ヤクザで帝王な不動産屋と大家につまようじで応戦する
日本の賃貸市場がどんな状況なのかは知らないのですけど、スペインの島の住宅難は、猫に針と糸を渡して糸通しさせるような困難を極めています。
よそ者で詳しいことがわからないアジア人の私でも、スペインの賃貸住宅の価格が春のタケノコのように上へ上へと上昇しているのは分かります。
タケノコのようにニョキニョキと新築物件が建つわけでは全然ありません(古い建物が価値があり保存されるので)。
スペインの都市部の住宅はマライア・キャリーです。
年齢を重ねて身体が衰えようが価値が下がらないのです。何もしなくてもクリスマスになれば印税が入り続け、世界ツアーやラスベガスでのショーもたまに開催しては高額チケットが売り切れるような人気歌手(実際どうなのかは知らないけど)のように、住宅の価値は上がり続けます。
この例えが合っているのかはさておき、とにかく、古かろうが新しかろうが賃貸だろうが購入だろうが、住宅の価格の上昇が止まらないようなのです。
我々(相方と私)がスペインの島に引っ越してきたわずか2〜3年前と比べても、もう当時の価格で同じような賃貸を見つけるのは不可能になっています。
当時でも決して安くはありませんでしたが、「今みたいに高くなる前に借りられてよかったねえ」と、平たい胸をなでおろしていたところ、なでおろした胸をえぐられるような電話が不動産屋からかかってきました。
大家が値上げするってよ。と。
家賃の値上げがあるとはなんとなく常識として知っていたので、仕方ないと受け止めようとしたところ、聞き捨てならない文言が。
「今年の春が契約更新だったでしょう。その時にね、セニョールXXX(大家)が値上げするの忘れてたから、さかのぼって春から今(冬)までの差額払ってね」と不動産屋。
時を逆行して家賃の値上げ分を払えって、ヤクザじゃないの。そんな中世の暴れん坊帝王みたいな言い分まかり通るの?やりたい放題すぎない?独裁者か?
全然違うかもしれないけど、もし、あなたの国の政府が「春から消費税15%に上げる予定だったのにうっかり発表するの忘れてたから、5%の差額、春までさかのぼって全部払ってね」っていきなり発表したら驚きますよね?国民、怒りますよね?
不動産屋は「でも、あなたたちラッキーよ。だって今じゃ、この値段でそこ住めないわよ。だからよかったわよね」みたいなことを言うのです。
例え「隣の国は消費税18%なんだってさ、まだうちらは15%に上げるからマシだよね」と言われたって、国民「そっか〜嬉しいな〜」とは全然ならないですよね。
私の感情は2つの段階を踏みました。呆気、そして、憤り。
電話は相方が受けて、後からそれをきいた私。
相方のブッダは宿命的に穏やかな人で、ワーワー言うことはありません。
ですが私は、この不動産屋には、住み始めた当初にとても濃厚な腹の煮えくりを経験したことがあったので、怒りが宇宙船打ち上げの勢いで噴出しました。
さて、しかしながら、怒ったところで状況は変わりません。
大家の要求ポイントは2点
家賃を3.3%値上げするよ
更新のタイミングだった春にうっかり値上げするの忘れてたから、さかのぼって今(冬)までの差額も払ってね
私は「そんなことが許されるわけない!法律だ!」とひとり鼻息荒く、家賃の値上げに関するスペインの法律を調べました。
すると、
家賃の値上げは3%が上限と法で決められているから3.3%は違法である
家賃値上げは少なくとも30日前に書面で通知して行われるもので、それをなしにはできないし、時を逆行して払えなんてもってのほか
ということがわかりました。
あなたならどうしますか?不動産屋に「ふざけんなよ」と電話をしますか?
鳩サイズの脳みそですぐに反応してしまう私は、怒りに任せて、「違法だ!奴らはぼったくりだ」と相方ブッダに伝えました。しかしブッダは、文句の電話も、交渉のメールも書きませんでした。
なぜなら、前述の通り、スペインは激しく住宅価格が上がっており、部屋を借りたい人たちには危機的な状況なのです。
我々はギャンギャン言って、大家と不動産屋とバトルできる対等な立場にはないのです。大家からしたら、嫌だったら出ていけばいい、そしたらいくらでも高い賃貸ですぐにでも貸せるんだから。
ブッダは考える時間が必要でした。
ブッダが熟考する間、私も頭を冷やして考えました。
私たちはこのアパートを出て行きたくはない。
このエリアも部屋も気に入っている。
今、新たに部屋探しをしても、このエリアでこの価格では見つからない。
値上げをされても、それでもまだ今の市場価格よりは高くない。
一方で、
大家の要求は違法らしい。
感情的にはすごくムカつく。
正義なんてあったもんじゃない。
ヤクザか。
そして私の鳩の脳みそが気づいたのは、
正義を振りかざしたところで私たちは得をしない、
でした。
私たちには向かい風が吹いているのだ。追い風じゃない。
今ここで大家との関係を悪くして、出て行くことになったら、「3.3%の値上げ+遡って払う」よりももっと高くなる。
私が文句を言ったところで、大家と不動産屋は防弾ガラス装備のテスラに乗っていて、私はその窓ガラスを竹やりどころじゃなくて、爪楊枝でつついている状態だ。
だから私たちは、とても真っ当とは思えないけど、過去に遡って差額を払えという要求に応えることにした。
世界って、こういうもんなんだな、こういうのを受け入れていくのが大人なんだな、なんて、随分前に大人になってたけど今さら思ったりして、悲しくもあった。
だけど全部言いなりになるのは、やっぱり嫌だった。大家との良好な関係は維持したいけど、なめられてはいけない。
だから我々は「私たちはここを気に入っていますし、大家さんの都合も理解できますから、遡っての支払いは合法ではないけど、協力します。しかし、払う金額は、法律で定められている上限の3%であって3.3%ではありません。そちらはご理解ください。合意であれば正式な書面を送ってください」
みたいなことをメールに書いて送った。
ヤクザと帝王に、お金と弾丸が入った封筒を送った感じ。
この決断に至るまでに、鳩サイズの脳みそで鼻息荒い私と、熟考して時をじっくりかけるブッダは、少なからず心地よくない時を過ごした。嫌な話題に立ち向かうのは、いつなんどきでも楽しくないものです。
「文句何も言わずに、違法な値上げでも、違法なさかのぼり要求でも受けたほうが良かったかな」と何度も後悔がよぎります。
まだヤクザと帝王から返事は来ていない。