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昼間の心療内科

普段は会社を終えてから夜に行くので、昼間の心療内科を初めて見た。小さなお子さんを抱っこしたお母さんと、多分長く働けていないんだろうなという風貌の男の人、それから、診療室から聞こえる女の泣き叫ぶ声が印象的だった。 普段私が見ていたよりずっと、辛そうな人で待合室は溢れていた。否、きちんとスーツを着て大人しく座っていたって、その人が自殺寸前かもしれないわけだから、あまり見た目で判断するのは良くないのだけれど。 泣き叫んでいた女は、もう通院はしたくないと言っていた。誰もが「こんな場

    • 1週間休職

      会社に行けなくなるのがこんなにも突然だとは思いませんでした。昨日今日とお休みし、今週は全部休むことになりました。やることがたくさんある週だったのになんて無責任な奴だと自分にがっかりするけれど、がっかりしたとて体が動くでもなく。ベッドでただ天井を見ています。 ずっと息苦しい感じがするのはどうしてなのか。メンタルなのか、本当に何か体の不調なのか、私には判断がつきません。分かるのはすごく疲れたということくらい。みんな同じくらい働いているのに、私だけ根を上げるなんてしょうもないです

      • クソ上司しね

        オブラートに包む気力もない時だってある。何度も何度もつまらないイジり方をされたり、必死で取り組んだ仕事を馬鹿にされたり、根も葉もない噂を立てられたり。本人はお笑い芸人でも気取っているのだろうが、全然面白くない。殺意しか湧かない。法が許せば真っ先に鉛玉ぶち込んでやるのに。 人を傷つけるのも苛立たせるのも、いつだって無神経な奴だ。無神経だから何をされたって本人は傷つかない。否、そんな奴と同じ土俵になんて誰も立ちたくないから、ひどいことをされる機会がない。くそ。不公平だ。自分が神

        • なんでもない相手と酒を飲むのも良いもんだ。

          普段私はかなり仲の良い人間としか酒を飲まない。 否、仕事の付き合いで仕方なく同席することはあるのだが、プライベートでは相当親しい相手としか酒を飲みには行かない。 昨日、大学ぶりの友達と池袋で焼き鳥を食べた。 きっかけは、とある大学時代の友人にかなり前から誘われていたのを、鬱真っ只中だったため断り続けたツケだ。仲の良い友人のそのまた友人(一応知り合いではある)まで参加し、正直気は重かった。 集合してみると、案の定最初は全然話が弾まない。なんとなく今の仕事について聞いてみたり、

          みんなみたいに頑張れない

          もはや池袋駅を誰にもぶつからず歩くことさえできない。 ひとにあうのが、話すのが仕事なくせに、相手の言葉が何一つ頭にはいってこない。 同期がクソ忙しい仕事の合間を縫って資格を取ったらしい。 わたしは肥えただけ。くそ。馬鹿みたい。 早く死にたい。自殺チャレンジ2回目。抗うつ剤なんてなんの意味もない。 睡眠薬の量が増えた。でも、夜何度も目が覚めて、へんてこな夢を見る。いっそ目覚めなければいいのに、アラームが鳴る前に起きてしまう僕たちは臆病者だ。正直ものだ。結局、何にもなれない。星に

          みんなみたいに頑張れない

          嘔吐癖ついたの巻

          ようやく合う薬に出会え、前より死にたいと思う回数は減りました。ただ、少し元気になってしまった分誰かに会いたいとか、何かを食べたいとか、そういう生きるか死ぬかじゃない欲求が爆発していて最悪です。散財もやばくて、この前3万円分通販で服を買ってしまいました。YouTuberでもないのに、爆買いしてバカみたいだ。 一番良くないのが、薬の副作用?の吐き気で毎度吐いていたら、薬が変わって気持ち悪くならなくなっても、寝る前に胃に何か入っている感じが嫌でトイレで吐くようになってしまったこと

          嘔吐癖ついたの巻

          意図して猫撫で声を発する心優しい僕たちに

          本当は声色なんてなんだっていいのだ。よほど聞こえにくいかうるさいかしない限りは、何のルールもない。判定もかなり人に左右される。特にお客様相手ではなく社内会議での声色なんて、その日スカートを履くかズボンを履くかみたいなもんだ。ほんの少しだけ自分と周囲に与える影響は変わるけれど、どちらでなければならないというものじゃない。 司会進行をするとき、電話をとるお母さんとよく似た声で話してしまう。誰かの発言をとりまとめていくときも然り。たまに、相手を園児か何かだと思っているかのような、

          意図して猫撫で声を発する心優しい僕たちに

          何のために生きてるのだろう

          楽しかったはずの遊びが全部つまらなく感じるのはどうしてか。食べ物も、飲み物も、心躍らせてはくれない。ぼんやりとした不安ばかりに埋め尽くされている。いっそ、宇宙の彼方にでも飛ばされて星の一つになってしまえば、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。誰かといられる環境で、誰とも寄り添えないことが悲しい。今、となりで何も言わず座ってくれる人がいたらどんなに幸福か。きっと私にはそんな相手訪れない。だって、そういうチャンスを踏み潰して1人を選んだのは私なのだから。 バーにでも行こう

          何のために生きてるのだろう

          みんな絶妙なバランスでぎりぎり普通を装っているだけ

          月曜日、会社を休んでしまうのはきっとサボりで、言い訳をする気も起きない。みんな休みたいと思いつつきちんとベッドを出る。朝食を食べる。服を着替え、化粧をして、髪を整えて、仕上げに香水でもふりかけて。私だってそれが十分に叶う時間に目は覚めたけれど、今日誰かと会うことがとても考えられなかった。たとえ明日朝6時から夜22時まで職場に缶詰にされることになったって、今日は誰にも会いたくない。世界が滅亡したと思い込んで、薄暗くて、たまに天井に車の走るのの太陽光が反射した筋が踊るのを眺めてい

          みんな絶妙なバランスでぎりぎり普通を装っているだけ

          抗うつ剤はじめました

          初めて訪れた心療内科は人でごった返していてまるで市役所みたいだと思った。受付のお兄さんの声がとても優しいのも、所沢に越してきた大学一年生の春を思い出させた。はじめて一人暮らしをする私に、あの日何十何百の、はじめての一人暮らしを迎え入れたお兄さんは、あたたかい笑顔を向けてくれた。疲れていそうなものだが、おくびにも出さず。当時はその偉大さがとてもわからなかったけれど、今ならわかる。ずっと心を水平に保つのは難しい。相手に疲れを悟られないのも、やはり案外難しい。 心療内科の先生と、メ

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          努力を認めて欲しがったっていいじゃないか

          と、思う。切に思う。 別に私が特別努力しているという話じゃなくて、世の中の誰もが努力して、努力して、努力して努力して努力して、社会を回し、家庭を守り、なんとか生きているはずなのに、あまりにも努力を伝えることに不寛容じゃないかと思うわけだ。 例えば、私がアイドルだったとして。何年もの下積みの末華々しくデビューしたら、きっと私の努力はたくさんの人に認められ、賞賛されると思う。 役者だったとして、カメレオン俳優として自我を殺し、ただただ役のために魂を削ってきたと、そしてようやく自

          努力を認めて欲しがったっていいじゃないか

          全てはチワワが如く

          「おかるさんはハッキリ物事が言えていいね」 と何度言われたか分からない。 それは純粋な賞賛だけでなく、嫌味も含め。むしろ後者の方が多いのではないだろうか。 とはいえ、私からしてみれば言いたいことの一割も口に出していないのだ。もし十割出せたのならば、そんなことを言ってくるクズ野郎に「そうですね。あなたと違って反射神経も行動力もあるので」と言えただろうに。 否、私はもしかしたら平均より自分の意見を口にできるタイプかもしれない。役職の上の人間にビビる事もないし、客だからとて神様だ

          全てはチワワが如く

          真面目だから死ねない

          とびきり切れ味のいい包丁を買ったって、 眠るように死ねる薬や 銃が手に入ったって、 きっと私は「あの仕事を片付けないと迷惑がかかる」なんて言って死ねないのだと思う。 労働なんて全部代替え可能だし迷惑はかかるとも誰かが死ぬでもなしに、自分の中で一番強い感情を押し殺してしまうのだから、もはや真面目さと言うのは足枷以外の何者でもない。 死にたいのに死ねない だから明日に残らないギリギリまでの飲酒をするか、確実に1時間足らずで泥酔し吐ける量の酒を流し込むかをして、擬似的に世界とさ

          真面目だから死ねない

          彼らにとっては女でしかない

          ※田舎に住む男性を一括りにしたような発言が並びますが、あくまで私の主観であり、被害を受けての苛立ちも多分にこもってしまっています。 職業柄地方に行き土地の方と話す機会が多い。 東京はある種他人に興味を持たない風潮があるため、私が夜一人で歩いていようが誰も気に留めないが、田舎は違う。若者が少ないからかもしれないし、それが当たり前だからかもしれない。 田舎に行くと必ず絡まれる。年齢問わず、ありとあらゆる世代の男性諸君に声をかけられる。 思えば、田舎のタクシーで敬語を使われたこ

          彼らにとっては女でしかない

          昨日、そしてこれから

          気付けば2022年は終わり、正月も終わり。 未だ2021と打ち間違えては消してを繰り返す私が2023とすんなり書けるはずもなく、誤植を出さないかヒヤヒヤする毎日が再開している。 昨年は何かと悩んだ年だった。否、私はずっと何かしらに悩み続けているけれど、昨年は特に自分の将来について仕事や恋愛、夢など、ありとあらゆる面でこれでもかというほど悩んだ。 とはいえ年は変わった。 今年に入り、まだ6日しか経っていないのが理由かもしれないが、全てが綺麗さっぱりどうでも良くなった。自暴自棄

          昨日、そしてこれから

          誰も私に期待していない世界で、唯一私だけが私に期待しているので、私の期待に応えるために私は頑張ろうとするが、頑張り方を知らなければ、度胸も根性も何もかもを持ち合わせておらず、ただ私の無能さに絶望した私だけが傷つく。酷く滑稽な日々。けれど、案外誰もが同じ理由で、夜に泣いているのだろうか。