あの頃作った秘密基地が近所のお婆さん家の庭だったことに気付けるお年頃

最近、無理なく生きることにしたらちょっと面白くなってきまして、人生まだまだ捨てたもんじゃないなと思っているワタクシでございます。

前回の記事で、頑張る自分と頑張らない自分の話を書いたのですが、そこから少しの期間が空いた今、ワタシは頑張らない自分を肯定することにしました。

やはり、頑張る自分ってのは、ワタシの人格には存在しない人物であり、だからこそ頑張らないといけないとも思っていました。

しかし今、いつ誰に何が起きるか分からないし、ワタシの人生だってあとどれくらいで終わるかも知らない。そんないつ死ぬかも分からない状況で、後悔して死にたくない。

自分に嘘ついてきたとも思ってないけど、もっともっと近くで自分に寄り添ってみたら、素直が一番「らしい」って。秘密基地とか作って遊んでた頃の自分を忘れたくないから、人からなんやかんや言われてもワタシの人生はワタシだ。やりたいようにやる。それでも別にいいんだって、思うことにしました。


そんなことを思うようになった自分は、オトナになったなって思うけど、

そんな自分は、

前よりほんの少し

好きな気がする。

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