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怖い話

ハイブランドで働いていた時、私はセールスマーケティング所属だったので内勤でしたが、スタッフに急病人が出たり、大きなイベントがある時はお手伝いとして、時々店に立つ事がありました。
都内某百貨店の店舗にお手伝いにはいった時の事。
お客様もほとんどいなくなった閉店間近の時間、ふらりとひとりの女性が店にはいってきました。
年齢は二十代半ばくらい、長い髪、ほっそりとした体型、ふわりとしたブラウスにロングのタイトスカート、サンダルでした。
彼女は、当時大人気だったバッグを手にして、私の所にやってきて「これください」と言いました。
二十万ちょっとのそのバッグをカード一括払いにし、後日取りに来るので取っておいてほしいと言いました。
彼女が店にいた時間はそう長くはありませんでした。

なぜ私が彼女の事を、詳細よく覚えていたか。
透き通るような白い肌で、目が虚ろ、焦点があっていませんでした。そして、何か薬の臭いがしていました。
私はアロマセラピストの資格を持っていて、生産地や販売の違う五種類のラベンダーの香りをかぎ分ける事ができます。なので、嗅覚には自信があります。
さらに、そのバッグは当時大人気で入手困難なアイテムでした。予約ができないシステムだったので、現物に巡り合うのは運次第。
買えた人はみな大喜びで持ち帰ります。
それをしばらく預かってほしい、というのには違和感がありました。

数日後、その店の店長から連絡がはいりました。
「泉さんが接客した人について話を聞きたいと、百貨店のダイレクターと警察が来ている」
その彼女の事でした。
店に行くと、彼女のお母様だという人も来ていました。
話を聞いてびっくり。
私が接客した女性は、数カ月前から行方不明になっていて、捜索願が出されていました。
東北出身、大学卒業後、地元に帰る前に友達とふたりで海外旅行をしてその帰り、空港で「東京の友達に会ってから帰る」と言い残して行方がわからなくなっていました。
クレジットカードの使用履歴をご両親と警察が追っていて、百貨店で買い物をした履歴を見て私の所に来たという経緯。
彼女はその日、遅い時間に百貨店にやってきていくつかの店をまわり、買い物をしていましたが、彼女の事をはっきりと覚えていたのは私ともうひとり、化粧品コーナーのスタッフだけでした。

店には、彼女が「あとで取りに来る」と言った品物がありました。
取り置き期間は決まっています。その間に彼女がまた店に来る可能性が高い。
なのでその間、私は店でスタッフとして働く事になりました。彼女が来たら、他のスタッフと連携して百貨店の方に連絡、警察が来るまでみんなで彼女を確保するという流れです。
彼女のお母様もその間、近くのホテルに泊まっておられました。本当は毎日店に行くと言っておられたのですが、お母様がいるとわかれば、彼女は店内にはいってこないかもしれないと私が提案し、こちらから連絡するまでは来ないほうがいいという事にしていました。
その間、店には彼女の父親を名乗る若い男から何度も電話がかかってきました。
店は女性スタッフだけだったので、何かあったら怖いという事でその間、百貨店の男性スタッフが常駐してくださいました。

結局、規定の日時の間に彼女は現れませんでした。
それから数か月後、彼女の件でまた店に呼ばれました。
行ってみると、彼女のお母様が私を待っていました。
なんと、彼女が見つかったとのこと。
彼女が店に来てから、その百貨店周辺に彼女はいるのだろうと予測したご両親は毎週末、東北から来てこちらに滞在し、周辺彼女を探して歩き回っていたのだそうです。
ある時、地下鉄の改札近くでお手洗いを借りたお父様が出てきたところで、「あら、お父さん、こんな所で何をしているの?」と声がしました。
振り返ると、そこには長い間行方不明になっていた娘さん、彼女が立っていたそうです。
彼女はご両親に、自分は友達の所にいて、何も問題はないと説明したとのこと。
結局何があったのか、今何をしているのか、なぜ何か月も連絡をしてこなかったのかはわからないままでした。
お母様が言いました。
「何もわからないままですが、生きている事だけわかったので、もう探すのはやめる事にしました。あの子が何を考えているのか、まったくわかりません。みんなに心配をかけた事にも、けろりとしていました。娘の事は忘れる事にしました、もういないのだと思う事にしました」
行方を捜すために残していたクレジットカード(家族契約)も利用停止にしましたと言って、ずっと取り置きのままでいたバッグを引き取ってお母様は帰っていかれました。大変お世話になりましたと、大きな菓子折りを残して。

別の話。
ゲーム関係で知り合った人同士で仲良くなり、みんなで定期的に会っていた時期があります。
その内、女性は四人。Mさんひとりだけ、既婚で子供がいましたが、私を含む他の三人は独身でした。
ある時、そのMさんから私個人宛にメールがはいりました。
「先日のロンドン出張の帰り、偶然Yさんといっしょになりました。Yさんはとても優しくて、話を聞いてくれて、フライト中、ずっと私をなぐさめてくださいました」
Yさんは既婚者が多かったグループ内で数少ない独身男性、みんなが「彼はかっこいいよね」と言い合うような、ちょっと独特の雰囲気がある人でした。
その彼がロンドンに出張に行くと言っていたのは、なんとなーく覚えていました。なのでそのメールが来た時は、「ふーん」で終了。
Mさんとは個人的にやり取りをするほど親しかったわけでもなく、なんで私にそんな事を知らせてきたのかな? と思っただけで終わりました。

しかしその後、Mさんからのメールは続きました。
内容はYさんとの事ばかり。Yさんに対する想いが綴られ、彼が彼女にかけた言葉を書き連ね、そしてMさんの溢れんばかりのYさんへの気持ちが吐露されていました。Yさんとの関わりがどんどん深まっていくのも、メールから伝わりました。
最初は、誰かに話聞いてほしいんだろう程度に思っていた私も、さすがにそこまでいくと、れはやばいと気づき。
なんといってもMさん、既婚者で子供もいます。大手有名商社勤務で社内結婚、ご主人もまだ同じ会社で働いていました。
「毎日ベッドで、隣に眠る主人にさとられないように、声を殺して泣いています」というメールが来た時には、YさんとMさん、そういう関係に至ってたんかい、と鈍い私でも気づき、「このような内容の話は、私は聞く立場ではないし、正直聞きたくないので、身近な親しい方にお話いただいたほうがいいと思います」と返信しました。
ところがMさんからは、「こんな話をできるのは泉さんしかいないんです」と返信が……頭を抱えました。本気で気持ち悪い、気分悪かったです。

そのすぐ後、みんなで食事会がありました。
いやぁ、さすがにちょっと行きたくないなぁと思っていたらMさんからメール。
「こんな事をしていてはいけないと気づきました。今度の食事会で、Yさんへの気持ちを整理します」
とりあえず参加した食事会は平穏無事に終わり、その後みんなで飲みに行きました。
なぜかMさん、ずっと私の横にべったり貼りついたまま、とある話をみんなにしていた時。
突然彼女が、真っ赤な口紅で彩どった唇をすっと私の耳元に寄せて、「ねぇ、それって私へのあてつけ?」と囁きました。
いやもう、本気で全身鳥肌。あまりの恐ろしさにイスを蹴り倒して立ち上がった私、そのままトイレに駆け込みました。
私を追いかけてきたMさん、バッグからファンデーションを取り出し、鏡を見ながら、「私さえ、私さえあきらめればいいのよ、私さえあきらめれば」と呪文のように何度も繰り返し言い続けておりまして。
無茶苦茶怖かった、マジ怖でした。血の気が引きました。

これは大変な事になったと思いました。
しかし、MさんとYさんの事は私しか知りません。Mさんは私にしかメールを送ってきていないし、他では普通にゲーム仲間としてみんなとつきあっていました。
内容は至って個人的なものだし、みんなに言っていい事とも思えない。正直、そういう内容のメールを私にだけ送ってくるというのにも、何か悪意を感じるようになっていました。そこへもってきて、飲み会でのあれ。
仲間内では、美人で仕事もばりばりやっている聡明な人というイメージだった彼女、こんなメールを送られて大変迷惑しているし、あんな事があって怖い、と私が言ったところで、みんなが信じてくれるとは思えず。彼女が保身のために何を言い出すかもわからない。
彼女と私、どっちを信じますか? となった時、男性陣に人気だった彼女の事を考えると、私の方が分が悪いのは確実。
みんなに信じてもらえないとなった時、自分が壮絶に傷つくのもわかっていました。
結果、だったらもう、このグループを抜けようという考えに至り。

グループ内、仲良しだったLちゃん(女性)にはきちんと話しておこうと連絡を取りました。
するとLちゃん「そのメール、全部私に転送して」と。
ひじょうに個人的な内容なので、さすがに躊躇われましたがLちゃん、「すでにそういう範疇を超えてる。それに、たいして親しくもなかった泉さんにそんなメールを送り続けてるのには違和感がある。とりあえず全部私に送って、この件、いったん私に預けて」と言いました。

一週間後、きれいさっぱりこの件は片付きました。
メールを読んだLちゃん、これはただ事ではないと、グループ内年上の男性ふたりに連絡し、相談したそうです。
メールを読んだふたり、たまたま家が近所だった事もあり、深夜ファミレスに集まり相談>男ふたりが深夜、深刻な顔して話し込んでいて、怪しいやばい何かと勘違いされたと思う、とあとでふたりから笑い話として聞かされました
結果、Mさんはグループから消えました。
何をしたか、どうやったかは教えてもらえませんでした。
ふたりと話した後Mさんは、グループで使っていた連絡用のサイトのログ数百を仕事中に全部消去(それを知ったみんな、仕事中にあれ全部消したんかい! と驚愕でした)、「泉さんにしてやられた」「泉さんが嘘をついている」「そのメールは泉さんに偽造された」などなど、予想通りの言葉をふたりに吐いたそうです。

何も知らない他のメンバー、いったい何があったの? となり、説明のために集まりました。
そこで私が事実説明をしたところ、とんでもなことがわかりました。
話を聞いていたYさん、「何それ! 俺が不倫してたみたいになってるじゃないか! 俺、何も知らない! 無関係だよ!」と叫びまして。
私、Lちゃん、男性ふたり、「え……?」
他のみんな、「……どういうこと?」
最初のメールにあった ”出張の帰り、ロンドンの空港で偶然会って、帰りのフライトで私の話を聞いてくれて、ずっと慰めてくれました” な話、事実はまったく違っていました。
Yさんがロンドン出張を終えて空港でチェックインしようとした時、後ろから「Yさん!」と声をかけられ、振り返ると彼女が立っていたそうです。
「すっごいびっくりしたし、気持ち悪かった。でも、隣の席、いいですか?って言われて断れなくて、そしたらフライト中、ずーっと自分の話しまくってて、俺、疲れてて寝たかったのに全然寝られなくて迷惑したんだ」
「え! じゃあ、主人の隣で声を殺して泣きましたっあれは何!」と私が叫ぶとYさん、「知らないよ! 全然知らない。彼女とは個人的に会った事は一度もないし、連絡取り合った事もいっさいない」
その場にいた全員、「なんですとーーーー!」の大声。
顔の広いLちゃんが、Mさんと同じ会社にいる知人に確認したところ、Yさんがイギリス出張に行くんだと言っていた一週間前、Mさんは上司の出張に急遽ついていく事になり(これもどうやら無理やりねじこんだらしい)、スケジュールを終えた後、せっかくロンドンに来たので休暇を取って滞在したいと、ひとりロンドンに残っていたのだそうです。
つまり、Yさんの帰国日にあわせて滞在を延長していたわけで。
さらに、MさんはYさんがどの便で帰国するかは知りませんでした。という事はMさん、知っていた帰国日丸一日、日本行のフライトがある航空会社のチェックインカウンターで逐次、待ち伏せしていたという事になる。
ちなみに、チケットをどうしたかは不明。もしかして全フライト買ってたとか? と恐ろしい発言もありました。
とにかくYさんは何も知りませんでした。事実無根でした。
さらに、飲み会でMさんが私の耳元で囁いたあれ、私たちの前に座っていた男性三人にも聞こえていて、「なんぞ気持ち悪い」と思っていた事も判明。

グループ内、Mさん以外に女性は私を含めて三人いました。
その中でなんで私にだけそんな事したの? という話になり、そこでもうひとりの女性Nさんが、「今、泉さんだけ彼氏いないからじゃないの?」で、これまた全員で「それ?」となりました。
つまりMさんはYさんの事が好きだった、唯一彼氏のいない私にYさんを取られたくないがため、そういう手段を取ったのではないかという話。
ちなみに私とYさん、ゲームの会以外のつきあいはありませんで。
私、「そんなんであんな事に巻き込むのやめてほしい」
Yさん、「なんにも知らないところで不倫相手と思われて、甚だ迷惑」
そこにいた他の人達、「ロンドンまで行ってストーキングと待ち伏せって、マジ怖い、無茶苦茶怖い、しかも既婚で子供もいる人が」
既婚男性陣、「Mさんのご主人の事考えると、無茶苦茶落ち込む」

その後、Mさんがどうなったかは知りませんが、この件で、ある種の女性は、メールやネットの利便性を狡猾に利用して、気に入らない女性を排除する方法を取るという事を学びました。
たいして親しくもないのに、「あなたにだけ相談したい事がある」とメールで言ってくる女性は超要注意。
その後も何度か、同じような事をする人が現れましたが、この一件で学んだ私、同じテには二度とひっかかっておりませんし巻き込まれずに済んでいます。





















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