デフォルト岩顔のベルギー人、選ばれない色の犬
初めて会ったベルギー人とイタリア人と一つ屋根の下で1週間寝泊まりしていました。
私は自慢ではないけど人付き合いが上手くない。社交の場は苦手だし、友達も多くない。それは日本でもそうだったし、日本の外でもそうで。
とはいえ、1週間誰かと一緒に作業しないといけないとなると、さすがの私でも、なんとか会話をしたり意思疎通しようと少しは試みる。
私はベルギー人がどんな人たちか全く知らないくらい、ベルギー人と喋ったことはなかったし、もちろんベルギーに行ったこともなかった。そして、この生まれて初めて会ったベルギー人に、私は少々困惑した。
勝手な先入観で申し訳ないのだけど、ベルギー人はオランダ人と似た感じかな、と思っていた。オランダ人は何人か接したことがあったもので。
誰かに失礼にあたるのかもしれないけど、以前ドイツに住んでいた私はオランダ人に対して、「ドイツ人よりソフトでフレンドリーな人々」という印象を持っていた。でもって、ベルギー人もオランダ人のような雰囲気なのかなと想像していた。隣国だし。
それは浅はかな推測で、隣の家と自分の家族が、似ても似つかぬ別物であるように、国境を接する国だからといっても、文化圏でかなり人々の傾向は違うもので。
これは日本人が隣国の人々と似たようなもんだろうと言われたら・・・この例えは別のややこしさを生みそうだからやめておきます。
とにかく知性のない愚かな私という一個人の無責任な先入観です。偏見だとか差別だとか、どうかめくじら立てないでください。無知な人間なのです。
当然、人にはみな個性があり、いろんな人がいる。その国のステレオタイプなんていい加減なもんだ。それでも、ちょっと、「そうそう、あるよねー」と言ってしまうような、実際のところ当てはまることだってある。まあ、だからステレオタイプが存在するわけで。そうですよね?
私は1週間ボランティアしていた施設で2人のベルギー人と出会った。その2人は、家族ではない(友人かどうかは知らない)個別のベルギー人で、高齢男性と中年女性だった。
2人ともフランス語話者で、英語も話せるけど母国語ほど快適そうではなかったから、私とは言葉の壁もあったのかもしれない。
ベルギー人は2人とも、びっくりするくらいデフォルトで岩のような表情をしていた。
厳しい眼差しに口角が下がっていて、つまりはムスッとしていて、何か不満があるのだろうか?気に入らないことがあったのだろうか?と私は戸惑った。
2人とも目があっても、話す時も、ニコッとしないのだ。もう1人いたイタリア人の女の子は、目が合うといつもにっこりと慈悲深い微笑みを向けてくれた。
ベルギー人に対面1日にして、私の先入観(オランダ人と似たようなソフトでドイツ人よりフレンドリー)が、ジェンガを崩すようにあっけなくバラバラと音を立てて崩壊した。
なんの共通点もなさそうな私たちだけど、みんな、移動費も食費も全て自腹で、宿泊費も払って、わざわざへんぴな所に貴重な休暇を使って来て、ボランティア(犬のフンを拾う)に来ているという点は共通している。ちょっと変わった人だと思う。自分も含めてだけど。
仕事でもない、強制労働でもない、自ら望んで来て過ごす時間だから、私はできれば気まずくなく、オドオドもオロオロもすることなく過ごしたかった。
なので、私は勇気を出して、ムスッとしているベルギー人にそれぞれ話しかけてみることにした。
女性は、仮にここではニコルと呼ぶ、すでに1週間くらいここにいて明日が最終日だと言った。口角は下がったままなので、ここでの1週間が楽しかったのか、明日帰るのが寂しいのか嬉しいのか、私にはよくわからなかった。
私たちはスペインの犬種ガルゴ(スパニッシュ・グレイハウンド)の保護施設でボランティアをしているので、ニコルに「あなたの家にガルゴはいるの?」と聞いてみた。
「いるよ。メスが1匹。あとブルテリアも」とニコルは答えた。私は「ガルゴとブルテリアの組み合わせは初めて聞いたよ。あはは」と言ってみたけど、ニコルはクスリとも笑わなかった。
ガルゴ(スパニッシュ・グレイハウンド)は細長くてエレガントな見た目で気弱、ブルテリアはたくましい体に小豆のようなつぶらな瞳でユニークなルックスで元気一杯。一緒にいるのを見たことないし、なんだかシンクロの選手と重量挙げの選手がペアになったみたいで珍しい組み合わせだなと思ったんですけど。
ニコルは真顔だった。
そうですよね、何もおもしろくないです。ごめんなさい。
私は「もう1匹、引き取るつもりはあるの?」と聞いてみた。なぜなら、ここにボランティアに来ている人は、その間に引き取りたい犬を選んでいくことが多いからだ。
「うん。最初は、これ以上うちに犬を増やすことはできないって思ってたんだけど、作業してる時に、スッと私に頭を寄せてきたガルゴがいてね。やっぱりもう1匹引き取ろうかなと思って。パートナーに電話して、確認したら、引き取ってもいいって同意してくれたから。1匹引き取ることに決めたよ」と教えてくれた。
「その子があなたに頭を寄せてきた子なのね」と私が言うと「それが違うんだよ。それから真剣にどの子を引き取ろうか考えて、16匹候補をあげたんだ。500頭いる中の16匹ね、そこから少しずつ厳選して、1匹決めたんだ。それはとても難しいことだったよ」とニコルは言った。
最初に頭を寄せてきた子は選ばんかったんかい!と私は心の中でツッコんだ。
「リストアップした16匹から、どうやってその1匹に決めたの?」と私は聞いた。
「キャラクターだね。それと、そのガルゴは黒いんだ。黒い犬は引き取られにくいって聞いて、そんなバカなことあるかって思って、引き取ることにした」とニコルは説明した。
黒い犬は選ばれにくい、これは私も聞いたことがあった。動物保護施設のホームページで犬の写真を見て、引き取りたい犬を選ぶ人が多いのだけど、黒い犬は写真で選ばれにくいのだ。写真で真っ黒な犬は映えない、表情や特徴が見えにくいからだと推測する。とにかく残るのだそうだ。
ニコルの話を聞いて、この人いい人だな、と単純に私は思った。選ばれないもの、救いからこぼれ落ちるものを、選びたい、それは私も共感するところがあった。
彼女は相変わらず微笑むことはないのだけど、流暢に語ってくれた。「私たちには馬もいて」とニコルが言って私は驚いた。腕に入っている馬のタトゥーを見せてくれた(犬のタトゥーも入っていた)。
「馬!?家にいるの?農場みたいなところに住んでいるの?」
欧州に住んでいると、ちょっと郊外に行くだけで、馬を飼っている人たちを見ることがある。だから、ニコルも郊外に住んでいて馬と暮らしているのかと思った。
「いやいや、うちにはいなくて、馬を世話してくれる専門のところに預けていて、私たちが休日に会いに行くんだよ」とニコル。
「会いに行って、その馬に乗ったりするの?」と私。
「今は乗らないけど、私が飼い主だって覚えてて欲しいから」とニコル。
「その馬も保護されてたのを引き取ったの?」と聞くと「いや、この子は、レスキューじゃないんだ。スペインから買ったんだ。前にも馬飼っててね、この子は私たちが飼う馬の最後かなと思ってる。7000ユーロ(おそらく当時100万円)くらいの予算で考えてたんだけど、この子はもっと高くてね。馬主が有名なチャンピオン馬を輩出してる人で。この子もとても美しいんだ」とニコルは教えてくれた。
相変わらずニコリとはしないけど、犬や馬への愛情と熱心さが伝わってきた。
馬を運ぶための車の後ろに牽引するボックスも買ったと言っていたし、馬小屋に払う維持費もあるのだろうし、相当な資金を費やしている。
何している人なんだろうと一瞬思ったけど、ニコルに聞かなかった。せっかく、犬や馬の話をしてくれたのに、仕事の話なんてなんだか水を差すような気がして。
馬主になっている人は欧州では結構カジュアルにいるみたいだから、珍しいことではないのだろう、こういうお金の使い方、生き方もあるんだよなと思った。
ニコルは翌日に早朝からの作業(犬のフン拾い、床掃除、水の補充など)をみんなとして、午後に荷物をまとめてお別れとなった。残っているベルギー人男性、イタリア人女の子と見送った。私は彼女とハグをした。
ニコルはお別れの言葉を言いながら気難しい顔、岩のデフォルト表情を震わせて、少し涙をこぼしていた。それがどういう涙なのか私は正確にはわからないけど、彼女は涙を拭いて去っていった。
彼女が引き取る予定の黒いガルゴは、ドクターチェックや書類作成をして、欧州のペットパスポートを発行して、後日、他の引き取られる犬たちとまとめてバンに乗せられて移動するそうだ。
彼女が私の知るベルギー人の1人であり、私の中での1例となっている。