【禍話リライト】赦された夢

 Aさんには、小学校五、六年の頃からずっと見ている夢があったのだという。

 行ったことのない、古ぼけた石段を登る夢だ。
 登っていくうちに、それが神社の境内に向かう階段であることに気がつく。頂上に近づくにつれ、朱塗りの鳥居が見えてくるのだ。
 その神社というのは、大したことのない小山、いわばドラえもんに出てくる裏山のような、そんな場所にあるイメージだった。

 そして、石段を登り終えてそこから境内、という丁度その場所に、背を向けた誰かが立っている。

 背格好からして、自分と同じくらいの歳の男の子なのだが、そんな子が境内へのまさに入り口に立っているのである。
 石段を登っていくと、丁度男の子が道を塞いで立っているのが見えてくる。
 初めはあぁ邪魔なとこに立ってるな、と思う程度なのだが、頂上に近づくにつれて、Aさんは段々と腹が立ってくるのだ。
 傾斜のある石段を登って息も上がる中、なんであんなとこに立ってるんだ、ムカつくなぁ、と、どんどんAさんは苛立っていく。
 そうしていくうちに、Aさんは何かを持っていることに気づく。
 何かは夢によって違うのだが、学校で使うリコーダーとか、その辺にあった棒や、手ごろな瓶などを持っているのである。
 頂上に着いても、やはり男の子は背を向けて道を塞いだままだ。
 もちろん「どいてくれ」なり何なり言えばいいものだが、Aさんは何も言わずに苛立ちのまま、その持っている何がしかで、男の子を殴る。
 振りかぶって、後頭部を思いっきり。

 そこでAさんは、いつも目を覚ます。
 殴った時のぐじゃりとした感覚や、なんて事をしてしまったんだという動揺は、いやに生々しく残っている。
 そんな夢を、Aさんはある時期からずっと見ていたのだった。
 夢の中では毎回忘れていて、頂上に近づくにつれて道を塞ぐ男の子に苛立ち、その子を手にしたもので殴りつける。
 邪魔であるなら殴らずとも何か言えばいいものを、毎回毎回男の子を殴り、そして目を覚ますのである。

 しかしAさんが一人暮らしを始めた大学一年生の冬の頃、そのいつもの夢に変化が訪れた。
 境内入口を塞ぐ男の子がいないのだ。
 初めて入った境内には、本殿の横に祭りでもできるくらいの広場があり、きっちり除草され整えられた土の地面が広がっている。例の男の子はその広場に、やはり背を向けたまま立っていた。
 いつもなら苛立ってぶん殴っていた相手だが、広場にいる限りは邪魔にはならない。お詣りしたいだけなんだから。
 そうしてAさんは、普通に鈴を鳴らし、本殿に詣で、神社を後にする。石段を下って、田んぼの道を抜け、気づけば見慣れた実家の道に出たところで、目を覚ますのだ。

 それからAさんは、「ぶん殴らない」方の夢を見るようになった。
 神社に行って、お詣りするだけ。
 以前は殴っていた男の子は、夢によっては広場以外の場所に立っていたが、やはり邪魔になるような場所ではないので気にもならない。立っているなぁと思う程度だ。

 ただ、行ったこともない神社に詣でて、そこで男の子が背を向けて立っている夢。
 何故こんな夢を見るのかだけが、Aさんには不可解だった。

 やがてAさんは大学三年生かになり、ゼミに所属するようになった。
 そのゼミの中で、講義も発表も終わった余白の時間に、ふと「ずっと見ている夢」みたいな話題になった。Aさんも何の気もなしに例の神社の夢の話をしたが、他のゼミ生たちの反応は、ふーん、気持ち悪いね、程度のものだった。
 そうして何事もなくゼミが終わり帰宅すると、Aさんは知らない相手からメールが届いていることに気づいた。
 確認すると、どうやらゼミのメーリングリスト経由で送られているらしく、相手はほとんど話したことのない女子生徒のようだった。とりあえずは登録しているような、そんな程度の付き合いの子だった。
 内容は一言。

「それは赦されたんだよ」

 それだけだった。
 どういうこと?と尋ねても返信は来ない。
 Aさんは不審に思って、同じゼミの男友達に電話をした。内容を詳しくは話さず、ただ○○さんから変なメールが来たんだけど、程度の話だ。

「そんなことがあってさ、でも○○さんて、一回も話したことないし、外見からは言っちゃ悪いけど暗めだし……」
「や、でもあいつはしょうがないよ。暗いのはしょうがない」
「え?」
「いやあいつな、弟亡くしてんだよ」

 確か小学校くらいの頃じゃないか。
 弟さんが亡くなってんだって。
 病気じゃなくて、不慮の事故か何かで亡くなったらしいんだけどね。
 たまたま俺も聞く機会があっただけだけど。
 丁度今時分じゃねーかなぁ……

「○○さんと何かあったんか?」
「あ、いや、別に……」

 妙な気持ち悪さを残したまま、Aさんは友人との電話を切った。
 通話を終えると、例の彼女からのメールに返信が来ていることにAさんは気づいた。
 メールの返信は先程と同じ、一言だけだ。


「私は覚えてるけど」


 翌日以降、Aさんは神社の夢を一切見なくなったという。


(出典:禍話アンリミテッド 第九夜)

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 本記事は、ツイキャス「禍話」にて放送された、著作権フリーの怖い話を書き起こしたものです。
 筆者は配信者様とは無関係のファンになります。
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