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ロフトと、私と、ときどき洗濯物。子どもの頃の憧れを形にしてみる

 子どもの頃、物語に登場する屋根裏部屋に憧れた。主人公たちが冒険の計画を立てたり、宝物を隠したりする、秘密基地のような空間。大人になってからも、忘れられずにいた。

 そんな私の部屋には、小さなロフトが付いている。物語の中の屋根裏部屋とは程遠いが、不思議な魅力がある。大人が立てないほどの高さで、広さは3畳ほど。四角い小窓からは街並みを見渡すことができた。

 あまりに窓が小さいものだから、外から見られる心配がない。ここなら、誰にも邪魔されず、好きなだけ物思いにふけることができる。

 ただ、寝室として設計されたはずなのに、昇り口は狭く、マットレスや布団を運び込むのは難しい。結局、洗濯物を干すだけの、なんとも情けない空間になっていた。

 中途半端な空間。でも、その半端さに、どこかいとおしさも感じていたある日、階下からロフトを見上げていると、尊敬する先輩の言葉がよみがえってきた。

「自宅で仕事をするなら、環境が大事だよ」

 先輩は、知っていたのだろう。仕事をする場所が、人の心を変えてしまうことを。

 しばらくの間、窓のないウォークインクローゼットを仕事場にしていた。なんだか息苦しかった。光も、風も、季節も感じられない場所で、心は徐々にくもっていった。 

 ロフトは違う。 小さな窓から差し込む光が、ゆっくりと時を刻んでいる。風を取り込むこともできる。

 そうだ。この空間を、気分転換したい時の仕事場として使えないだろうか。確かに狭いけれど、いすに座ると、天井まで余裕があった。

 考えあぐねていたとき、ホームセンターのコメリで小さな折りたたみテーブルを見つけた。高さを三段階に調節でき、重さは3キロに満たない。華奢(きゃしゃ)な見た目が気になったが、安かった。3000円しないのだ。

 すぐには買わなかった。今の自分に本当に必要だろうか。衝動買いじゃないのか。天使と悪魔が交互にささやく日々が続いた。

 ネットのレビューを読み返し、他のテーブルと比べ、しまいには「ロフトに合わなくても、車に乗せて使えばいいか」と、なんとも消極的な理由で、ようやく購入を決めた。2カ月かかった。

 持て余していた場所は、仕事場としても使える空間へ様変りした。14インチのノートPCとトラックボールが、ほぼ収まる大きさの天板は、たわみがやや気になるものの、通常使う分には問題なさそうだ。

 作業の合間に窓から覗く景色は新鮮だ。少し高い位置から見下ろす日常の風景が、いつもと違って見える。…はずだったが、振り返ると、そこには生活感あふれる洗濯物たちが、堂々と居座っている。

 ここは天空のオフィスではなく、ただの物干し場だった。たちまち現実に引き戻されてしまう。でも、それも悪くない。生活があるからこそ、夢を見ることができる。

 子どもの頃の夢は、違う形で、ひとまず実を結んだ。小さなテーブルに向かい、キーボードに指を置く。一歩ずつ、言葉をつむいでいこう。その先にある景色は、窓から見える空よりもきっと広いはずだ。

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はなふさふみ
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