向日葵 友達編
「あっついねぇ」
「あっつい」
夏の夜。むっとする空気は嫌いじゃないけど、人混みはあんまし好きじゃない。
喧騒を避けながらコンビニの袋を下げてゆっくりと歩く。
「花火、きれーだった」
「うん!あの振動がやばいよね」
花火大会の帰り道。人混みに辟易した私は友人(男)と道端の階段に腰掛けて一杯やって帰ることにした。
ざわざわと駅に向かう人の群れを眺めていると、傍らからプシュッと音がする。
「ん」
向くと、自分のビールを開けた彼が私の分のビールを差し出している。
「さんきゅ」
ひまわり柄の期間限定パッケージが可愛くて、最初の一杯にと二人でお試しに選んだ缶。
プルタブをプシュッと起こして、
「かーんぱい」
かちっと軽く缶をぶつけて冷えたビールを喉奥に流し込む。くぅ〜っ。
「ぷは、サイコーだね。夏の道端での一杯は」
「同感」
つまみも買ったよね〜と袋をガサゴソしてチータラを取り出す。
「はい、コータの分」
「あいよ」
もしゃもしゃとチータラを頬張る。うまい。ぐびっ。うまい。
お、気づかなかったけど月も出てるじゃない。いい感じにキレイじゃない?
幸せって案外こんなとこにあるのかもね〜なんて陽気に思いながら、あっさりと一缶目を飲み尽くす。
「コータ、おかわりぃ」
「ほい」
空いた缶を渡そうとして、ふと限定のパッケージに目をやる。
「向日葵、可愛い柄」
「おー」
私用の新しい缶を持ったまま、とりあえず自分のビールをぐびりと飲むコータ。
「向日葵の花言葉って知ってる?」
「知らない」
「教えてあげようではないか。コータ君。向日葵は太陽をずうっと見ているからね、人々はみな、あぁ、向日葵は太陽が大好きなんだなぁって思ったの。だからね、向日葵の花言葉は『私はあなただけを見つめる』なんだよ〜、すごくね?この豆知識」
「ほー」
「ほー、かよ〜。コータ君、ロマンの心が足りてませんよぉ。はーぁあ。こんな風に思える人と出会えたら、幸せだろなぁ」
「どーかな?その人も自分好きでいてくれなきゃ意味なくない?」
涼し気な顔でビールを飲む綺麗な顔の男を見ると、ため息が口をついた。
色素の薄い髪が街の光に照らされて、なんだか寂しそうに見える。
「そぉだけどさ。コータと私みたいに、恋愛って何だろ〜?したことあったかな?とりあえず年頃だし、考えずにいろいろ付き合ってはみたものの、やっぱよくわかんないごめん。みたいな人間にとっては必要じゃない?」
「なるほど」
「誰かを好きになってもうどうしようもない……って言いたいし、そろそろいい年だから言われたい」
「言われたいのかよ。前の男でこりたんじゃなかったの」
ぬう。っと新しい缶に手を伸ばす。これはいつも私が飲んでるお気に入りのやつ。
からかうようなつり目にムカついて、三口くらい一気飲みした。
「ぐふっ。良いのよ。前のストーカーがいなくなって半年来るし。純粋な片思いなら良い人も私を好きって言ってくれるかもだし」
「ふうん?」
白い横顔に、急に申し訳なくなって
「……ごめん、コータ。前のストーカー男の時に、さんざんお世話になっておきながら……」
「いや、まあ、大変だったけど。あれきっかけで那智のこと良くわかったし」
「ほんと、最後、なんとか奴にうちらが付き合ってるって思わせて逃げ切ろう作戦から、ずっと一緒に遊んでくれて、まじで感謝しております……浅はかな願望言っちゃって気を悪くしたなら、ごめんね」
「どしたの。さっきまでゴキゲンだったのに」
「こんな風に花火終わっても嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる貴重な友達をなくしたくないなって」
「ふうん、まあ、那智にしては考えたね」
「そろそろ、帰ろっか?」
「那智がそうしたいなら、いいよ」
パンツのお尻をはたいて立ち上がると、コータが私の飲みかけのビールをグビグビと喉を鳴らして飲んでいた。
「あ!ちょっとぉ」
「那智」
「え?」
突然真剣な目をされて驚く私に、コータは自分が飲んでいた向日葵柄のビールを渡してきた。
「なんだ、不味かったの?代わりに飲めって?」
「違う」
「?」
「向日葵の言葉、欲しいんだろ?あげる」
「え?」
「帰るぞ」
え?え?
意味がわからないまま、歩き出したコータを追いかけるようにして、私も足早になる。
「コータ?なに?」
「俺は少し前から、ずっとお前だけ見てる」
……耳の錯覚!?
立ちすくむ私の手を軽く引いて、無言のままコータが歩き出した。
え?なに、ちょっと待って、心の整理が。
随分鈍っている私の心臓が、ようやくドクンと脈を打った。
「じゃ。そのビール、飲めよ」
人気のなくなった駅の改札を通って、それぞれの沿線に別れて。
電車に乗り込み、ドアに背中を付ける。
ちらっと視線を感じて。あ、そうだ、ビールとか持って乗ってるから。
……早く飲まなきゃ。
おかしなことに私の手は動かない。顔が熱い。
綺麗な白い手に渡されたビール。
渡された想い。
熱くて喉が乾くのに、結局私は、家に着くまでにその缶に口付けることができなかったのだった。
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