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#8.ショートショート「Back space」

パソコンを開くと見ない日はない
ネットに蔓延る(はびこる) 深い闇
妬み(ねたみ) か嫉み(そねみ)か興味か乗りか。
寄って集って(たかって) 一人の人間に吐き散らす

匿名だから?バレないから?
みんなやってるから?
バレなければ人を傷つけてもいいの?
何でそんなことを正気で書けるの?

後ろ指を指すこんな世界に嫌気が差して
私はおもむろにBack spaceキーを1回叩いた。

さっきまであった書き込みが消えた。
そんなはずは…
もう1回叩く

「やっぱり、また消えた」

自分じゃどーすることも出来ない筈の傷跡が
走馬灯のように消えていく

それからは罵倒を見つけては消していった。
心做しか気持ちも軽くなった

肯定だけの優しい世界
私が叩いたその日からSNSには誹謗中傷がなくなった。

しかし、削除された不愉快な言葉は行く当てがなく彷徨い続けた

そしてある時。

パソコンを開いた瞬間、それまで膨れ上がっていた風船が破裂したように文字が噴き出し襲いかかる。
文字は私の目から耳から鼻から口から一斉に入り込み直接脳へとなだれ込んだ

頭の中では言葉の泥雨が降り注いだ
部屋中にハエの大群が飛び交い始めた
目の前が砂嵐で覆われていく

五月蠅い。五月蠅い... 五月蠅い!五月蠅い!!
消えろ、消えろ!消えろ、消えろ消えろ消えろ!!

自分が言われていると錯覚するほどに 
身体が、心が蝕み(むしばみ) 傷づいていく
ハエは集り、そして増え続ける。

私の頭に入りきらなかった言葉は呪印のように身体に文字となって纏わりついた。

こんな姿じゃ外なんて歩けない。
こんな姿誰にも見られたくない。

部屋にずっと独り。私は引きこもった。

私の身体だけでは抑えきれず、ついには部屋の床や壁、天井にも文字が侵食した。

頭がいたい。
眠れない。吐き気がする。

どうしてこんなことになってしまったの。
私はただ、傷つく世界が嫌だっただけなのに...

頭の中では後悔と罵声が壁にぶつかっては跳ね返る。
この時にはもう何も見えなくなっていた。

苦しい、辛い。
もう嫌だ...どうでもいい。全部全部どうでもいい。



____楽になろう。




私はナイフを手に取り呟いた。


























































「さようなら、私。」



























































手首から流れる赤が絨毯に染みて黒く滲む。

砂嵐が消え視界が晴れた。
部屋と身体中に巻き付いていた言葉はいつの間にか消えていた。



五月蠅かったハエが鳴き止んだ——。



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