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忘れえぬあの瞬間 〜映画の話
一昨年見た「aftersun/アフターサン」のラストのワンシーンが心に焼き付いて、今も鮮烈に蘇ります。
11歳の少女が、当時30歳だった若い父とすごした休暇を思い出すという内容の映画です。
最後のあの一瞬に息を呑み、身体が固まりました。そして劇場が明るくなるまで動くことができませんでした。
あのシーン、それを見たときの衝撃と気持ちは一生残ると思います。
映画には得てして、そういう一瞬が存在します。
心に刻まれる一瞬、それは感動とかそういう直情的ものでも安易なものではなく、他の人と感想を言い合って共有できるものでもありません。
言葉にすることのできない感情と感覚と共に、心に刻まれるものです。
「パトリオットデイ」は、ボストンマラソン爆弾テロ事件を映画化したものです。
その中に、いっさいセリフのないシーンが出てきます。
3人の死亡者の中に、8歳の少年がいました。
事件後、現場検証のために遺体はしばしそのままにされました。
映画の中で、青いビニールに覆われたその少年の遺体の前に、警官がひとり配置されます。
彼のその目、その表情を思い出すと、今でも涙が出てきます。
遺体がやっと運び出される時、その警官が見せた態度は、この事件に関わった全ての人の想いを表していると思いました。
「チョコレートドーナツ」は、1970年代、育児放棄されたダウン症の少年を養子に迎えようとするゲイカップルの話です。
状況を理解できぬまま、ひとり街を徘徊していたマルコを見つけたルディが、警察や施設などに電話をかけ保護を求めますが叶わず。
何もわからないまま、笑顔を向けるマルコに、ルディが「手をつなぎましょう」というシーンがあります。
なんてことのないシーンですが、それを聞いた瞬間、声あげて泣きそうになりました。
暖かな家庭も親の愛情も知らない少年に、初めて暖かな愛情が差し出された瞬間を描いた素馬らしいシーンだったと思います。
ジョン・ウェイン主演の名作「勇気ある追跡」をコーエン兄弟がリメイクした「トゥルー・グリット」、明るいラストだったオリジナルとは違い、シビアなラストでした。
リメイクでは、14歳の少女がたったひとり、誰の助けも借りることができず、無常かつ荒くれた人々の中で必死に残された家族と牧場を守り、父の敵を討とうとする姿を描いています。
まともに相手をしない、あるいは子供だと思ってだまくらかしてうまいことやろうとする中でたったひとり、子供はさっさと家に帰れと言ったのが、最後まで彼女のために命を張った飲んだくれの保安官ルースターでした。
そしてもうひとり、彼女の仇を追ってきたテキサスレンジャーのラ・ビーフは逆に、最後まで彼女を子供扱いしません。
誰も守ってくれる人がいない子供、おのれの力で戦うしかないと覚悟を決めた子供がどんな気持ちであそこに立ったか、そしてそんな彼女に手を差し伸べ、命をかけて助けてくれた人たちに、彼女は何を思ったか。
ラストは今でもしっかり覚えています。
マティは最後まで決してあきらめずに彼を探すだろうと思いました。
「告発」という映画は、同じ時期に上映された「ショーシャンクの空に」の影に隠れてしまい、ほとんど話題にならなかった映画です。
サンフランシスコにある悪名高きアルカトラズ刑務所が閉鎖になるきっかけになった事件をベースにした物語。
極貧の生活の中、飢えた妹に食べ物を与えたくて5ドル盗み、25年の刑を受けてアルカトラズに収監された男と、彼が長期間地下牢に閉じ込められ拷問を受けていた事を知った若い弁護士が裁判で戦う話です。
少年時代からアルカトラズで生きてきた男は、世の中の事を何も知らず、幸せも光も優しさも人との繋がりも知りません。
若い弁護士はある時、自分の秘書だと言って美しい娼婦を連れてきます。そして、人の目の届かない場所で、娼婦は男にオーラルセックスをします。
若い弁護士は男に、少しでも、どんな事でも、楽しいと思える事、生きる希望に繋がる事、誰かの肌に触れる温かさを感じてほしかった。
しかし、男は泣きながら「無理なんだ、だめなんだ、やめてくれ」と言い続けます。
それは、もう彼の心には何の光も届く事はないのだと、見ている我々に悟らせる場面でした。
男を演じたのはケビン・ベーコン、娼婦を演じたのは彼の奥さんだと聞きました。
私は映画の感想を誰かと語りたいと思いません。だから、映画はたいていひとりで見に行きます。
何を見て何を感じるかは人それぞれ。
いかに親しい相手でも、まったく違う印象を持っているのはよくあること。
時にその人の言葉が、私の心に残された大事な断片を削りとる事もある。
映画を見たあとの余韻はとても大事です。
だから、よほどの事がない限り、映画はひとりで行き、そしてしばらくその余韻にひたる。
それはとてもとても大事な私だけの時間です。