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新しい生活

朝、息子を保育園に送り届けた後、ソファに寝そべって、窓いっぱいに広がるうろこ雲を眺めていた。
体を起こし、スマホでさらに空を切り取って、1階の仕事部屋にいる夫に送る。
また寝転んで窓を見ていると、とん、とん、と階段を上ってくる夫の足音がした。
そういえば、夫の足音はいつも優しい。
「これすごいね・・・わー、ちょっと気持ち悪いくらいだ」
寝っ転がる私のもとにたどり着き、体を曲げて、同じ窓をのぞく夫。
「すげー」
「ねー!でも、なんか子どもの頃見た景色みたいだよね」
まあ子どもの頃は一緒にいなかったけどね、と思いつつ、互いに顔を見るでもなく、同じ景色を眺めながら話す。

夫「じゃあ、そろそろ(仕事)行こっかな」
私「行ってらっしゃい」
夫「○っぴんしゃんも、ゆっくり過ごしててね」

え、ゆっくりしていいの??

あれ、何これ。なんか、今、幸せかも。

最近、こんな時間が増えている。


今日は一日、仕事はしないことにした。
私にはやっぱり、ぼーっとする時間がとても大事なんだな、とあらためて思う。
この完全オフになれる時間がどこかで確保できていたから、やるとなった時は、いつも反動で(?)集中できたし、15連勤だろうが、徹夜続きだろうが、大変なことやいやなことがあっても、心を乱されすぎずに乗り越えられられていたのかもしれない。
ただ私の場合、どんなに気心が知れた相手でも、近くに人がいると、心からぼーっとはできない。
しいていえば、ぼーっとした相手といる方が、少しだけ、ぼーっとできるかな。
心ここにあらず、みたいな、気ままな人に惹かれる理由は、それもあるのかも。
全力系赤ちゃんを一人で見ていた時は、ぼーっとできる時なんてなかったんだから、それは病むわけですよね。

最近、ぼーっとできる時間が増えたのは、環境の変化によるものが大きい。
8月末に、今の家に引っ越してきた。
20代の終わり、付き合いたての頃は、互いに地方から上京して間もない我々だった。ほぼバンドマンあがりの夫と、とにかく何かをつくる仕事がしたくて飛び込んだデザイン会社で雑用に近いことばかりしているように見えていただろう私。周りから見れば、あまりにも無鉄砲で親からもほぼ見放されていた私たちが、なんと10数年後、東京で一軒家を建てたのだ。
東京といっても23区ではないし、家は建てたからといって、このご時世、どこまで維持していけるかも分からない。でも、まずこういう暮らしを選ぶこと自体、当時思いもよらないものだったので(何ならこの先が見えない時代に東京で家建てる人ってバカじゃない?くらいに思っていたので)ほんと人生って面白いなと思う。

金銭面のやりくりはもちろん、家づくりの打ち合わせや引っ越しの準備は本当に大変だった。
けど、終盤にかけて、わかりやすく光が見えてきて、心が穏やかになっていくのが、とても良かった。

引っ越しのための整理をしていたある日、夫が突然、「ここまで俺を更生させてくれてありがとう」と言ってきた。
更生って!急になんだそれ、と笑ったが、書類を整理していたら、出会った頃の写真やメモ、手紙、様々な請求の督促状が出てきて、しみじみと振り返り、反省、感動したらしい。
「よく俺と結婚してくれたね」と言う彼に「たしかにね」とまた笑ってしまった。
出会った頃の夫は、周りから見るといろいろ不安な男だった。髪もちょっとアシンメトリーだったし(偏見)、年金関係は滞納しまくり、本当に欲しいものがあれば高額でも買ってしまう。自分一人で生きていくなら、それでいいと思っていたところもあったらしい。
その辺だけを見ると、20代後半に出会って、普通なら交際相手に選ぶような男ではなかったのかもしれない。
でもとてもまっすぐで、周りに媚びず流されず、仕事の仕方も、センスも、地頭がいいのも分かっていたので、これからが楽しみだったし、まあ細かいところは、ここから一緒にがんばっていければいいな、という感じだったと思う。
何より、私は“誰かに幸せにしてもらおう”という考えがそもそもない、というか苦手なので(もし何があっても、お金は自分が稼げばいいし、くらいに思っていた)一緒にいて楽しいし、彼も私といてそんなに幸せに思ってもらえるなら、いようじゃないの!という心持ちだった。
「私が更生させた」とはもちろん思っていない。けど、今、夫が夫自身のことを好きになれているなら、あの時信じてあげられて良かったな、と思って、少し嬉しくなった。本気で頑張ろうとしているのに、信じてほしい人に信じてもらえないと、人はどんどん心を閉ざしたり、拗ねてよくない行動を選んでしまうと思う。きっと私もそうだから。

夫はその後、時間をかけて、当時の借金を全部返した。(当たり前か?)
嘘がつけない分、人とぶつかったり誤解されやすかったりもするけれど(それでもだいぶ減った!)、私から見ても実直な美しい仕事で信頼を築き、同じように信頼できる良い味方をどんどん増やしている。

夫がずっとやりたかったことで、大きな仕事をつかんだ時、「すごい!頑張ったね!」と言ったら「俺だけじゃない、これは家族みんなでとった金メダルです!」と言ってくれた。

いや、でもほんとだよ。。ここ数年は、私自身身動きも取れない時期もあって、特にめちゃくちゃ大変だったよ。でも、おかげであなたとじゃないと見ることもできなかった景色を見せてもらってる。おもしろい人生をありがとう。
ありがとうなんて言ってくれて、ありがとう。

今のところは、こんな感じ。

新しい家では、ブラインドの隙間から差す陽の光と鳥のさえずりで、うそみたいに自然と目が覚める。
真っ暗な中、布団にくるまって泣いていたあの夜は、前の家に置いてきたんだ。

家族みんな、なんだかおおらかで、明るくなった。家の中にいても、ずっと心地よい風がふいている感じ。

環境を変えるって、大事なんだな。
日々、すごく実感している。

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