東北みやぎ復興マラソン 仙台へ
東北みやぎ復興マラソンに出場を決めたのは
秋のベストシーズンに1本
質の良いマラソンをやりたいなあ。
というボジョレーヌーボーを待つ
ワイン愛好家みたいな気分になったからだ。
渋みと酸味と甘みが絶妙なバランスとなるように
スピードとスタミナとコンディションが
熟成する11月あたりに狙いを定めた。
ちょうど北海道ではマラソンシーズンが
終了するこの時期、津軽海峡を渡ると
東北のさまざまな場所で大会が開かれている。
盛岡シティマラソン、
天童ラ・フランスマラソン、
東北みやぎ復興マラソン。
それぞれの大会に、ランニング教室の仲間も
出場するが、決め手はフルがあること。
そして妻から「仙台なら行ってもいいかな」と
久々に妻に応援してもらえることに
左クリックする右手も弾んだ。
そして今、函館から仙台へ向かう横並び3列の
北海道新幹線はやぶさに乗っている。
右隣には・・・遠征用バックと
五稜郭駅前のスターバックスで買った
紙袋が置いてある。
妻は来なかった。
正月に子供たちと韓国旅行へ行く。
少しでもそちらに旅費をまわしたい。
というのが理由だ。
「自己ベスト目指せ。」
というラインが先ほど
ずんだ餅の名店のマップと
ともに送られてきた。
同じ車両には、このマラソンを勧めてくれた
昭和ごとう内科の後藤先生や
30k走を一緒に行った加藤さん
同じ地域で陸上部の顧問をしている
渡会先生が乗っていた。
「あれ?」
などと偶然を装っているが
数日前の競技場で渡会先生にお会いした時、
みんながこの新幹線に乗る事を耳に入れた。
寂しさを埋めるために
この便に変更させてもらった。
実は、妻が来れないと分かってから
新幹線以外にもホテルや
食事をする場所なども
すべてソロ仕様にプラン変更をした。
ホテルも駅近のホテルから
郊外のホテルのシングルが
安かったのでそちらに変更した。
13時40分定刻通り、はやぶさ22号は
仙台駅のプラットホームに滑り込んだ。
仙台は雨だった。
なんの人だかりか
雨で外に出れないからか
駅の中は、ものすごい人でごったがえしていた。
まさかマラソンに出る人ばかりではないと思うが、
ジャージ姿に遠征鞄という
いで立ちの人にもすれ違う。
後藤先生や、加藤さん、渡会先生は
ホテルを駅近くにとっていたので
「待ち合わせ場所だけ決めて一旦別れましょう。」
と夕食の時間に仙台駅に集まることにした。
しかし、世の中の常として
いったん別れましょうなどと言う
あやふやな誓いは、
ほんの少し亀裂で
あっという間に破綻に変わる事を
生きることの下手な私は
まったく分かっていなかった。
昼ご飯を食べていなかったので
まずは「ずんだ茶寮」でずんだ餅を食べよう
と思っていたが長蛇の列。
駅の中にある牛タン通りの多くの牛タン店も
長蛇の列で入れそうにない。
いつも旅では妻がすべて手配し
下調べし食事する店を予約し
次に何をするか決めてくれていた。
1人ならばどこでも入れると
思っていたが甘かった。
しょうがないので、一度ホテルに荷物をおいてから、
仙台駅に戻るまでに
軽く何か食べようとおもった。
ホテルへの行き方については
当然のように下調べなどしていない。
今はスマホでそのホテルの名前を
打ち込むだけで、グーグルマップが一番近い経路を
示してくれるからだ。
駅からホテルまで45分。
ちょっと遠いが、待ち合わせの5時には
十分間に合うだろう。
この旅行に来るにあたって
私は交通系IC「Suica」と
電子マネー「PayPay」を
導入していた。
地下鉄の乗り降りも、バスの乗り降りも
なんとスムーズなことか。
世の中は、いつの間にこんなにも
便利になったのか。
券売機に並ばなくていいという事が
こんなに楽だとは知らなかった。
マニュアル車からオートマ車に
初めて乗った時ぐらいの驚きがあった。
地下鉄とバスを乗り継いで
ホテルに一番近いであろう
バス停に降り立った。
停まるバス停も一つ一つ
グーグルマップは示してくれるので
降りるバス停の3つ前ぐらいから
レインコートを取りだし素早く身に着けた。
用意周到を絵にかいたような男が
バスに揺られている。
妻よ。昼飯こそ食べ損ねたが
ちゃんと俺一人でもできるんだぞ。
と言いたかった。
バスを降り、スマホが示す
ホテルまでの経路を歩く。
「到着しました」の知らせが
スマホからバイブの振動と共に届いた。
あたりを見回す。フロントをどこだ?
所せましと並ぶ家電製品。
せわしなく行きかうのは
ホテルマンではなく
家電コンシェルジュ。
「あれ?」
現実を受け入れたくなくて
トイレに飛び込む。
手洗い場の大きな鏡に写った
中年の顔は青ざめて
一気に老けたように見えた。
もう一度スマホを見てみると
マップの上のホテル名の上に
ケーズ電気の文字がある。
どうなっている。妻にラインしてみる。
「だからちゃんと下調べしろって言うた」
「はい」
ケーズ電気の前で今更ながら下調べ。
メールで来た予約表に記載された
住所を打ち込んでみると
全く違う場所に同じホテルの名前が。
「移転した?なんで?」
誰に聞いているわけではない。
機械に頼り切った自分を恨むしかない。
情報化社会の荒波は嵐となって
今、難破しかかっている。
大丈夫だ。まだ時間はある。
もう一度バス乗り場の起点である
地下鉄泉中央駅に立ち戻る。
スマホにもう一度正しいホテルの
住所を打ち直し検索をかける。
7番乗り場からバスが出ていると
スマホは教えてくれる。
「降車専用?なんで?」
誰に聞いているわけではない。
もしかしするとハリーポッターの世界に
紛れ込んだのか?
しかしあたりを見回しても
壁の中に吸い込まれている人もいない。
ちょうどやってきたバスから
すべての人が降りたのを
見計らって運転手さんに
「20系統はどこから出ますか」
と聞いてみる。
「20系統?」
まるで、とんちんかんな差し手を指す素人に
プロの棋士があきれるような感じで
「ここからは出てないよ。駅の反対側。」
反対側?
グーグルマップにとっては
『そんなもん衛星からみたら
駅の正面も反対も同じやろ』
という事なのだろう。
晴れていればなんてことはない。
身軽であればなんてことはない。
明日マラソンでなければなんてことはない。
でも今の私には
もう駅の反対側に行くだけでも
心が折れかかっていた。
この時15時30分。
後藤さんにラインを打つ。
「今日はホテルの近くで食事します」
ホテルについたのは16時50分。
新幹線を降りたのが13時40分だから
3時間以上ホテルを探し
仙台の街を右往左往していたことになる。
3時間も仙台の街を
駆けずり回ったのに
見ていたのはスマホの画面と
レインコートのフードの端くれだけである。