【禍話リライト】乳歯の山

 就職が早々に決まった先輩と、酒を飲んでいた時のことだ。
 夏ということで、心霊スポットにでも行こうという話になった。とはいえ、近頃目をつけて行ったスポットはやたら電灯が整備され明るいとか、道が潰れてそもそもいけないだとか、どうにも外ればかりだった。
「何かないの、確実なとこ。せっかくの思い出作りだし」
 先輩がそんなことを言っていると、一人の女子、仮にAが、怖いスポットではないかもですけど、と話し出した。

「怖いっていうよりも、不思議な習慣があって」
 それは、彼女が今とは別の場所に住んでいた時の話だった。県こそ同じだが、別の市の、山の近くに住んでいたらしい。そしてその一帯ではなく、さらに山に近しい、隣接するような場所に住む二十軒いかないほどの家々に、ある習慣があったらしい。

 その家々では、乳歯が抜けたら近接する山に撒いていたのだという。
 山道に放ったり、藪に投げたり、木の上に置いたり、毎回違う方法、場所で置くらしい。それも、大人ではなく子供本人で。
 小高い山とはいえ、整備された山道はなく、野生動物も出るような山だ。最初の一回は親や大人と行くものの、それ以降は乳歯の持ち主の子供だけで撒きに行くのだという。
 撒き方のバリエーションもそれほど無く、繰り返すうちに前回はこの辺に置いたから今回は土に埋める、などと若干適当にもなっていたそうだ。

「えぇ、今もやってんの?気持ち悪いね、それ」
「いや、今はやってないと思いますよ、私たちが引っ越す前に止めることになったので」

 止めるきっかけになったのは、ある風の強い日のことだったらしい。
 予報では荒れるような天気ではないのに、春一番か台風かと思うほどの強風だったそうだ。
 そんなことがあった翌朝、十何軒かあるうちの一軒の屋根に、これまで子供たちが山に撒いてきたであろう乳歯が、泥だらけで撒かれていたのだという。
 そしてその家で何か不幸なことがあり、辺りは急に人が引っ越して行ったとのことだった。

「それで、私も引っ越して行ったんですけどね」
 精々火の玉か何かと思っていたところ、予想以上に重く気持ちの悪い話に、周囲は黙り込んでしまった。
 Aは詳しい地名や行き方までも話したそうだが、内容が内容なのでそれとなく話は切り上げられた。

 時期は過ぎて秋口、Aを含めて、先輩を交えドライブで遠出した時のことだ。
 ふと見たカーナビに表示された地名は、かつて彼女が話していた山の近くだった。
「これ、前言ってたとこの近くじゃない?」
「あ、そうですね」
 時間的にはまだ昼間であったこともあり、話をした当人は怖がっていたものの、せっかくなら行ってみようということになった。

 その地域に近づくにつれて、徐々にAは、ここは覚えがある、ここは変わっていない、などと風景を思い出したようだった。
 やがて山の入り口に着くと、A曰く、「殆ど変わっていない」とのことだった。
 行政は整備していないものの、地元の人が出入りはできるぐらいの山道だった。
「ここまで来たし、入ってみるか」
「ちょっと見て出よう、日が暮れたら危ないし」
 そうして、近くの公園に車を停めたのだが、一行のうちに一人だけ、全然乗り気ではない男子、Bがいた。思い返せば、普段の肝試しでは怖がるようなことはないのに、山に行こうという話になってからずっと沈んでいる。
「何だお前」
「いやこれ、よくなくない?」
 そう言ってBが指した先には、登山口の木の下の方に、何か鳥居のような記号が削って刻まれている。その反対側の木にもまた、同じように記号が刻まれていた。しかもそれは鮮明で、誰かが刻み直しているのだろうと窺えるものだった。
 確かに気持ちが悪いものの、他のメンバーは気づかず先に山に入っている。仕方なしにBも着いて行ったが、行くからには、と何か腹を括っているような様子だった。
「なぁ、A、前からお前に話聞いた時から思ったんだけどさぁ……」
 嫌々ながら、といった様子で彼はAさんに話しかける。
「狭い地域の習慣ごとなんだよな?不幸ごとがあったなら、分かんないわけないじゃん」
「俺、それがずっと気になっててさぁ」
 言われてみれば、同世代の出来事であるなら完全に分からないことはない。

「えぇ?先輩、私の話疑ってるんですか?」

 そう言いながら、Aはごく自然にビニール袋のようなものを取り出した。標本を入れておくような、小さなビニール袋だ。

「なぁ、何だよそれ」
「歯ですけど」

 よく見ると、袋の中にはいくつか白いものが入っている。Aはそのうちの一個を、「この辺でいいかな」などと呟いて土に埋め、さらにもう一個を適当な藪に投げている。
 皆が呆気に取られる中、辛うじて混乱から戻ってきた先輩がAに問いかけた。

「お前、いや、もう乳歯が抜けるような年齢じゃないだろ」
「あー、もう向こうはそういうの関係ないんですよ」

 言いながら、Aはまた別の歯を木の根本などに置いている。

「いや、だからさ、今お前が置いてる乳歯は、誰の歯なんだよ!」
「いや誰のでもいいんですよ乳歯なら」

 その反応で限界だった。
 A以外の全員が慌てて、狭い道や斜面を転がるように山を出た。
 とはいえ置いていくわけにもいかないので、車に乗ってAを待つ。一時間以上経って、もう置いていくかなどと話していたところで、「終わりましたんでー」と、軽い調子でAが戻ってきた。
 帰りの車の中も落ち着かないままだ。
 たまたまAが最初に車を降り、そこでようやく車内の緊張が解けたようだった。
「あいつさ、それじゃ最初から絶対分かってて今日のドライブ来たじゃん」
「帰りに通ること分かってて用意してたってこと?」
「おかしいですよあれ誰の歯なんですか……」
「もうやめよう、気持ち悪いって」
 そうして、ドライブは後味の悪いまま解散となった。


 これは、解散した後のこと、ドライブに行ったうちの一人、Cさんの話だ。
 家に帰ってもテンションは低いままで、その日は早々に床に就いていた。
 翌朝、「兄貴、こないだの怖い話だけど」などと、弟が部屋に入ってきた。
 というのも、ドライブに行く前に弟から、「怖い話をしなきゃいけないんだけど、何かないか」と相談を受けていたのだ。無論、こんな気味の悪いことになるとは思ってもいなかったので、CさんはAから聞いた乳歯の話を弟にしていた。
「あーはいはい、あの話ね」
「そうそう、乳歯を山に撒いてー、の話。あの話さ、すげぇウケて、お前の兄ちゃんいい話持ってるなーって、バカ受けでさぁ」

 んで、コレ。

 そう言って弟が差し出してきたのは、メガネ拭きのような布だった。えっ、と思い開いてみると、中には小さな歯が入っている。

「えっ、えっ何コレ?」
「友達の弟がさ、まだ小さくて」
「いやそうじゃなくて!いらないよこれ!」
「兄貴は場所知ってるんだろ?」

 慌てて弟を部屋から追い出すと、「置いとくから」と言って弟は部屋に戻っていった。恐る恐る確認すれば、Cさんの部屋の前には小さな布包みが置いてあった。
「は!?何!?」
「だから歯だって」
「そういうことじゃなくて!!」

 後に、サークルでドライブに行ったメンバーに確認したところ、他にも二、三人ほどが周りに乳歯の山の話をしており、やはり『持ってこられた』のだという。
 交友関係も辿れば、歯が抜けたばかりぐらいの年齢の子供に辿り着く。そういった子からわざわざもらったり、家にあったものを勝手に持って来られたとかで、合わせて五、六本は乳歯が集まってしまった。
 集まってしまったものの、これをどうしたらいいのか検討もつかない。
 神社が、あるいは霊能者か、などとサークルの部室で話していると、不意に扉がガチャリと開けられた。
 やってきたのはAで、挨拶するでもなく部室にあった五、六本の乳歯に気づくと、「あっ、結構集まりましたね」などと言い、そのまま乳歯を回収して部室を後にした。

 それきり、Aはサークルに来なくなったそうだ。


(出典:シン・禍話 第五十五夜)


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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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