リンドウ 婚活編
「ほら、しょぼくれた顔しとらんでさっさと座りねぇ、化粧は済ませたんじゃろう?」
「うん……」
襦袢を着て、俯いて立っている孫の絵美に着付けるべく、
買ってきたという浴衣の包みを開く。
バサッと広げると、藍色の地に白く浮き上がる竜胆の花。
所々に藤色が差し込まれて……こりゃあ、素敵じゃなぁ。ひと目で上等とわかる。絞りの浴衣。
確か、臙脂色の帯があったがなぁ。それが合うじゃろう。
もう九月じゃけん、襦袢に簡略な白の半襟を付けて、
単の着物風に足袋を履くのがええじゃろうなぁ。
さすがに三回目のデートで、外で浴衣を脱ぎゃあせんじゃろう?
草履はあったんかなぁ。
「ええがぁ、よううつるわ。絵美。
9月じゃけん、足袋はいて、単の着物みたいにするんがええけぇど、草履はあるんか?」
びっくりしたような顔で頷く絵美に頷き返して、手早く浴衣を羽織らせる。
孫の薄い顔立を、締めて引き立てる浴衣。大人の色香を出すように。
やっぱり祐子がおるあの店を薦めてえかったわぁ。
ショックを受けとる絵美には悪いけぇど。
おはしょりを整えながら、思わず笑いが漏れる。
それにしても、どげぇな顔しとるん、あんた。
動かんように言いつけて、手早く伊達締めを巻きつける。
『柄を選ぶんには、年を考えねぇよ、似合う色も』
そう言ったのは私の古い友人の祐子。今頃は呉服屋のお局になっとんじゃろうなぁ。
祐子がおるけんと思って、浴衣が欲しいと言う絵美に、呉服屋の場所を伝えたけぇど。
半分泣きながら、欲しい柄が売ってもらえんかったと、
帰ってくるなり嘆く孫に驚いた。
よくよく話を聞くと、どうやら絵美は、彼と親しくなるきっかけになったという
向日葵の柄にこだわっとったらしい。
そういうことか、と納得のため息が出た。
祐子が私の孫に、似合わない浴衣を売るわけがねぇ。そう確信がある仲じゃったけん。
向日葵の柄は難しい。明るい黄色。
おとなしい色を使っとっても、どうしても柄に目がいくし、大柄の物が多い。
きっと、背の低めな絵美が着るとバランスが悪くなる。
それに外からは見えんじゃろうけぇど、三十路過ぎて、やや肉のついてきた孫の身体。
濃い色味じゃったら、すっきりして見えるけんなぁ。
竜胆の花言葉は、『誠実』そして『悲しんでいるあなたを愛する』
今の絵美にぴったりじゃがぁ。
悲しんどる気持ちを彼に話して、愛してもらえばええわ。
「いくで、息吸って」
ぎゅっと、力を込めて、胸のすぐ下で臙脂の帯を高めに結ぶ。足も長く見せにゃぁおえんけんな。
「しんどくないか?」
「うん……なんとか。ね、おばあちゃん、変じゃ、ない?」
「何言っとるん。鏡を見てみねぇ。べっぴんさんに仕上がっとるわぁ。さすが私の孫じゃ。
『女の勝負はな、派手なひまわりみてぇな、大輪の美しさだけでは決まらんのんよ』ってさっき言ったじゃろう?」
可愛らしい孫に願う、誠実な男性との出会い。
まじまじと鏡を覗き込む姿に、若い頃の自分が重なって、
懐かしさに微笑みが浮かぶ。
私も昔、桃色の浴衣が着たくって、駄々こねたがなぁ。
祐子にけなされて、諦めて、ふふ。紫色にしたんじゃった。
結局おじいさんはその紫の浴衣を気に入ってくれとって、後から感謝したんじゃけぇど。
「大人っぽぉて綺麗じゃろう、絵美。絵美にはな、そういう色が似合うんよ。
あとはな、もうちぃっと頬紅落として、口紅も薄い色に変えたらええわ」
派手じゃのおても、売り込み方はあるんじゃけんね。
ええ奥様になりそうじゃと思わせたらにゃぁ。
三十路の美しさをな、存分に発揮しておいで。
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