【禍話リライト】まことくん

 片桐さんには、大学時代に嫌な思い出がある。

 彼女は大学入学後、とあるサークルに入ったのだという。
 所謂「飲みサー」で、一応対外的に何か発表するような活動はするものの、実態としてはふわっと勉強した後皆でお酒を飲んだり遊んだりといった程度のものだ。
 適当に選んで入った所ではあったが、雰囲気も良く、そこで片桐さんは大学生一般が経験するような遊びを覚えた。

 七月に入ると、そのサークルは毎年夏合宿を行なっていた。
 お酒を飲んで花火をして、川遊びをするようなものらしい。

 楽しいものじゃないか、と思っていたが、片桐さんには一つ解せないことがあった。
 というのも、そのサークルは九十、八十年代から続いているもので、夏合宿やらクリスマスやらの四季のイベント毎に写真を撮ってはアルバムにしていたようなのだが、一昨年の分だけ明らかに何枚か写真が無いのである。
 とはいえ大きな違和感という訳では無い。
 写真自体もデジカメで撮って現像したもので、もしかしたら濡れて駄目になったとか、あるいは写っていた人がイケメンか美人かで、欲しい人が持って行ったとか、そういうことだろうと片桐さんは思っていた。

 そうして夏休みに入り、合宿が行われた。
 参加者はサークル員十何人か。大きな車を二、三台に乗って到着したキャンプ場は結構大きなところで、大いに盛り上がった。
 飲みサーとはいえハラスメントが横行するようなことはなく、和気藹々と楽しい時間を片桐さんは過ごしていた。

 ただ、日中一度だけおかしなことがあったのだという。
 キャンプ場を出て少ししたところに自販機があった。その自販機が少しマニアックなジュースを売っているとかで、売り切れになることもなく丁度良かった。
 勿論片桐さんは新入生で一番下なので、「私買ってきますよー!」と皆の輪から離れて買いに行くことが何度かあったらしい。

「片桐ー、俺どうしてもあのしょうもないジュースが飲みたいんだけど……」
「いいですよー、あのジュース不味いらしいですけど」
「やめとけよww」
「俺は飲みたくはないんだけど……片桐、行ってくれるか?」
「何でだよ!」
 
 段々、片桐さんにジュースを買わせに行く、という流れ自体が一種のノリのようになり、片桐さんもそれに気を悪くすることはなく一緒に盛り上がっていた。

 そうして、何度目かの買い出しの時であった。
 キャンプ場を出て田んぼの畦道を少し歩くと、例の自販機がある。
 暑い夏の盛り、遠くの方で陽炎が揺れるようだった。

(流石に暑いし、余分にお金を貰ってるから、私もポカリか何か買おう)

 そう思って自販機で頼まれた飲み物を買っていると、遠くに畦道を歩く人影がある事に片桐さんは気づいた。
 距離があるのではっきりとは見えないが、どうやら男女二人が、片桐さんに背を向ける方向で歩いているらしい。
 男が先、女が後という順番だった。
 片桐さんはポカリもどきのようなペットボトルに口をつけながら、ぼんやりと二人を眺めていた。
 男女が向かう先には何もない。
 もしかしたら、田舎だしこちらの知らない家か何かがあるのか、この地域の人なのかもしれないと思っていたが、片桐さんはふと、人影の歩き方がおかしいことに気づいた。
 よく見ると、後ろにいる女性が右手を前に差し出して、前の男性の左肩を掴んでいる。二人は、そのままの状態で歩いているのだ。

 女性が疲れてしまったので、あんなふうに男性に掴まっているのだろうか?でも、あんな少し呼び止めるポーズのままみたいに掴まるだろうか?疲れてるなら、もっと男性に寄りかかるとかあるだろうに── 

 片桐さんは、ゆらゆら陽炎と揺れるように歩いて行く男女を見送ると、再びキャンプ場へと戻っていった。

 日中あったおかしな出来事は、片桐さん曰くそれだけだったという。

 その晩、(本当は良くないのだが)片桐さんら新入生も含めて、酒を飲んでの宴会となった。あまり度数が高くないとはいえ、不慣れな飲酒に日中の遊び疲れなどもあり、片桐さんは十時ごろ、寝てしまったのだという。
 特にアルハラじみたようなこともなく、サークル自体も無理せず休んでいいよ、といったスタンスだったので、片桐さんはありがたく眠らせてもらうことにした。

 どれぐらい寝ていたかは覚えていないが、片桐さんはわりと乱暴に揺さぶられて目を覚ました。
「片桐、片桐!」と急かすような声に、何か寝言か、はたまた粗相をしてしまったのかと焦って起きると、声をかけてきたのは二個上の先輩だった。

「起きて、もう皆準備してるから」
「あっ、はい、分かりました」

 半分寝ぼけたまま片桐さんは何か予定があっただろうかと思っていたが、先輩に促されコテージの奥の部屋に向かうと、そこには他のメンバー全員が車座になって座っていた。
 懐中電灯の灯りだけがぼーっと光っていて、片桐さんは内心、何か怖い話でもするイベントなのかな?と思っていた。
 時間を見ると午前二時、三時頃で、随分遅い時間になるものだと思っていると、徐にOBらしき先輩が話し始めた。
 しかしその話は、全く怖い話などではなかった。

「まことが入ってきた時はさー、明るい奴で……」
「このサークルも華やかになるなー、なんて思ってたんだけどさ……」
「好青年だったもんな、まことは……」

 OBの言葉に、現役の先輩たちはそうですね、と相槌を打っている。
 どうやら、「まこと」という人物についての思い出について話しているようだった。
 
「四月の新歓の時にもさ、スゲーお酒飲んじゃって……吐くかなって思ってたけど──」
「結局家帰ってから吐いて、人前では吐かなかったって、立派なもんだよ」
「そういうとこありましたもんね、まことは。無駄にええカッコしいなとこが」
「あったあった、ハハ……」
「アイツいい奴だったよな……」

 片桐さんは、これは何の話なんだろう?と首を傾げた。
 だが自分は新入生のペーペーだし、周囲は真剣に「まこと」とやらの思い出を語っているようなので、口を出せるはずもない。
 他の新入生はどうなのだろう、と見遣ると、彼らも片桐さんと同じように当惑した様子だった。
 新入生たちを尻目に、まことの思い出話は続いている。その言葉から、片桐さんは「まこと」は既にいなくなってしまったサークル員なのだろうと察していた。

「一昨年、だったよな」
「そうですね……」

──あの時……確か鈴木だったよな?
──はい、俺です。夜中急にまことにちょいちょいって起こされて……何、って聞いたら、ちょっと俺出てくるわって……トイレか何かかな、コテージの中にあるのになと思ってたら、外に出てって…………他に外に泊まってる客に面識あるのかなって思ったけど、そんな訳ないし………………それで、それっきりですよね…………
──そうだよな、それでそれっきりだもんな

(えっ、それっきりまことって人は居なくなってる、ってこと?)
 当惑する片桐さんだったが、先輩たちはさらに話を続けている。

「ケータイも財布も置きっぱなしで……アイツ目悪かったからコンタクトしてたのに、コンタクトも置いてって……」
「山とかも地元の方や猟友会の方に手伝ってもらって探したけど見つかんなくて……」
「痕跡もなかったっすもんね……」

 片桐さんは、これは何か反省会なのかな、と思った。話題はどれも「まこと」がいなくなった時の辛い思い出ばかりだった。
 だんだん、片桐さんはおかしな事に気づく。
 話を聞くうちに、片桐さんは一昨年の事件の現場が、このキャンプ場ではないかと思われたのだ。現場の細かいディテールが、どう考えても今自分たちの居るキャンプ場なのだ。
 普通、そんな事件があったら会場は変えるはずだ。またそこでもう一回合宿するなんておかしいだろう。

「いやでも俺ら悪かったよな、まことの言動がおかしいって気づくべきだったよな」
「ホントそうですよ」
「確かあれは最初野菜洗ってる時だっけ?」
「人が立てないような林の中を指差して、『女の人がいる』って。私そんな冗談いいから野菜切ってよって言っちゃって……『でも絶対女の人いましたよ』って……それから、竹内くんだっけ?」
「そうそう、まことにどうしても来てくれって言われたから行ったけど、絶対立てないんすよ。それでお前何か見間違えたんだよって、彼女欲しすぎて女に見えたんだって笑い飛ばしましたけど、アイツはずっと真剣で……思えば馬鹿な事言ってんなーって、俺スルーしちゃったんですよな……」
「いやお前のせいじゃないよ……」

 片桐さんも含めて新入生は、全員が困惑していた。
 どういう流れなのか分からないが、先輩方はさっきからとても怖い話をしている。

「最初は『女の人がいる』、だったよな、それで皆で飲んでる時に……」
 そう言いながら先輩が他のOB方や先輩に水を向けると、さらに別の人が話し始める。
「そうなんですよ、私に耳打ちしてきて、『外に○○ちゃんがいる、外に○○ちゃんがいる』って。皆中に居るのに誰のこと言ってるんだって、私○○ちゃんのとこ聞き取れなくて……確かサークルにいない苗字だったから、アニメか何かだと思って居ないよって言ってもさらにしつこく言ってきて……確かあと何人かにも言ってたよね?」
 女性の先輩の言葉に、何人かがそうそうと頷いている。
「○○ちゃんの苗字だかは名前は覚えてないけど、結局居ないよで済ましちゃって、あの時もうちょっと真剣に話聞いてればさぁ……」

 反省会らしき先輩方の会話の結論としては、そういうことだった。

 もう少し、おかしいと思った時におかしいとはっきり他の人に知らせていれば、まことは居なくなったりしなかったかもしれない。

 そういった内容に終始していた。
 何故そんな反省会を、今、現場でしているのか、片桐さんには全くもって見当がつかなかった。
 やがて、ふと我に返った先輩は、困惑する新入生たちに気づいた。

「ごめんごめん、というのもさ、今日この日だったんだよね、一昨年の」

(ええ!?最悪じゃん!!何で反省会なんて……)
 
「皆もね、おかしいと思ったらその場で指摘するべきなんだよ」
「まぁ、ハイ……」
 そこで片桐さんは、急にトイレに行きたくなってきた。
 酔って寝て起こされて、クーラーの効いた室内に座っていたのだから無理もない。
 ちょっとトイレに、と申し出たら先輩方はああ行ってこいと特に引き留める様子はない。
 片桐さんがその場を離れると、背後でまた「まことはなぁ……」と話が再開された。

 話戻ってるよと思いつつ、こんな話されるなんて、余程まことさんとやらはいい人だったのかもしれないとも考えた。もしやあのアルバムに写真が無かったのも、そういった理由かもしれない。
 しかし何故このタイミング、この場所で反省会を始めたのか全く分からない。
 しかもこんなことがあったなら、場所を貸す方も貸す方だ。
 そう思いながらトイレで用を足していると、不意に外からがさがさがさっ、と何かが動く音がした。
 片桐さんの記憶ではトイレの外側は高く草の生い茂った藪であり、人が立ち入ることはない。
 そんな場所から、かき分けて歩くようにがさがさがさと音がしている。
 最初、不審者か他の客が酔っ払って来ているのかもしれないと片桐さんは思った。
 その足音は、酔っ払いが無言で歩き回っているようにふらふらと覚束ない。
 片桐さんは音を立てないよう息を潜めていたが、外にいる何者かはそれに頓着しないかのように動き回っている。
 そうして外の様子を耳を澄ませて窺っていたためか、片桐さんは相手が何事かを呟いているのを聞いた。
 

「○○ちゃん、○○ちゃん……?」


 片桐さんは、「うわぁ!」と声を上げそうになったのをどうにか押しとどめた。
 後で聞いたところでは、片桐さんは確かに苗字か名前を聞いたのだという。
 しかし、それが何だったのかは思い出せない。なぜか聞いたそばから忘れてしまったとのことだった。
 声は所謂草食系の男子の声で、「○○ちゃん……○○ちゃん……?」と呼び回っている。
 やらせとは考えられない。
 やらせであんな藪をかき分けたら、あちこちが傷だらけになってしまう。
 片桐さんは慌ててトイレから飛び出した。
 これは伝えなくてはと元の部屋に駆け込み、「あの!」と声を上げたところで、片桐さんは呆然と立ち止まってしまった。
  
 車座になって座っていたはずのサークル員。
 その中央に、サークルに居ない、覚えのない女が立っていた。
 
 女はごく普通に立っていて、片桐さん曰く、ワンピースを着ていたのだという。

「いやだからな皆な、おかしいと思ったらな、その場で言わなきゃいけないんだよ。それはな、遠慮せずに言ってくれよ」
 
 女の隣ぐらいに座っていた先輩が言う。
 女は、何も反応せずに立ったままだ。
 その言葉に、先輩の向かいぐらいに座っていた別の女性が恐る恐る声を上げた。

「じゃあ、あの先輩、どうしても言いたいんですけど、言っていいですか」
「何だ、言ってみろよ」

「何で、一昨年と同じ場所選んじゃったんですかね、私たち」

「そういえばそうだよな、あんなことがあったのに、同じ場所を選ぶなんて、どうかしてるよな」

「違う場所を選ぼうと思ったのに、気がついたら同じ場所を選んでたよな」

「それはおかしいよ、今気づいた、よく指摘してくれたよ」

「皆もさ、おかしいところがあったら、どんどん指摘してくれよ」

 さっき外で変な音がしたんですけど。
 その女は誰なんですか。
 それこそ指摘したいことは山ほどあるのに、異様な雰囲気に呑まれて片桐さんは動けない。

「おい片桐」

 突然、先輩から声をかけられる。

「そんなとこに突っ立って、どうしたんだ?おかしいとこあったらさ、指摘してくれよ!」

 そこまでで、限界だった。
 片桐さんは悲鳴を上げながらコテージを飛び出すと、確か入口近くに管理人が居たはずだと、受付小屋に飛び込んだ。
 おかしい人がいるんです、と訴えると、管理人は痴漢か強盗かと慌てて出てきた。
 片桐さんが混乱しながらも説明すると、管理人は「え?一昨年?一昨年の?」と困惑しつつも、宿帳を確認していた。
 どうやら、サークルは一昨年と名前も代表も大学名を変えていたらしく、管理人は気づかなかったとのことだった。

「えぇ!?なんでウチに!?」
「すっごい山狩りして見つからなかったやつでしょ!?」

 混乱しつつも、ともかく不審者がいるということで、片桐さんは管理人と管理人の息子を伴ってロッジへ戻った。
 ロッジは静まり返っていた。
 十何人もいたはずなのに、である。
「管理人ですけどー!」と声を上げても、中から何の反応もない。
 
「本当に人いる?」
「います、奥の広いとこに皆居て……」

 片桐さんたちが奥の部屋に行くと、そこでは全員が車座の位置のまま立ち尽くしていた。
「何してるの皆!」と声をかけても、何も答えない。
 管理人が電気をつけてもなお、全員が突っ立ったままだ。
 仕方がないからと、管理人と息子が肩を揺さぶったり頬を叩いて、ようやく全員が気がついたかのように座った。

「え、大丈夫ですか?」
「えぇ」「まぁ…」「大丈夫ですよ」

 見るからに大丈夫ではなかった。
 そして彼らは急に、「そろそろお開きにしようか」と、各々の寝るスペースに戻っていく。
 片桐さんが呆然としていると、管理人がぼそっと呟いた。

「よく分かんないんだけど、とりあえず、あなた今日ここで寝ない方がいいと思う」
「そう、ですね……」

 そして、片桐さんは管理人に連れられ、その晩は彼らの家に泊まった。

 翌朝八時頃、片桐さんは管理人に起こされて目を覚ました。
「あっ、皆、帰るって言ってますか?」
「それがさぁ、帰ってんだよね、皆」
「えっ」
 曰く、車もなく、全員が非常に早い時間帯に帰ってしまっているのだという。
 結局、片桐さんは管理人の厚意で最寄りの駅まで送ってもらうこととなった。

「結局さ、あなたの話も酔ってたしどこまで本当か分かんないんだけど、もうあの人たちとは付き合わない方がいいと思うんだよね」
「私も息子もさ、よく分かんないよ、よく分かんないんだけど、あーこれは違うなって思ったんだよ」
「後で息子にも確認したんだけど、あの人たち見て、あーもう駄目だな、助かんないなって思っちゃったんだよね」
「だからね、あの人たちとはもう関わんない方がいいよ」

 管理人がそのようなことを帰りの車中で話していたこともあり、片桐さんはサークル連絡先を全て消し、サークルとは無縁の大学生活を送った。
 以後、片桐さんの元にサークルからの連絡が来ることもなかった。

 別れ際の最後に、管理人は片桐さんに次のようなことを伝えていた。

「ここの山は人がいなくなったとか、変な言い伝えとかも無いんだ」

「私もよく覚えてないけど、一昨年のあの子たち、ネットで見たとかのいいかげんな降霊術?お化けを呼び出す?みたいなのをやってたらしいんだよね、肝試しとかで。多分、それがよくなかったんじゃないかなぁ」


(出典:シン・禍話 第十七夜(初見さんに優しい仕様)

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。

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