目の前に、刺身の船盛が並ぶ。 ここのホテルで夕食に出される刺身は最高に美味い。 新鮮で臭みがなく、身がやわらかい。 夫と向かい合わせに座り、お互いに風呂で温まった顔を見る。 しばらくすると一杯目のビールが運ばれてくる。 温もった体にビールは最高だろう。 さっそく乾杯して、頂く。 冷たさと、舌を弾く炭酸がたまらない。 ビールに苦味を感じなくなったのはいつからだろう。 甘みとコクが口の中に広がる。 そして刺身を頂く。 行きの電車で見かけた人の話などをしながら、このひとときだけは、
露天風呂からは大島がきれいに見えた。 視力が悪く、普段は眼鏡に頼りっきりの私でも、裸眼ではっきりとみえたほどだ。 湯船の暖かさと冷たい空気のコントラストで、とても気持ちが良かった。 緊張やストレス、恐怖で縮こまった体が、ゆっくりとほどけていった。 貸切風呂は満杯だったので、夫婦で分かれて男湯と女湯の大浴場にそれぞれ入ったのだが、そこは空いていて、私ともう一人だけだった。 その人は、私より先に露天風呂に入っていた。 みしらぬ人なので、もちろん会話などはないが、同じ湯にふたり、大
暑い夏を終え、秋に差し掛かった伊豆の山々は、まだ青々とした瑞々しい自然のまま迎えてくれた。 一年に何度か伊豆を訪れるのが、我々夫婦の習慣になってから10年以上になる。 毎回、気に入った同じホテルに二人で一泊する。 そのホテルは、現代的で泊まりやすいわりに、ホテルの敷地内に温泉風呂がいくつもあり、誰でも利用できる大きな風呂から家族で貸し切れる個室のもの、露天風呂もいくつかあって、夫婦そろってお気に入りだ。 子もおらず二人きりの家族生活も、去年で10年目を迎えたが、いまだに出会っ
網戸に白くて丸い小さな粒が十~二十個ほど付いていたので、何だろうと思ってインターネットで調べてみた。 それはカメムシの卵であるあらしかった。 虫の卵だとわかったとたん、気味が悪いので、いてもたってもいられずガムテープで貼り付け取ってビニール袋に入れ、万一袋の中で孵化しても大丈夫なように、その袋は屋外で保管した。(私は虫がとても苦手だ) すっかりすませてから、もしかしたらさっき取っている時に一粒くらい部屋に落としてしまっていて、部屋の中で孵化してしまったらどうしようという恐怖が
初夏の日差しが作り出す、薄い影のかかった道を歩いていた。 影が途切れたところで足元に影が走ったので、ぎょっとして飛び跳ねると、私の踝の横あたりに花が落ちていた。 花は、ガクから上の部分で綺麗に落ちていた。 落ちた花が、風に吹かれて私の踝まで運ばれてきたのだろう。 プレゼントの箱に巻かれているリボンのような鮮やかな濃いピンク色の花で、硬いアスファルトの歩道とのミスマッチが美しくてしばらく立ち止まって眺めていた。 どこからやってきたのだろうと思い、あたりを見回すと、今来た道の道路
ついに抜歯をした。 私の歯茎には大きな穴が空いている。 先生の処置は、素晴らしく、まず恐れていた麻酔が、刺したかどうかもわからないほどだった。 まったく痛くない。 何度か歯科で麻酔の注射を経験したが、比較にならないというか、別物だ。 しかも、これは私の感想だが、かけるべき場所に、かけるべき場所にだけ麻酔がかかっている。 すごいと思った。 感動した。 美しい仕事だった。 私も、何でも良い、これほどの高みにまで何かを成し遂げてみたい。 2023.6.1 藤乃
明日の抜歯に向けての心境。 身体がソワソワする。 抜かずにいる事も恐怖だが、歯を抜くという体の変化への拒絶反応を感じる。 しかし、このような気持ちも、抜いてしまうまでの限定であろう。 この貴重な気持ちを、文字にして残しておきたい。 今朝、鏡で件の歯を目視したところ、歯茎の変な部分が腫れていた。 素人目にも不安になる腫れ方だ。 歯茎の色も、その歯の横だけ黒ずんでいる。 抜く以外の選択肢はない。 この決定について、私を構成する細胞の100%すべてが同意している。 だが、恐怖があ
憂鬱な気分。 憂鬱とは、それを存分に味わい尽くしてこそ価値がある。 私は明後日、歯を抜く。 前々から悪い歯で、お医者さんに診てもらっていたが、いつもと違う腫れ方をしたので診察してもらったところ、歯の根が縦に割れていた。 さすがに抜きましょうとなった。 縦に割れた歯の根のレントゲンを見て、蒼ざめ、すぐにでも抜きたい気分だったが、事情があって期間が空いてしまった。 行き慣れた歯科の先生は、特に緊急に抜かずとも痛んだりはしないと断言してくださったが、私の脳内は、いわゆる気が気ではな
天気は雨。 最近読んだ本。 『街とその不確かな壁』村上春樹 主人が購入。 ここ数年、スマホばかり見てしまうので、替わりに本を。 すき間時間や就寝前などに、楽しめた。 美しく規律正しい。 言葉。謎。世界。人生。食べ物。 パリジェンヌに憧れる、今日この頃。 完全の半分くらい、会食恐怖症な私。 フランス人は、家族や友人と会話を楽しむために食事をするそう。 なんて素敵なんだろう。 食事をそんな風に考えたら、私の恐怖症も和らぎそう。 きれいで美味しいものを、ゆっくり味わって食べたい