【禍話リライト】忌魅恐NEO「猫を殺した犯人を捜している話」
大学生卒業から社会人一、二年の時分までずっと関わることになった、よく分からない、けどヤバい話があるという。
仮にAさんとする。
Aさんは春先の早々に就職が決まり、あとは卒論と思い出作りを残すばかりだった。
社会に出て自由がなくなる前に、やりたいことや後輩との交流をできるだけ、と思いながら、飲み会で奢ったりとしていたらしい。
その日も、駅前の飲み屋で後輩らと飲み会をした帰りのことだった。
大学近くの自宅に帰る道すがら、何やらビラを配っている人物がいる。
冷静になってみれば、夜の、それも終電前のような時間にビラ配りというのもおかしな話である。駅に急ぐ人も多く、受け取る人も少ないだろう。
しかし酒に浮かされていたAさんは、好奇心にまかせてその人物に近寄っていった。
優しそうな女性だった。
年齢は分からないものの、冠婚葬祭の時に親戚に居たら助かると思うような、そんな女性だ。
女性は、通行人にペコペコ頭を下げながら、「お願いします」とビラを配っている。
Aさんは何か怪しい宗教かもしれないと思いつつも、酔って気が大きくなっておりそのビラを受け取った。一緒に歩いていた後輩は、「よく貰いますねぇ」と呆れ顔だ。
「いやでも、こんな時間に配ってんなら何か理由があんだろ」
Aさんはパッとビラを見ると、その文面に酔いが少し覚める心地がした。
『1ヶ月前に飼っていた猫の××が惨殺されました』
まるで人のような名前の猫だった。
後輩と揃ってえっ?と中身をよく読むと、在りし日の元気な猫の写真に加えて、長文で経緯が事細かに書かれている。
『○月×日に飼っていた猫が居なくなり』
『とても酷い状態で見つかり』
『調べてみると、…を……して、……な方法で惨たらしく殺されていることが分かりました』
あの優しそうな女性が配るにしてはギャップの大きな内容だった。
どうやら犯人探しをしているらしく、末尾には電話番号が書かれている。
「えらい具体的に書いてあるなぁ……」
「でも先輩……これ、横で見てたぐらい具体的ですよ……?」
要は、手段のみならず順序まで猫が何をされたのか書かれているのだ。
惨たらしい猫の死体を見たところで、その方法全てが調べて分かるわけがない。
結局気味が悪く、そのビラを捨てようという話にはなったのだが、すぐ側の公園に捨ててそれを女性に見つかっても面倒だと、Aさんは取り敢えず持ち帰り家で捨てることにした。
後輩と別れた後も、女性に跡をつけられてでもしないかと気掛かりで、Aさんは家に着いてようやく安心した。
その後サークルで、Aさんは後輩たちにビラの話をした。
「こんなことがあってさぁ。何なら注意喚起とかしたほうがいいよ。女の子が貰っても、そりゃ写真こそ可愛い猫だけど、内容がグロいし」
「先輩、多分ソレ有名な人ですよ。俺近くのスーパーでバイトしてるから知ってるんですけど、猫おばさんとか呼ばれてて」
しかし後輩によれば、その猫おばさんは実際に猫を飼っているわけではないとのことだった。ビラの写真も、ネットで検索したら出てくるものを適当に貼り付けただけらしい。
「だから、皆気味悪がってるんですよ」
本当にヤバい人だったんだな、ということで、その日は話が終わった。
さて、Aさんには彼女が居た。
当然彼女が泊まりにくることもある訳で、ビラの件があった後もそれは変わることはなかった。ビラの話自体も、彼女が苦手だろうと話すことはなかった。
そんな彼女がAさん宅に泊まったある晩、Aさんは一緒に寝ていたはずの彼女が居ないことに気づいた。
洗面所の方から水音がしており、彼女がどうやら使っているらしい。
何をやっているんだろうと行ってみれば、彼女はしきりに石鹸で手を洗っていた。声をかけると、彼女は若干寝ぼけたように「ねえ、ねえ」と左手をAさんの眼前に突き出してきた。
どれほど洗ったのだろう。手からは強い石鹸の匂いがした。
「えっ何、めっちゃ石鹸の匂いするけど」
「本当に?四つ足の獣臭くない?」
「は?何言ってんの、臭くねぇよ」
双方寝ぼけながらそんなやり取りが何回か続いた後、彼女はようやく納得して再び床に就いた。
翌朝起きたAさんは、「"四つ足の獣"って何だよ」と彼女に尋ねたものの、彼女は一切覚えていないようだった。ただ、手を長時間洗っていたのは確かなようで、朝になっても石鹸の匂いは消えておらず、洗面台にも水を流したような跡が残っていた。
Aさんは気味悪く思っていたが、やがて住んでいるマンションのエントランスでも奇妙なことが起きた。
朝、大学へ行こうとするAさんは、「また若い子がイタズラして……」と愚痴りながらエントランスを掃いている管理人を見かけた。何者かが砂を撒いて行ったらしい。
「かと言ってすぐ防犯カメラ設置できる訳でもないし……」
溜め息をつく管理人を横目に砂を確認すると、それはどこにでも売っているような猫砂だった。
砂を撒かれるというのは、その後何度か続いた。
やがて、彼女のことといい、猫砂のことといい、Aさんはもしかすると自分の貰ってきたビラのせいなのかもしれないと思うようになった。
そこでAさんは、サークルに居た「猫おばさん」を知っていた後輩を捕まえ、詳しく話を聞いてみることにした。
「あの猫おばさんさ、どこ住んでるとか知ってる?」
「あっ、すんません……あの時は何か盛り上がるかなって思って、適当に言っちゃったんですよ……」
どうやら飲みサーによくあるノリ、盛り上げるためのちょっとした嘘というやつらしかった。
仕方がないので、Aさんはもう少ししっかりした同期に相談することにした。
ビラにこれこれの順序で猫を殺したとか書いてあって、それから周りで変なことが起きて。
「そういうことでさぁ、気味が悪くって」
一通り話を聞いた同期は、うーん、と唸りこう返した。
「お前、こうこうして、って話してくれたけど、よくその順序とか覚えてるな」
「え?」
「いやさ、動脈とか骨の部分とか、使った器具とか、よく覚えてんね」
「え……」
「……お前、そのビラってもう捨てたんだよな?」
そう言われ怖くなったAさんは、家に帰って同期と一緒にビラを探した。
あるはずはない。捨てたはずのビラだ。
家中を探したものの、それらしきものは見つからなかった。
「良かったぁ、ちゃんと捨ててた」
「怖いこと言うなよお前」
安心したしトイレ借りるわ、と気の抜けた同期は、トイレに入るや否やうわっ!と声を上げた。
慌てて駆けつけたAさんも、同期と同じように悲鳴を上げる。
トイレのドアの内側には、普段からカレンダーを貼っていたはずだった。
その上から、例のビラが貼られているのである。
さらには、Aさんの家にはセロハンテープの類はなく、その代わりに絆創膏でビラが、斜めに貼られている。
これはもう、「ビラを貼る」という確固とした意思による行動としか思えなかった。
Aさんには一切覚えのないものだ。
しかし言ってしまえば無意識のうちに、便座に座れば目の前に位置するそのビラを、トイレに入るたびに見ていたのだろう。
それはAさんのみならず彼女も同じことであったろうが、Aさんと同様に彼女も気づくことは無かったらしい。
結局そのビラは、その場でカレンダーごと、同期が今度こそ捨てた。
この件でちょっとした騒ぎになり、Aさんは二、三日家に帰らず、適当な理由をつけて彼女の家に泊まったりした。
幸いにもその後は特に何も起きず、Aさんは無事に卒業し、大学の近くに就職した。
そしてたまたま、母校の文化祭に行く機会があり、再びサークルOBとして後輩との交流が始まったのである。
とはいえ、半年に一回顔を出す程度で、最初の一年目は普通に交流していた。
そして翌年はたまたま忙しく、Aさんはサークルに顔を出す機会を逃していたのだが、再び秋口の学園祭に顔を出すことができた。
すると昨年とは異なり、大学のセキュリティが厳しくなっていることにAさんは気づいた。いちいちどのサークルの何回生かを聞かれ、そういうものかとAさんが答えていると、後輩が「いやいや、その人は大丈夫だから!」と駆け寄ってきた。
不思議に思いつつも、Aさんは再びサークルに迎えられ、後輩たちと昔話に花を咲かせた。
その最中、学園祭で映画サークルが公開した映画がホラー系だったとかで、怖い話の話題になった。
Aさんはそういえば、と、後輩たちに猫のビラの話をした。「昔こんな話が」程度の話であったのだが、Aさんは話を聞いた後輩たちがいやに沈んだ様子であることに気づいた。
「何、そんな怖かったの?」
「……先輩、セキュリティ厳しくなってたじゃないですか」
「そういえば、そうね」
「何回生か前の、○○さんって知ってます?」
それは、「猫おばさん」の話を、盛り上げるためにでっち上げたのだと言っていた後輩の名前だった。
「その人春先に卒業したんですけど、サークルの交流は続いてて……」
「でもそのうち、くしゃみとかするようになって……花粉症かな、とか思ってたら、『俺は猫アレルギーなんだ』って急に言い出して……」
「どっか猫がいるだろ、ってめちゃくちゃにサークルの部屋をかき回して、乱暴にしたもんだから、結局警備員さん呼ぶ事態になっちゃって……」
「それでサークルOBといえど、ってセキュリティが厳しくなったんすけど……」
その話って、関係ありますかね?
凹んだ様子の後輩に尋ねられたAさんは、慌てて登録されていた番号にかけたものの、「現在使われていません」と返るばかりだった。
結局Aさんは、後輩たちに「今度何か奢るな……」と詫び、大学を後にした。
帰宅しても、後味の悪い話を聞いてしまったせいで、なかなか休むことができない。
気を紛らわすために携帯で、昔の画像などをなんとなく眺めていた。
学生時代から使っている携帯だ。
おかしくなってしまった後輩の写真も含めて、色んな思い出の写真が残っている。
あいつ、昔は面白いやつだったのになぁ、などと思いながら写真を遡っていると、Aさんはふと、例のビラを保存している写真を発見した。
勿論、撮った覚えがない。
背景も、トイレに貼っている時のものではない。
おそらくは、ビラを貰って後輩と別れて、それから家の玄関で撮ったものだ。
左手にビラを持って撮っているようだが、写真には玄関に置いた姿見が写り込んでおり、姿見に僅かにビラを持ったAさん自身の顔が映っている。
なぜかそのAさんは、大号泣した後のような顔をしていた。
何もかも心当たりがないことばかりだった。
起こった出来事は、とりあえずはこれが最後である。
Aさんは、「これ、本当に終わってる話なんですかね?」と言って、話を締め括った。
ビラの内容はよほどショックだったのか、Aさんはところどころ文面が頭に焼き付いているらしい。
その文面に現れる「動脈」「筋肉」等々は、どうやら猫には存在しない部位──どう考えても、人間の部位とのことだった。
「猫を殺した犯人を探すビラ」が、そもそも本物なのかは定かではない。
定かではない、ものの、Aさんからはずっと嫌な想像が消えないでいる。
(出典:禍話アンリミテッド 第十一夜)
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本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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