見出し画像

バイクでハノイノイバイ国際空港に向かってみた ベトナム ハノイ

しまった、カネが足りん!
 
 出国直前の夜中12時、念のためもう一度所持金を確かめると血の気が引いた。
 何度も何度も確かめたが、やはり手持ちの現金が足らず、これでは空港行きのタクシーに乗れない。
 原因は色彩も何となく似ている1万ドン紙幣を、10万ドン紙幣だと勘違いしてしまったから。
 出国前、再両替せずに済むようこまめに両替したのが、かえって災いとなった。
 
 考えれば、ハノイ初日も予約していた宿から締め出されたり、そして今度は紙幣の桁を間違って空港行のタクシーにも乗れず、おまけに外は大ぶりの雨・・・
 
 これもひとえに根っからの常態化した貧乏ケチ体質ゆえ。
 これまで幾度となく旅先でのトラブルを乗り越えてきた訳だから、これも天が授けた試練と観念するしかなく、ここは意を決したとえ雨が降ろうと バイクで空港へ向かうことにした。


03:45 起床
04:25 宿出発
04:30 グラブバイクをアプリで手配
04:35 グラブバイク到着
04:35 ハノイ大聖堂前出発
05:25 ノイバイ国際空港ターミナル到着

04:35 ハノイ大聖堂前
 ハノイ大聖堂の前で待つこと5分、表示された予定よりもバイクは早く到着した。
 夜12時過ぎまで賑やかなハノイ大聖堂前広場も、さすがに深夜4時半となると周囲には誰もおらず通る車両もない。
 
 ガタガタいわせながら来たグラブバイクは定番ベトナムのホンダカブ。
 バイクが小さく見えるほど、一見温厚そうな大柄な青年がやってきた。
 お互い言葉が分からけど、スマホに表示されたドライバーIDとカスタマーIDを相互に出し合い確認もOK。
 彼はニコリともせず硬い表情のまま、緑に白のラインのグラブロゴ入りヘルメットを手渡され唸りをあげてひた走る。
 
 昼間は人と車両でごった返し渋滞で僅かな距離さえ進まない旧市街の狭い路地、エンジンブレーキと加速ギアーを巧みに操り決して勢いを落とさずスムーズに駆け抜ける。
 ノイバイ国際空港へ向かう大方の客が時間に追われていることを知っているのだろう、頼んでもないのに彼はゆっくり走るタクシーを追い抜き、交差点の両側から車やバイクが進入しようしても構うことなくスピードを落とさず通過、未明の旧市街を疾走する。
 
 年季が入り父親のお下がり見えた彼のベトナムカブは、走り出したら以外に加速もスムーズ。
 新しいバイクに越したことはないがそこはクラブ認定のプロのバイカー、旧市街に位置するハノイ大聖堂からハノイノイバイ国際空港まで18万ドン、わずか900円で行けるから文句はいえない。
 
 エンジンが咳き込むことなく順調に回転、多少の不具合を運転スキルで巧みに操り確実に目的地に届ける彼のプロ意識も感じられ、最初の懸念は彼のバイクにまたがって五分で解消、その大きな背中がかえって安心感を与えてくれた。
 
 狭い路地からいきなり視界が開け広大な広場が現れ、左側にタンロン城跡とキンティエン宮殿が視界に入ってきた。
 定番観光地なにひとつも見に行かず、昼間からビアホイで飲んだくれた緩慢旅、空港行く途中に外側だけでも拝見することができ何か得した気分になった。
 でも唯一ホーチミン廟は見逃してしまったと今更だけど後悔する。

 右側に物々しい軍の施設とその名も Army Hotel 前を通過さらに直進して左折すると、左側に西湖の巨大な高級ホテルが軒を連ねる片側に四車線の道幅広い幹線道路に出でた。
 
 やはり小雨が降り出してきた。
 この程度の雨なら雨具など着ける必要もなく、多少濡れようが今は小雨もなぜか心地よかった。
 すると青年はバイクを止め、簡易な雨具を取り出し着るよう促した。
 気になるほどの雨ではないがいつ大雨にもならないとも限らず、運転もさることながら彼の気遣いにも感心させられた。
 
 鋭く曲がるU字カーブに差し掛かかり、彼は前方が見えるようにやや前傾になり注意を促すと、それにすぐさま反応して同様に体を傾けピタリと呼吸が合せ、U字カーブを抜け難なく片側四車線の大通りに合流できた。
 
 ほぼ直線に来て一体いくら速度が出ているんだろうとスピードメーターをのぞき込んだら、壊れていて針はゼロを指したまま速度が分からない。
 
 雨後の水たまり、未舗装地帯、さらに交差点で突然加速しぶつかりそうになる車やバイク、様々な障害を念頭に彼がより安全に走行しているのが伺えられ一層安心感が増した。
 
 どこを走っているのか全く見当もつかない不慣れな道、不意に寄せてくるタクシーなど、まさに危険と隣り合わせの連続で片時も油断ならなく想像以上にタフな移動ではあるが、視界に入るすべての事が目新しくそれなりに楽しさもあった。
 
 深夜に関わらず客で賑あう屋台、大声で語り合う酔客、眩しいほどの照明の元作業を敢行する幹線道路、既に渋滞し喧噪の巨大な青果市場などなど、眠らず躍動する都市の息づかいが感じられ、一瞬たりとも目が離せられず新たな発見の連続となり、乗って10分もすれば高揚感あふれバイクの移動も苦ではなかった。
 
04:55 ソンホン川
 やがてハノイ市を流れる川幅約1キロのソンホン川に差し掛かる。
 遥か遠くの中国雲南省から脈々と流れる大河の壮大さに度肝を抜かれ、大河と立ち並ぶ高層ビルの夜景が見事なコントラストを描き大河と共に暮ら人々の逞しさを顧みた。
 
 ソンホン川にかかる大橋を渡ると農村地域へと風景はがらり変わり、たぶんこれ以上バイクは走行できないのであろう、四車線の道路からいきなり外れ片側通行の下道をひた走る。
 下道も程よく整備され対向車も少なく、市内を走るより快適だ。

 この辺りでようやく半分を過ぎ、前方はるか遠くで薄明の中を着陸のため速度を落とす機影も確認でき、空港が着実に近づいていることが伺え安堵した。
 走って二十分、この辺りから振り落とされまいと両足で踏ん張り同じ姿勢を続けたため内股辺りから筋肉痛になり始め、それからは終始痛みを堪えながらの移動となった。
 
 地元ハノイの方からおススメの人気フォーに落胆、たっぷり具が詰まりバケットをプレスした食べやすいバインミーに納得せず、飲みたかった専用ドリッパーカフェフィンをガラスコップの上に乗せ、グラスの底のコンデンスミルクと静かにゆっくりと混ぜ合う瞬間を楽しむベトナムコーヒーはどこにも見つからず、この旅に期待していたことはことごとく出会えず多少気落ちしていた。

 今から約29年前1994年に初めて訪れたベトナム、街の至る所で散見できた年老いたおばあさんが屋台の手押し車を引き、固いバケットにとその場でかつお節削り器で器用にハムとチーズをスライス、たっぷりの野菜とピクルスを挟み込んだずっしりと重く食べにくいバインミーは、地元の方で賑やかなドンスアン市場その周辺を探しても見つからなかった。
 
 幼い子供から年老いたおばあさんまで、必死になって働いた時代とは確かに違う。
 これが29年の隔たりであり、この国が確実に発展しより豊かにより平和になっていることを表している。
 いま目の当たりにするこの姿こそ29年前に皆が夢見た理想の社会、働けば働くほど豊かになり安心して平和に暮らせる社会といえる。
 
 若者に人気スポットであるハノイ大聖堂には朝から地元の若の者が押し寄せ周辺のカフェに陣取り、特には若い女の子たちが大聖堂や付近の壁の落書きを背にポーズを決め友達同士で画像に納まる光景を至る所で目にした。

 日本同様ある程度の豊かさを享受すれば人々は目的を失ってしまうのはベトナムも同じなのか、どれだけ笑顔を作っても、どれだけ輝いて見える自分をスマホに納めても、見えない将来に対する不安は隠しきれないのではないか。

 ベトナムの若者も今をどれだけ楽しむか、輝いている今の自分を記録するか、現実とは程遠い自分を仮想化することで将来の不安を消し去ろうとするのは日本の若者と同様に重なって映る。
 
 その国の未来など当然知る由もなく、ましてや時たま訪れるいち外国人が憂うことでもない。
 でも、どこでもスマホをかざしその瞬間を記録する若者たちの表情は意図する程まぶしく輝いては映らず、苦しいこと辛いことを先延ばしにして何かを忘れようと今だけを楽しむ空虚な自分を記録している気がしてならない。
 
05:25 ノイバイ国際空港
 そのまま速度を落とすことなく目的の空港ビルが見え始め、先ほど外れた片側四車線と合流しようやく目的であるノイバイ国際空港に着いた。
 心配していた雨も幸いに大降りにならず、冠水した道路を通ることもなく、ましてやカーブで振り落とされることもなく目的地に無事到着、これほどまでに手に汗握る移動も久しぶりだ。
 日頃からバイクを通勤の足として乗り慣れているから許容できるが、安全にかつ確実に空港着きたい場合はお勧めしない。
 
 旧市街からノイバイ国際空港までこれほどまでに遠かったかとつくづく感じると同時に、小一時間バイクにまたがり内股の筋肉痛も充実した時間を過ごせたことで心地よい疲労と変わり、しばらくはがに股歩きを余儀なくされるけどその程度たいしたことではない。
 
 ただ観光地を訪れる確認の旅はしたくない。
 なんとなく気分が晴れなかったこの旅で、ベトナムの風を受けハノイの街を疾走、たった一時間の移動だが全てことが凝縮され社会の一端を顧みることもでき、達成感と無類の爽快感が同時に押し寄せこの旅最大の収穫でもあり感無量である。

 ベトナム離日最後になり、彼のように泥臭くかつしたたかに必死になって生きるベトナムの若者や眠らず発展し続ける都市のエネルギーを感じられたことが何より嬉しく、この国の明るい未来を予感でき訪れて本当によかった。
 
 空港ビル前の広大な駐車場にて、いつの間にか雨も上がり、厚い雲からわずかに陽が差し上りゆく太陽にひとり目を細める。

いいなと思ったら応援しよう!

はなじゃ
旅は続きます・・・