近況まとめ、独り言 【燕】
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「急に何の話をしているんだろう」と思われているだろう。
わからなくていい、わかる人だけがわかればいい。
心のどこかで納得できていない気持ちはあるけど、そもそも俺達があなたを警戒して表に出ていないことが問題なのだと、頭では理解している。
何が納得できていないのかと言えば、俺の場合は単純に浩をあなたに取られたと思った事と、それに反してあなたは浩を見ていないであろうということ。
浩も、ずっと男を相手取るときの態度から抜けていない。
自分を見てもらえていないから、素を出したら駄目なんじゃないかと思っているんじゃないのか。
この二人のすれ違いが、見ていてもやもやする。
素を出したら出したで、あなたはきっと受け入れるんだろう。
病態について理解が及ばないから踏み込めないのだろうし、そもそもこちらが歩み寄っていないから、同じ分しか踏み込めないのだろう。
ちゃんと筋道を立てて考えれば、こちらが悪いとわかる。
あなたはもう既に最大限、こちらの不条理を受け入れてくれているのだから。
一度ちゃんと、『花房』としてではなく、俺自身として話しに行かないといけないと思う。
でないと、いつまでも相手の中に問題を見出そうとしてしまうから。
文句は自分が出来ることをしてからだ。
文句の理由も解決策も、全部自分の中にある。
相手の中にはない。
本名を呼ばれても悲しさと罪悪感しか生まれないこと。
浩しかまともにあなたと会っていないこと。
ちゃんと伝えないといけない。
自分で歩み寄らないといけない。
浩の態度については、浩に委ねる。
俺は俺の出来ることをするだけ。
*母
この身体の母親の事はよく知らない。
目が覚めた時、俺は実家に住んでいなかった。
俺が生まれた当時、悠裡は月イチくらいのペースで実家に帰っていて、それは悠裡自身が実家に住んでいた学生時代、祖母の家と実家を往復していたペースと同じだった。
どこかで、生活のペースを生まれた当時に寄せたかった気持ちもあったんじゃないか、と思う。
悠裡はもう消えちゃったから、聞けないけど。
でも、俺はあなたに育てられたから、なんとなくわかるよ。
あなたのこと、ずっとそばで見てきたから。
どうしてそこまでして傷つきにいくんだろう、と思いながら見ていた。
実家に行って、アパートに帰ってくると、悠裡はいつも体調を崩した。
体調が崩れるってわかってるのに、どうして行くんだろうと思ってた。
よくわからないけど、悠裡の生き方に合わせて、俺や浩も実家に行くことを反対はしなかったけど、今考えるとすぐやめさせるべきだったなと思う。
だって今、母親の優しい面皮が剝がれてきてるからさ。
距離置いたらこんなにすぐ剥がれちゃうんだ。
心のどこかで、子に拒絶された親が不安に駆られているだけの、ただの健全な反応じゃないかと思ってしまう気持ちもあるけど。
こちらが歩み寄ったところで、裏切りの形でしか返ってこないから。
あなたに分ける愛情は俺の中には無いよ。
あんなに誰にでも優しい浩が、わかりやすく怒ってるってだけで、もう十分でしょ。
あなたは信用に値しない人間なんだよ。
誰かを憎んだり、恨んだり、怒ったりし続けないと、生きる活力が湧いてこないんだよね。
怒り続けていないと、反骨精神が湧いてこないんだよね。
わかるよ、俺もそうだから。
わかるけど、俺も浩もあなたの捻じれた憎悪の感情に、同調できないからさ。
一人でその悪感情で身を滅ぼしてくれないか。
悠裡みたく優しくないから、付き合いきれないよ。
お手紙、ありがとう。
「元気ですか?」じゃないんだよ。
死んだよ、あなたが育てたニセモノ、あなたにとって都合よく育てた娘は死んだよ。
19歳で本当は死ぬはずだったのに、浩輝と浩が10年延長させたの。
それだけでも感謝して欲しい。
浩が、あなたの娘にどれだけ酷い扱いをされてきたのか知らないでしょ。
あなたの娘がどれだけ人を傷つけてきたか知らないでしょ。
浩は最後まであなたの娘を受け入れようとしていたのに、あの子は最期まで浩を罵倒し続けてたよ。
もう浩に関わらないで。
あなたたち親子と関わり合いになりたくない。
浩に人生を歩ませてあげてよ。
あなたが浩の障害になるなら、俺があなたをどうにかする。
浩をこれ以上追い詰めないで。
*仕事
仕事で鬱になったと断言できる。
まあ、要は働きすぎたんだ。
「俺が招いたことだから、俺がケリをつける」
そう言って、浩が退職のやり取りを進めた。
最初は浩も仕事を頑張っていて、次第に自信がなくなっていって、剱さん、若にいと次いで、日真ちゃんやさよちも仕事を避け始めた。
元々朝が弱い浩が、朝起きられないのはさておき、剱さんも朝起きられなくなっていったのは驚いた。
何か、得体の知れないものが這い寄ってきているようで、不気味な感覚を覚えた。
今考えると、あれが鬱の兆しだったんだろうと思う。
浩の元気が無くなって、話しかけても反応してくれなくなった。
最初は優しい言葉で支えようとしてたけど、だんだんと焦ってきて、「しっかりしてよ」と強い口調を使うようになってしまった。
浩のへらへらとした笑顔が好きだったのに、日に日に見れなくなっていくのが怖かった。
中を見てくれなくなって、いつも自分の殻に籠っている背中が、どうしようもなく怖かった。
そのうち、浩は俺と出会った頃の目をするようになった。
懐かしくて、悲しくなった。
「もたないかも」と浩の口から洩れた時、絶対にこの仕事を続けたら壊れると思った。
だって、人格、二人増えてるんだから。
この仕事の為に、わざわざ。
浩以外に8人もいて、ストレスを受けきれなかった。
悔しい。
*中
かがりが消えた。
気配とか残滓とか、そういうものが一切残らなかった。
完全に、いなくなった。
悠裡の残滓はある、見つけている。
でも、かがりはそういうものが何もない。
満生が戻ってきて(満生の見た目をしているだけの誰かかも)、その満生がかがりを殺したらしい。
かがりは、結局記憶に耐えられなくて、目の前で見ていた満生が終わらせてあげたんだとか。
20年続いた、雛を中心とした古株の圧政が、完全に終わった気がした。
俺達じゃ仕事は無理だと思って、満生が一人、人格を作って、仕事の為だけに差し向けてくれた。
見た目と性格が、古株の人達を継ぎ接ぎにしたようなもので、少し怖い。
ちゃんと人の見た目はしてるんだけど、中身にいろんな人の片鱗が見えて、怖い。
満生は記憶の管理がまだ下手みたいで、上手く自分の中に閉じ込めておけなくて、マイナスの感情や記憶が表にフラッシュバックの形で漏れたりしていた。
剱さんが「満生がヘマをしているね」と言って、満生の様子を見に行った。
その間、若にいは表に残っていて、多分5年ぶりに若にいは剱さんから離れたんじゃないんだろうか。
捨てられた子供みたいに、頼りなさそうにしていた。
変なの。
図体のデカイ男が不安そうに一人でそわそわしてるの、申し訳ないけどちょっと面白かった。
でも同時に、若にいは剱さんのものなんだなと思って、寂しくなった。
若にいは、俺の兄なのにな。
いやそもそも、俺のせいなんだけど。
満生たち3人、今は内部の調整しかしていないけど、そのうちまた仕事を始めたら、表に出てくるようになるんだろうな。
新しい生活に、馴染めるんだろうか。
……馴染むのは、俺達の方が先にクリアーすべき課題なんだけども。
*
正直ね、今とても不安。
怖い。
どうしていくのが最善なのかもわからない。
去年から、変わってない。
俺、まだ浩に甘えてばかりだった。
何してたんだろうな、この一年。