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それでは息がつまるので

自分のことを守るためには、「他人を適切に嫌いになる作法」が必要になると思う。
「その人に付属するものまで嫌いにならないこと」。「これだから女は」とか、「これだから〇〇人は」とか。ある人が嫌いだからといって、その人と同じ属性のつく人を嫌いになる必要はない。


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他人を適切に嫌いになる作法

私は大学2年生のときの免許合宿を思い出した。

ある授業で意気投合した友人と2人で香川県にある自動車教習所の宿舎に2週間ほど滞在した。
近くに温泉があるという条件で選び、私たちは毎日教習後に入りに行き、時間ギリギリまで語り尽くした。

そんなときに友人から言われて驚いた言葉がある。

「人を嫌いになってもいいんだよ」。

どんな話の流れでその言葉が出たかは忘れてしまった。
でもいつもあったかく励ましてくれる彼女の言葉とは到底思えない一言で、一瞬固まってしまったが、そこからは湧き出る温泉のように、それまで嫌だなと思ってきたけれど口に出してこなかったことが自分の口から次々に出てきて、同時に涙も一緒に流れてきた。
2人で温泉に浸かりながら泣きながら話した。泣き顔を見られるのは小っ恥ずかしくて、二人で正面のお湯が出てくるところを見ながら話した。
そして、最後にコーヒー牛乳で乾杯をした。

全ての人に好かれたかった、否定されたくなかった。
だから、誰のことも嫌うことなんてできなかった。
でもそれが自分を縛り苦しめていたことにようやく気づいた。
全員に好かれるなんてありえないし、逆に全員を好きでいることも難しい。

別に嫌いな人がいたっていいんだ。人を嫌いになっても大丈夫。
ちょっと生きやすくなった、私の忘れられない日。

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