【禍話リライト】桐の箱
A君が久しぶりに田舎に帰った時の話だ。
法事でもなく、急に思い立って帰省した割には、幼い頃に遊んだ懐かしい面々が集まり、酒盛りとなっていた。
童心に帰り、懐かしい思い出を語るうちに、ふとこんな話題になった。
「そういや昔、肝試し行こうとしたことあったよな」
「そうそう、あの神社な」
ところが、その神社に行こうとすると何をやっても怒らない祖母が、烈火の如く怒るのだ。何なら、財布からお札を抜くようなことをしても怒らない祖母だ。そんな祖母が本気で怒るという曰く付きの神社だった。
しかしその祖母は大したことはない怪我か何かで入院しており、止める者はいない絶好のタイミングだった。
楽しい故郷での時間も最終日ということもあり、それじゃあいい機会だと、神社への肝試しが決行されることになった。
例の神社は小山の中腹というおかしな場所にあり、長い石段を抜けると鳥居、本殿がある。
「この紙に名前を書いて、それを行ってきた証拠にしよう。俺は仕込んできたし、そんなに怖くないからお前たちが行ってこいよ」
参加者はA君を含めた3人。
賽銭箱の側に名前を入れる箱を置いてきたから、と、仕込んだB君はA君たちを送り出した。
真っ暗な石段を抜け虫やら何やらに怯えながら本殿に辿り着くと、確かに賽銭箱の側に小さな箱が置かれている。
妙なのはその箱だ。
こんな肝試しなのだから菓子なり段ボールなりの簡単な箱でいいものを、桐の箱に千代紙で飾られたようなものが置かれているのだ。
あいつ奮発したなぁ、とか、絶対蔵とかから引っ張り出してきた別の用途のヤツだろ、とか取り留めのないことを考えながら、まぁいいかと箱についていた引き出しに紙を入れる。引き出しの中には、他の連中の紙も入っている。
にしたって良い箱だなぁ、と思いながら彼は境内を後にした。
それから残りの友人も続いて、最後にB君が確認の為に箱を回収しに境内へ向かった。
仕込んだB君はそう怖くはないようで、スタスタと向かっていく。
「結構雰囲気あったな」
「虫凄かった」
「いやぁ大人になってからだとむしろキツいわ」
「しかしあの箱、随分奮発したよなぁ」
「そうそう、桐の箱ね」
「千代紙貼ったやつな」
そんな話をするうちにB君が帰って来たが、彼が手にしていたのは遠くからでも分かる段ボールの箱だった。
遠目に見てもわかる、桐などではない汚い段ボールの箱だ。
「あれ?全然入ってねーぞ」
ちょっとちょっと〜、なんて言いながら取り出されたのは、B君の紙だけだった。残る3人はさっと血の気が引く。
「あれ…?桐の箱みたいなのは…?」
「は?無いよそんなん。これが置いてあったろ」
「ないよ……?」
怪訝そうなB君を連れ、4人で再び境内へ向かう。
賽銭箱の近くにはやっぱり、桐の箱などはなかった。
首を傾げたB君が、天然故か嫌なことを言う。
「誰か回収してっちゃったのかなぁ」
「そんなことする?近くに家なんかある?」
「ないけど……もう寂れる一方だし……」
聞けば、最近ではもう神社を管理する人も居なくなっているらしい。
「そんなとこで肝試しとかさぁ……」
「先に言ってよもう廃神社になってるなんて……」
「えぇ……でも絶対あったよ桐の箱……」
皆の動揺や怯える様に、次第にB君も怖くなってきたようで、「やっぱり肝試しとかしない方が良かったかなぁ…」と呟いている。
「ひろしって下の名前入れちゃったよ」
「俺、やっちゃんって昔のあだ名で入れたわ(笑)」
「俺なんてフルネームで入れたよ〜」
「マジメか!」
そんな気味の悪い出来事と共に、夏の田舎での時間は過ぎた。
秋口の頃、フルネームを紙に書いたC君の家族から、連絡があった。
C君が、亡くなったのだという。
C君は元気で病気もなく、あまりに急なことだから、事故だろうかと聞けば、原因は自殺だった。
自殺、といってもそれこそ理由がわからない。
ついひと月前には、あの田舎で元気に酒盛りしていたのだから、悩んでいたとも思えない。
さらに詳しく聞くと、訳の分からない話だった。
その日、C君は大学の研究棟で飲み会をしていたらしい。
先生方も交えた賑やかなもので、そのうち酒が無くなってくると、C君は俺買ってきますよー、と出て行ったらしい。
帰ってこないなぁ、と思っていると、建物の外からどぉん、と鈍い音がした。
C君は、買い物に行くと言った足で屋上へ行き、そのまま飛び降りたらしい。
飛び降りた所には、間が悪いことにカップルが居た。
彼らに当たったという訳ではないのだが、瞬間を目撃してしまったらしい。
そこは暗がりになっていて、カップルは人目を避けて戯れ合っていた。
そんな所に、何かがひらひらと舞い落ちて来た。
雪かゴミかと見れば、どうやら千切った紙片のようだった。
少し高価そうな、千代紙だった。
カップルたちが何の悪戯かと見上げると、建物の屋上から男が何か紙を千切ってはばら撒いていた。
「ちょっと、何してるんですか」と声をかけても、男は紙を千切って撒くのをやめない。
そのまま、千切りながら前に倒れ込むように、落ちてきたのだという。
千代紙なんて、コンビニ等には簡単に売ってはいない。
ということは、彼はずっと千代紙を持っていたのだろう。
丁度よく一人になれる、その時まで。
後に分かったことだが、C君が千代紙を買ったのは、あの夏に別れてからすぐのことだったらしい。
幸いにか、他の面子には何も起きていない。
箱にフルネームを入れたのが悪かったのかもしれない、とA君は言う。
「多分、あれで特定されちゃったんだろうな」
(出典: 禍ちゃんねる 新春初禍話スペシャル)
***
本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?