ため息を 言葉にしてみよう 〜トリックスター〜
「好きな映画は何?」
要するに自分の話がしたくてお愛想で尋ねられたとする。
「うーん、何だろうなぁ。オススメがあったらおしえてくださいよ」だけど。
気心が知れた頃で映画遍歴が似ているかも、ならちょっと探ってみる。
「『ユージュアル・サスペクツ』とか。」
期待した通りに表情が変わっていくといいな。一緒にニターッと笑いたい。
「……で、さぁ、『カイザー・ソゼ』どう思う?」
観たことがあるなら手っ取り早い。アナタはどんな言葉で褒めそやすの?
人生で映画館に一番通っていた時期に出会った作品です。
午後から有給休暇をとって友人と落ち合い、鑑賞後はお茶しながら感想や互いの近況をお喋りして。気づいたら周りのテーブルに誰もいなくなってて、長居したお詫びに早めの夕飯を追加オーダーし(まだいるんかーい!)、せっかくだからレイトショーも観て帰ろうか、なんて。
まだまだ話し足りないけど、じゃあまたねー、バイバイ。
もちろん翌日は定時に出勤。元気だったな。
『The Usual Suspects』は1996年の第68回アカデミー賞で脚本賞を受賞。当時すでに「伏線回収」なんて言葉を使ってたんだっけ?今ではもっと手の込んだ仕掛けの作品がたくさんあるんでしょうけど。
ラストシーンはとても潔い。
助演男優賞を受賞したケヴィン・スペイシー演じるキントが、容疑者から自由の身となり釈放され、雑踏へ紛れていきます。事件の概要と黒幕は誰だったのか一応決着がつき、息詰まる展開から解放されたからか、私も清々しさを感じました。
同様に、何もかも全く違っていたことに気がつきます。最初から。
待ち合わせまでの、ほんのわずかな時間にタバコを吸い込む、あの恍惚とした表情に、傍観者である嫌煙家の血流スピードも狂わされます。血管の収縮で血圧は上がり心拍数も増加。「くらっ」ときたのは夕陽の眩しさからじゃなくて脳貧血か。
血液は体内の隅々まで巡って酸素や栄養分を届ける「運び屋」で老廃物を持ち帰る「回収屋」ですしね。一番の見せ場なのに、こんな取ってつけたようなオチをつけて申し訳ない。
最後は時間を少し遡って署内での尋問場面に。
「And like that...he's gone...」
THE END
戯言ですが、キントも『カイザー・ソゼ』について何かしらを知る一人、最後の一服の後どうなったのかなぁ、って思うんです。怖っっ!これ予言じゃない?
「鳥肌が立った」とか初見の感想は様々で、私はいきなり「膝カックン」されヘナヘナと崩れ落ちる感覚に近かったかも。地に手をついて「くっそぉ、やられたー」とつぶやいて、もう笑うしかないヤツ。もちろん諸々を踏まえた上でもう一度観直しました。その後も何回か。
こんなに惹かれる理由は、妄想の余地がたっぷりあること(実に私好み)。そして『カイザー・ソゼ』、そのキャラクターにあります。
ある時ある場所で起きたと信じられ語り継がれるエピソード。
真実でなくても構わない。
噂を超一級品の伝説に仕立てるには吹聴の仕方も重要です。証拠を手に執拗に追いかける警察組織なんて適任ではないですか。見た!知っている!と名前にすら慄く証人がいれば箔がつきます。お喋りならなおよし。
「いい子にしないとソゼが来るよ」ってね。
深層心理にある恐怖の象徴『カイザー・ソゼ』は、みんなが求める魅惑的な姿に変身していきます。
実際、映画を観てないのに名前だけ知っている人、結構いるみたいだし。
騙し討ちのつもりでいた警察をさんざん振りまわして嘲笑い、観客をもからかいながら煙に巻く、『カイザー・ソゼ』はトリックスターだな、とも思うんです。
トリックスターとは?
例えとしてギリシア神話のプロメテウス、北欧神話のロキなどがよく紹介されていますが、トリックスターという言葉を初めて知った時はふーん、って感じでした。
最近、誰かが『ルパン三世』での峰不二子ちゃんの役割をあげているのを見かけ、しょぼしょぼした目を見開きました。わかる、それならわかるよ。周りが翻弄される姿を見るとわくわくするし、抗えないその魅力も。
宝石やお金は独り占め、未来に希望を与えてくれるわけでもない。その姿から学ぶことがあるとすればなんだろう、「信条と美学を持て」かな。話が逸れました。
こう力説したところであの時の衝撃は何ひとつ伝わらない(よね?)。相手の反応がイマイチだと感性を否定された気もするし。……知ってる。このもどかしさ。
「好き」って感情はめんどくさくて案外やわな造りになっているのだ。
映画を褒めていることになっているのか、やっぱり心配です。