【禍話リライト】つながりの部屋
昭和の時代の話らしい。
とある会社で、新入社員の教育のために過激な研修を行なわれていた。当時からして、連帯を強めるだとか、愛社精神を育むだとかの名目の、体罰とも紛うような理不尽な社員研修は珍しくなかったのだろうが、そこは若干カルトじみたものになっていた。
とりわけ成績の悪い、あるいは従順でない社員に対しては、「周囲との関わりを断つ」といって、監禁まがいのことをしていたとのことだった。
食事は入るものの、それ以外は真っ暗な部屋に閉じ込められるというもので、残念なことに「従順な社員」に仕立て上げるには、まあまあ上手くいく方法だったらしい。
ある日、例によって二人の社員が、周囲との関わりを断つべく閉じ込められた。いつもであれば、一定期間経てばしゅんとして会社のために、などとなるはずであったが、今回に限っては一線を超えてしまったらしく、二人とも死んでしまったのだという。
二人の死体は、それぞれ部屋の対角線上にあった。
どうやら各々部屋にあった毛布なり筆記具なりを使い、ほぼ同じ時期ぐらいに自殺したのだろうというのが検視の結果だった。
当然、警察が来て監禁部屋が改められることになったのだが、明かりの設置されていないその部屋を照らした時、さしもの警察もうわっ、と気圧された。
その壁には、おそらく死んだ二人が知っているであろう名前が一面に書き連ねられていた。
本来であれば、油性ペンで目標などを書かせていたはずだが、そこには親兄弟から始まり、友人、知人など知る限りのあらゆる名前が書かれていた。
研修方針では、「互いに敵だと思え」などと指導されていたせいか、二人で居たとはいえ孤独に耐えきれなくなっての行動らしい。
そうであるから、もちろん示し合わせたはずもないのに、これらの名前はほぼ同じような形で書かれていたのだという。
もちろん、警察沙汰になったことにより、本社こそ潰れなかったものの、社員研修を行っていた支部はなくなったのだそうだ。
「今からそこに行きまーす!」
「いや行けねーですよ馬鹿ですか」
「いやいや、それが行けるんだよ」
曰く、事件の後に誰かがそこを買い取って、取り壊しなりするために重機が入ったのだが、そのまま何もせずに帰っていったのだという。
出ただの、ヤバいだのの噂が立ち、結局地元民は誰も手を出さなくなり、買い取った誰かも諦めてしまったらしい。
持ち主も転々とし、初めこそ警備員がいたもののいつしか配置されることもなくなり、今では廃墟として中に入れてしまうのだという。
「いや行きたくないですよ」
「いやいや行こうぜ」
ヤンキーの上下関係というのは悲しいもので、結局人を集め、その廃墟に肝試しに行くことになった。しかしいざ行く前に、発端となった先輩がちょっと確認なんだけど、と言い出した。
「お前たちの中に、知り合いがあの廃墟に行った奴いる?」
いやいないっすけど、俺もです、などと答えるメンバーに、じゃあ良かった行こう、と先輩は車を出した。
「問題の部屋自体がどこにあるのかは、イマイチ分かんねーんだよな」
どうやら建物自体がすでに鬱蒼とした森に飲み込まれているらしく、建物に入っただけでその異様な雰囲気にビビって早く出たくなってしまい、肝心の監禁部屋の場所は分かっていないとのことだった。
見つかるといいっすね、などと気のない返事をしながら、ふと先ほどの先輩の質問が気になった。
「そういえば、なんでさっきあんなこと聞いたんですか?知り合いが行ったことあるかって」
「あれな、先輩に聞いたら、普通に行く分にはいいんだと。どうせ怖くて入れないから」
どうやら、その廃墟に行った大半は、怖くて入れないか、逆に全く怖くなくてつまらないと気持ちが急に冷めてしまい、少し入っただけで止めてしまうのだという。
「ただ、そこに行く前に知り合いが行ってると、良くないことが起こるらしい」
「なんでも、繋がっちゃうって」
「ムカデ人間?」「LINE的な?」「いやいや、知らんけど」
結局、「繋がる」の意味も釈然としないまま、廃墟へと辿り着いた。前評判通り木々が茂っており、人を収容するためだけのただでさえ殺風景な建物が、経年劣化で寂れ切っていた。
時間としては夕方ごろ。
この時点で既に全員が車から出たくないと思っており、言い出しっぺの先輩だけが悩んだ末、写真だけ撮りたいと言って廃墟に向かった。
来たメンバーの中で運転できるのは先輩だけだった。仕方なく、全員が車内で先輩の帰りを待つこととなった。
当然ながら先輩は車のエンジンを切って行ってしまったので、音楽などもなく退屈である。コンビニで買った菓子パンを食べるにしても、五分ほどで飽きが来てしまう。
「俺らも暇だし写真でも撮るか」
「何でだよ!」
それでも、暇を持て余していた彼らは徐々におかしなテンションになり、ちょっとした撮影会になった。怖い気持ちを紛らわすために、外で車を撮ってみたり、変なポーズで撮りあったりしてみる。
しかし結局長くは持たず、十五分ほどで再び飽きてしまっていた。
そんな中、「写真でも撮るか」と言い出したAが、妙に沈んでいることに彼らは気づいた。そんなこともあるか、と特に気にせずにぼんやりしていたのだが、不意にAが、「カワカミっていたじゃん」と話し始めた。
「カワカミ?誰?」
「ほら、あの小太りの、いっつも汗かいてる、ゲームするとコントローラーが汗まみれになるって……」
「あーあいつ!カワカミっていうのね」
「それでカワカミがどうしたよ」
「あいつここ来てんだよね」
えっ、と車内が一瞬静まり返った。
「来る途中の標識とか見てさぁ、あっこれ、前にカワカミが行くって言ってたとこだ、行ったって言ってたとこだって思ったんだけどさ」
「でもさ、もう近くで言い出せなくてさ……」
「もう遅いっていうか、手遅れっていうか……」
「えっでも、先輩は前に知り合いが行ってる奴は行かない方がいいって」
「うん……でもさ、もう手遅れだよなぁ」
それからというものの、Aは「手遅れだよな」と繰り返している。相変わらず先輩は帰って来ないので徐々に心配になるが、とはいえ今この状況で廃墟に行く勇気は誰にもなかった。
徐々に暗くなる中でも、Aは手遅れとしか言わない。恐怖が高まる中、廃墟の方からガサガサと荒い足音が近づいてきた。果たしてそれは先輩で、なにやら焦ったように何事か言っている。
「やべーよ!心霊写真!心霊写真撮れたって!」
「生まれて初めて撮れた、いやもう行くぞ!」
慌てた先輩は、とにかくここを離れたいといった様子で車を出した。やがて市街地とまでは行かないものの、先輩は適当な駐車場に
車を停めた。
「ちょっと町に出るまで俺だけの中に留めておきたくないから、言うわ、すまん。デジカメ、これ……」
話によれば、先輩はどちらかといえば、廃墟が平気な方だったらしい。怖いは怖いものの進めないことはなく、むしろ一度廃墟を出てしまえば次は行けないだろう、と思い、行けるところまで進んでやろうとしたそうだ。
初めは、監禁部屋なら地下かもしれないと思い探したものの見つからず、じゃあ逆転の発想だと屋上を目指したところ、そうと思われる部屋が見つかったのだという。
完全に区切られた部屋で、辛うじて物を入れられる小窓があるものの、光は入らないようになっている、そんな部屋だった。
流石に中を確認する勇気は無かったので、先輩はその部屋の戸をバックに自撮りをしたらしい。
「で、それがこの写真なんだ。見てくれ……」
差し出されたデジカメの画面には、顔面蒼白で自撮りをする先輩が写っている。
そしてその肩に、何者かの手が乗っていた。
間違いなく先輩は一人で入って行ったし、これまでの反応から仕込みとは思えない。
「マジで仕込みじゃないからね?仕込んでたらもっと不自然になるから……」
「いや分かってますって」
「マジで仕込みじゃないから……」
仕込みじゃない、と繰り返す先輩の反応すら恐ろしく、何度もまじまじと写真を見てしまう。
肩に乗る手は手首あたりまでが見え、どうやら何か黒いものが巻かれているらしい。
「なんだろな、これ、手首についてるけど」
「それ、カワカミの腕時計っすよ」
それまで全く先輩の方を見ようとしなかったAが、吐き捨てるように言った。
「えっ?えっ?」
「その黒いのでしょ?カワカミの腕時計っす」
言われてみれば、確かに腕時計にも見える。そのままAは、周りの反応が見えていないかのようにぶつぶつと呟き出した。
「あいつさぁ、友達だと思ってたけど、違うんだな、見つけなかったっていってたけど」
何のことか分からない先輩に、実はAの知り合いが、と耳打ちする。「えっ!?あいつの知り合い行ったの!?!?」と驚く先輩に目もくれず、Aはさらにヒートアップしていく。
「なるほどなぁ、嘘ついてたんだなぁ、しかしどういう意図で俺に嘘ついてるんだ?」
「見つけてないって言ってたけどなー、あいつ見つけたってことだよな?」
誰に訊かせるでもなく、Aはぶつぶつとカワカミへの恨み言のような言葉を溢している。「もう行きましょ!」と先輩に促しても、先輩は腰が引けてしまい運転もできないでいる。
「いやぁあいつ嘘つきだな、あいつ絶対見つけてたんだ、今の先輩と同じように、地下じゃない屋上だってなって、屋上で見つけたんだ、見つけたんだよなァー!!」
不意に語気を荒げたAが、周りに携帯の画面を見せつける。
そこに写っていたのは、先ほど車内でふざけて撮っていた写真のはずだった。
しかしそれら全てが、その場にいない人間のアップの写真だった。
鼻、目、口が各々アップになっており、全体で見た時にこの場に居ない小太りの男の顔が写っていることに気づいた。
日付は今日、時間はついさっき車内で撮り合いしていた頃のものだ。
「なんだよ、何だよコレ!!」
「だからカワカミの写真だって!!」
結局、彼らはAを蹴り下ろして街へと戻った。戻ろうにも無理だという話で、結局その日はAを置いて帰ったのだが、それから数日して、Aは当然のように皆が集まる場所に姿を現した。
「あのさ……置いてって悪かったな……」
「はぁ?何言ってんですか」
どうやら、Aはあの時のことを何も覚えていないようだった。話を振っても、いっそ廃墟に行っていない、ぐらいの反応だ。
ふと、Aの携帯に着信が入る。
もしもし、と出たAの手に握られていた携帯は、あの時とは全く違うデザインのものだった。
それから徐々にAとは付き合いがなくなり、今ではAが何をしているのか知る者はいない。
(出典:ザ・禍話 第四夜)
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本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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