漢方的お腹の診察 腹診の簡単なご紹介

 病院で診察を受ける時、お腹を診察されることも多いと思います。一般的診療でお腹を触るときには、お腹の中の状態を探るように触診します。お腹の中を見るために腹筋の力抜いてもらった方が良いので膝を曲げて力抜いていただくことになります。何気なく触っているように思われるかもしれませんが、腹膜や内臓に炎症がないか、しこりを触れないか、大動脈が大きくなったりしていないか、腸が張ったりしていないかなどを見ているわけです。

 一方漢方診療でお腹を触るときには、腹壁の状態を中心に見ることとなります。ですから足を伸ばした状態でお腹の力を抜いてもらうというふうにします。腹壁の緊張はどうか、腹直筋は緊張しすぎていないか、押さえて抵抗があったり痛がるようなところはないか、動悸を触れないか、胃のところがぽちゃぽちゃと音がしないかなどということを見ています。胃のところで水がぽちゃぽちゃいうような音がしないかを診るときだけは膝を曲げて診察することもあります。

 漢方診療でお腹の所見を述べるとき、それを腹証といいます。特徴的なお腹の所見があれば、どのような処方が良いかを教えてくれるからです。つまりお腹の所見が、こういう処方を出せばいいよと言う証(あかし)になるわけです。では漢方診療でお腹の何を見ているのでしょうか。

腹力(ふくりょく)

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 お腹の力を見るのは腹直筋ではなく、腹直筋の少し外側を抑えて普通か、強いか、弱いのかを判断します。たくさんのお腹を触っているとこれくらいが普通というのがわかってきます。平均的な強さと比べて強い人は体力があり、弱い人はちょっと虚弱かなと判断します。

腹直筋攣急(ふくちょくきんれんきゅう)

 腹直筋の張り具合を見ます。鍛えていて腹直筋がガチガチのかたもおられますが、鍛えているかどうかを見るわけではありません。お腹の力抜いてといっても抜けないような場合に陽性と考えます。上から下まで全体を確認します。攣急があれば、少し緩めた方が良いと考え芍薬と言う生薬が入った処方を頭に浮かべます。また、交感神経系の緊張を表していると解釈する場合もあります。そんな時は心を鎮めたり、気の回りをよくしたりできないか考えます。

心下痞鞕(しんかひこう)

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 水落を押してさらに頭側の方へ手を押し込もうとした時に、抵抗があったり硬さがあったり痛みがあったりと言う時に心下痞鞕があると判断します。この所見があれば、黄芩と黄連の入った瀉心湯類(芩連剤)や人参の含まれる処方を思い浮かべます。

胸脇苦満(きょうきょうくまん)

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 お臍と左右の乳頭を結んだ線上で、肋骨の下数センチのところを押して、乳頭に向かって押し込むようにしてみます。季肋部の張った感じがある、押さえると不快感や痛みを訴える、指が入っていかないなどというときに、胸脇苦満ありと判断します。これがあると、柴胡を含んだ方剤を思い浮かべることになります。ただし、これがなくても柴胡剤を使用する場面は多いです。

臍上悸(せいじょうき)

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 基本的には腹部大動脈の拍動を捉えていることになります。へその左上あたりがわかりやすい場合が多いようです。細い方は腹壁の状態によって加減が必要ですが、じっと押さえて拍動を感じとります。ストレスなどにより交感神経系の興奮状態となっているか、体が弱ってしまっていて腹壁の緊張が無くなっているようなときに触れやすくなります。なお悸を確認できる場所により、心下悸、臍下悸などと呼鼻ます。気が問題となる場合も多いと思います。ただし、腹部大動脈瘤が形成されて触れる場合はすぐに血管外科のある病院へ連絡します。

瘀血(おけつ)

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 下腹部を押さえて痛みを訴える状態で、基本的にはぐっと押さえてそのままお臍方向へ押し込むようにして診ます。ただし軽く押さえても痛がる場合もあるので、いきなりグイっとやると恨まれたりするので、最初はソフトに触ります。この所見があれば、血のめぐりが悪く滞っている状態を想定します。古い血がたまっていると表現する人もいます。痛みの強い場所によって、イメージする処方が変わったりするので大切な所見です。処方は瘀血を駆逐する、駆瘀血剤と言われるものを使うことになることが多いですが、単に駆瘀血作用のある生薬が含まれているものを使うこともあります。血の巡りを良くすると様々な症状に効果が出ることがありますから、なかなか目指す効果が得られないような時、瘀血がないかどうか再確認することもしばしばです。血の道症などという言葉からの連想で、女性の問題と思う方もおられますが、女性だけでなく男性にも瘀血を認めることは多いものです。

小腹不仁(しょうふくふじん)

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 上腹部とへそ下の下腹部頭を比べてみて下腹の方が腹壁の緊張が弱く、押すと指が奥へ入っていくような場合少腹不仁があると考えます。上腹部に比べて多少弱いと言う程度からかなり深くまで抵抗なく手が入っていくような場合まであります。弱った下腹の真ん中で縦に硬く筋のように触れるものを認める場合、これを正中芯と呼びます。いずれも腎虚のサインとされており、親から受け継いだ生命エネルギーである先天の気が枯渇してきていることを示していると考えます。補腎剤の出番です。

心下振水音(しんかしんすいおん)

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 膝を曲げてお腹の力を抜いた状態で、手首のスナップを聞かせて上腹部を揺すってあげると胃の中の液体がぱちゃぱちゃと音を立てる場合があります。この場合振水音がありと判断します。水分バランスが崩れて水滞の状態を示していると考えます。六君子湯、茯苓飲、人参湯、半夏瀉心湯その他を使って、水バランスを整えます。

 どうでしょうか。無駄にお腹を触っているわけではないことがわかっていただけるでしょうか。上記それぞれの所見を、さらに詳しく見ているわけですが、当然これらですべてがわかるわけではありません。症状をまず検討して、適応しそうな処方を思い浮かべ、どれを選択するかお腹にも聞いてみる、といったところでしょうか。試しに、ご自分でお腹を触ってみるのも良いかもしれません。日本漢方では、この腹診を大切にしています。漢方の診察を受けるときは、できればお腹を出しやすい服で受診してください。

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