〔執筆奮闘記13〕体験談は強し
…医学情報の執筆に際しての孤軍奮闘記です…
◆統計と体験談
前回、統計について考察しました。
統計が左脳を刺激するならば、右脳を魅了するのは体験談です。
理論の好きな読者は理詰めで、情緒豊かな読者は感情に訴えて、
引っ張ってゆきたいものです。
「体験は統計より強し」
10人に1人しか効かない薬。有効率10%。
通常、そんな薬は見向きもされません。
ところが、劇的に効いたその一人の生々しい体験を聞くと、
「駄目でもともと、飲んでみよう」と心が動きます。
統計を説明して心が動かない患者さんには、
効いた実例を話するのが有効かもしれません。
◆具体的な実例は心をつかむ
実例の紹介は具体的なほど魅力があり、
テレビの健康番組では、よく用いられています。
若年性認知症の恐ろしさを訴えたテレビ番組の一コマです。
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一流のセールスマンの45歳男性。
ある日、営業に回っていて会社に帰る道が分からなくなりました。
行き慣れた場所にも関わらずです。
同僚に電話をして何とか会社に帰ってこれた彼でしたが、
その日以来、おかしなことが起きるようになりました。
上司や部下から、仕事のミスを指摘されることが多くなった。
顧客との約束忘れ。しかも約束したことに全く覚えがない。
書類の不備、提出物忘れ、頼まれたことを覚えていない。
不審に思い病院でみてもらったところ、告げられた病名は認知症でした。
認知症!?どうして自分が。まだ45歳なのに。彼はうろたえました。
まだ家のローンが15年残っている。子どもは3人、1人は障害者。
認知症の症状は徐々に進んでいきました。
トップセールスマンであった彼ですが、セールスの仕事から外され、
洗車や倉庫の備品整理に回されてしまいました。
ノートをいつも持ち歩き、やらなければならないことを書き込み、
絶えず確認しなければなりません。
どこへ行くにも、スマホ地図が手放せなくなりました。△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△
以上が生々しい実例です。
認知症の恐ろしさを「約束したことも覚えていない」「若年発症もある」と説明するより、実例を生々しく語ると、ぐぐっと我が身に迫ってきます。
◆医者は生々しい実例を語るのが苦手
論文で育った医者は、生々しい体験談を語るのが苦手なのかもしれません。
論文の症例とテレビの実例との違いは。
論文には、「家のローンが残っている」「倉庫整理の仕事に回された」などの病気と関係のない表現が含まれていません。
テレビ番組と一線を画するのが医療だからです。
「医療の否定」と「体験談」で一世を風靡したアトピービジネス。
「だまされるな」の一言では、アトピービジネスをせき止めることはできませんでした。
アトピービジネスを狡猾と非難するのも大事ですが、
皮膚科医が彼ら以上に賢くならなければならないことを学びました。
目的達成のために、生々しい実例紹介を駆使してゆきたいと思います。
注意点は、「生臭い体験談」にならないことです。
テレビで、夫の健康を気づかう奥さんの美談と思いきや
「健康食品のテレビショッピング」だった、という経験はありませんか。
それまでのいい話が興ざめでしょう。
仕組まれた体験談は生臭く感じます。
統計も体験談も「これ見よがし」は策略と受け取られるため、
「さりげなく」が効果的と思います。
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