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閾値の崖

このところ鳴り続けるスヌーズに
億劫な気持ちを抑え込んで4日早朝
スピード練習を入れる決意をする。

トレーニングの基本はジョッグだが
身体を次のステージに覚醒させる為に
ハードワークやれよ!と知らせるアラームを
週2回程度セットしている。

気持ちが億劫になったり
外のコンディションの悪さなどで
アラームを1日、2日と無視すると、
一方で、このままでいいのか?
良いはずあるまいとスヌーズがかかる。

自らに課しているのはスヌーズまでは
なるべく無視しない事。

今日は、できる事なら
タイムトライアルをやりたいが
北海道の冬にタイムトライアルをしても
がっかりするだけで、あまり意味がない。

雪上、防寒の為の重装備、降りしきる風雪。
タイムなんて出るわけないのだ。

だから、走る距離だけ決めて
タイムはその状況の中で判断し
できるだけ今出せるスピードを維持して
走り切るトレーニングになる。

調べてみるとこのようなトレーニングは
ダニエルズランニングフォーミュラや
リディアードも提唱していて、
閾値走トレーニングというらしい。

ランナーのバイブル

閾値(しきいち、いきち)とは
疲労物質である乳酸が発生して
これ以上は酸素がうまく体に回らず
急激にストライド、ピッチ共に
落ちてくるラインだ。

このラインに到達するまでは、
リズムよく進んでいくが
ラインに近づくにつれテンポがいきづまり
ラインを超えたとたん、
体の中はてんやわんやになる。
まるで欽ちゃんの仮装大賞の合格ラインみたいだ。

走るという行為は、体の中で疲労物質を
絶えず自転車操業で処理していく行為でもある。

疲労物質が体内に居座れる量は、
その人の能力や、トレーニングの量によって
決まっておりその量を越えれば、
すぐにでもお家へ帰りたくなる。

負荷の高いトレー二ングだが
このトレーニングを繰り返すと
どんどん閾値のラインは上がっていくそうだ。

しかし、やり切らなければ
いくら欽ちゃんに媚びを売ったって
このラインは上がらない。

理想は、この閾値付近でペースを出し入れして
大きく閾値を上回らないようにしながら
(急激にペースダウンしないようにしながら)
かつ閾値を恐れず、なるべく近づいていくこと。

言ってしまえば
昨日までの自分と、本日の自分との
『閾値の崖』に向かってのチキンレースだ。

家からウォーミングアップジョッグ。
湯の川温泉街の街灯の下からスタート。
メニューは3kを閾値付近で走り切る。

見上げると、舞い落ちる雪を街灯が淡く照らしている。

夏のキャンプ場の街灯ではない

走り出した途端、街灯の周りに漂っていた雪は
命を宿したかの如く、顔をめがけて向ってくる。
こんちくしょうう。

出だしの1kは、さてさてどれくらいで通過するのか。
3分51秒。そんなものなのか。
体感より15秒は遅い。

降りしきる雪のせいで、
足で地面を強く蹴りだす瞬間に滑る。
力の3割分は空回りしている気がする。
何たる非効率。

非効率なだけではない。
空回りさせまいと余計に力が入り
乳酸がウワッと湧き出るのがわかる。
あっという間に閾値の崖が見えてきた。

本日の閾値の崖は3分55秒だ。

私が大事にしていることは、
閾値の崖から落っこちないことである。
主人公が崖から落ちてしまっては、
そこで物語は終わってしまう。

でも主人公にピンチはつきもの。
1kから2kを3分57秒。(トータル7分48秒)
絶体絶命。――万事休す!

しかし主人公ならば
ここで崖から落ちたとしても、
崖からのびた木を掴んだり、
ベルトに仕込んだワイヤーを発射して
シブトク崖の上に這い上がらなければなならない。

これを粘りという。コーチや監督は、
とにかく遅れそうになったら
「粘れーーー」という。

そうなのだ。あの檄こそが
崖の上に辛うじて踏みとどまった
ヒロインが差し伸べた手なのである。

かたじけない

ここで簡単に
「俺のことはいい。お前だけは生き残れ。」
などと男気みせて手を早々に離してはいけない。

地面を強く蹴りだすと足が滑るので
雪面を踏みしめるイメージに変えてみる。

一瞬は、乳酸がほどけるのだが
今度は接地時間が長くなり
足に力を入れる時間が増えて
別のドアから乳酸がなだれ込んでくる。

蹴りだしたり、踏み込んだり
荒い呼吸の中でいろいろと変えながら、
ヒロインの手にすがる。

我武者羅にになって這い上がってこそ
本当のヒーローである。
かっこつけないことがかっこいい。

長距離トレーニングにおいて
スマート、ドライ、クールは危険な言葉である。

男は(女も)黙って
泥臭く、我武者羅に、前後不覚の
閾値の崖の淵を走るのである。

2kから3k、3分49秒(トータル11分37秒)
ついに閾値の崖から生還した。

崖の上で、ヒロインと抱擁する。

イメージはシャーリーズセロン

東の空が明るみかけ、オレンジ色の朝日が
二人を祝福するように照らしだした。
(一人は仮想)

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