憧れのメゾピアノと100均のマニキュア~はなのかんづめ Ep.3~
*憧れのメゾピアノと100均のマニキュア
90年代に生を受けた田舎の女子達にとって、
ナルミヤ・インターナショナルが生み出したアパレルブランドは憧れの頂点に君臨していた。
クラスで目立つ女の子グループの私服は、必ずと言っていいほど駅前の百貨店で買ったメゾピアノやエンジェル・ブルーであったし、学生時代に私を悩ませた水泳の授業で使うプールバッグもクラスの最先端を行く女児たちは、そのアパレルブランドのショッパーを使っていた。
→記憶が曖昧だが、昔の子供服のショッパーはスタイリッシュな紙袋ではなくビニールや少し厚めの普段使い出来るようなトートバッグが多かった気がする。
"ちゃお"を愛読し、筋金入りのヲタクであった私は、多くの女児たちの後を追うように『シンデレラ・コレクション(今井康絵)』に夢中になった。
漫画の中で主人公のニーナが着ていたメゾピアノの洋服ーーフリルのついた白いワンピース、アイスクリームの模様がデザインされた夏らしいトップスーーに憧れ、母親に「メゾピアノの服を買ってくれ」と強請りに強請りまくった。
昔から、物欲だけは人一倍ある強欲者だ。
なんとかして、母親にメゾの服を買わせようと
同じクラスや隣のクラス、更にはでっち上げた女の子の名前を羅列して
「クラスみんなが持っている。持っていなければ馬鹿にされて、恥ずかしい」とメゾの洋服を買う正当性を子供ながら主張した。
しかし、母親というのは娘の我儘を上手く軌道修正してくれる生き物である。
とりわけ、うちの母親は仕事が洋裁関係だったこともあり自分でデザインした奇抜な色のズボンやトレーナーを私に好んで着せていた。
今まで既製品の服を買わずに、手作り道を歩んできた母親にとって既製品の服を買うことはあり得なかったのだろう。
期待を持つ寸分の隙間もなく、「ダメだ」と却下されることとなる。
だが、当時10歳の私にとって母親の却下理由は到底納得できるものではなく、このメゾピアノをかけた攻防戦はしばらく続くこととなった。
*
転機が訪れたのは、しばらくしてからだった。
当時私と登下校を共にし、土日もほとんど一緒に遊んでいた親友のねむたいちゃんが突然エンジェル・ブルーの服を着て、いつも待ち合わせにしていた四丁目公園に現れたのである。
胸元にでかでかと輝く、ニヤニヤとしたナカムラくんの顔を私は今でも忘れない。
あまりの衝撃で、「えっ!ねむたいちゃん、その服どうしたん?」と聞くと
「うち、あんまりブランドとか興味ないんやけど、従姉妹がお下がりでくれたんよ。もうきいひんのやって」と、さほど服には興味が無さそうに答えてくれた。
無論、私の物欲センサーに更に激しく火が付いたのは言うまでもない。
ねむたいちゃんとマルナカの休憩所で水を飲み、楽しく自転車で野山を駆けまわって自宅に戻ったあと、私は冷やしたトマトを肴に焼酎を飲む母親に詰め寄った。
「ねむたいちゃんも従姉妹からメゾピアノ貰ってた!!これで周りはみんな着てて、着てないのはうちんくだけやんっ」
ねむたいちゃんが着てるのはメゾピアノではないが、この際細かいことはどうでもいい。
なんとかして目当ての服を買って貰おうと、母に懇願した。
当時の花屋家は、裕福でもなければ食に困窮しているほどの貧乏でもない。
しかし、うちの母は金銭的余裕のない家に生まれ育ったので嗜好品・贅沢品・旅行に関しては、極端にお金を使うことを嫌う人だったのだ。
普段、母親に却下されるとすぐに諦める私が
こんなに何度も食い下がることに母も何かを考えるようになったのか、ねむたいちゃんの話を持ち出して啖呵を切った後には「服じゃなくて、鞄でもええのん?」と、神妙な顔で私の意向を伺ってくれた。
あの母がOKをしてくれた。
もちろん服じゃなくていい。鞄でも、十分に嬉しい。
私は母親に、服が高いなら、鞄でも嬉しいと抱き着いて伝えた。
すると母親は、小さな溜息を付きながら
「ほなメゾピアノ作ったるから、ちょっと待っといて」と言い、飲みかけの焼酎を残したまま作業部屋へと消えていった。
メゾピアノを、作る?
この行を読んだ誰もが頭の中にクエスチョンマークを浮かべることだろう。
そして、察しの良い方は既にこの先を読めているのではないだろうか。
結果的に、数日経ってから私の手元に届いたのは、母が愛用のミシンを駆使して「MEZZO PIANO」と明朝体の刺繍を施し、その上から100均のラメのマニキュアを塗ってなんとか本物に近付けようと涙ぐましい思考錯誤を重ねたパチモンのトートバック(キルト生地)だけだった。
余談
このメゾピアノ事件は、わりと私の中では
トラウマものの珍事件として記憶に残っているのでよく酒の席で女友達に話をするのだが、
聞いたほとんどの友達が「お母さん、優しいじゃん。既製品よりも、手作りのメゾピアノでしょ」と母の肩を持つことが多いので、未だに私の肩を持ってくれた人と出会ったことがない。
お後がよろしいようで。
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