって言ったんですけど……」
「もしかして入るの見ましたか?」
 
「見たよ」
「見たけど、出てくるのは見てないね」

 そして隣人は至極嫌そうに、こう続けた。

「ここはさ、ドアも開いてるんだけどね。誰も入りゃしないよ。この辺の人は」
「それでさ、たまーに噂を聞いてか、面白がって入る奴が居るんだよね」
「それで、大体俺が救急車呼ぶんだよね」

「あっ……そうなんですか……」
「うん。それでさ、俺救急車呼ぶからさ、中に入るだろ?多分尋常じゃない状態だと思うからさ……うん、介抱してあげなよ?じゃあ、救急車呼ぶから」
 そう言ったきり、隣人は電話をするためか自宅へと引っ込んでしまった。
 勿論隣人の説明といい、慣れたような態度といい恐ろしいが、とりあえずは中に入った奴を見つけなくてはならない。
 一同は仕方なく、その家へと足を踏み入れた。

 彼は、恐らく自殺があったのであろう片付けられた部屋の中で、ぼんやりと座り込んでいた。
 両手の指が、掻きむしったようにボロボロになっている。爪なども剥がれかけて血が出ていた。
 声をかけても、何事かを呟いていて判然としない。口をぼんやり開けたままぼやぼや言うものだから、聞き取ることができない。

「ちょ、どうしたんだよ、お前何言ってんの?」
「……〜〜、………〜〜……」
「何言ってんの?とりあえず何があったんだよ!!指もボロボロで髪もボサボサで、何かあったのかよ!?何か怖いことでもあったのかよ!?」
 肩を揺すぶって、さらに何か問い詰めようとした時だった。

 彼が、非常にはっきりした声で、こう言った。

「黙秘します!」

「えっ黙秘ってお前、一体何が」

「黙秘します!!」

 えっ、と呆気に取られている間にも、彼ははっきりした口調で「黙秘します!」を繰り返している。
 声がどんどん大きくなる中、不意に部屋に先ほどの隣人の男が入ってきた。

「あーやっぱり、やっぱりそうなっちゃってるよ」
「えっ?」

 黙秘します、の言葉が部屋に響く中、隣人は彼らに言う。

「みんなそうなっちゃうんだよ。入った奴は。あの子供みたいにさ」
「何のドラマで見たかは知らないけど、黙秘します、黙秘します、って繰り返して……」
「何を見たのか、何があったのか、何を言われたのか知らないけどさ……」
「みんな黙秘します、黙秘しますって言うようになっちゃうんだよ」

 ひどく沈んだように隣人が語る中、到着した救急隊が彼を介抱していく。運ばれる最中も、彼はしきりに「黙秘します!」と叫んでいた。

 結局彼は、大学には帰って来なかった。


 以来この家は、「黙秘する家」と呼ばれ、誰もそこに立ち入ることがなかったという。


(出典:震!禍話 第九夜

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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