動けない時は、動かないのが正解。
「動きたいのに、動けない。」
「頑張りたいのに、頑張れない。」
こういうときは、
「動かない」「頑張らない」のが正解である。
これらは、
後者の「頑張れない(頑張りたくない)」が本音。
前者の「頑張りたいのに」は、実は「周りの声」。
例えば、私がバリバリ営業していた頃、この「頑張りたいのに、頑張れない」でよく悩んでいた。
頑張りたいのに、体が動かない。
熱は無いのに、気合いが足りない。
頑張った方がいいのに、頑張れない。
頑張れない自分はダメなやつだ。
みたいな。
ノルマ等目標があったときには、号泣しながら「頑張りたいのに、頑張れないんです..」と上司に相談したこともあった。
当時は、本当にわからなかった。
「頑張る」のが正解だったし、「頑張った」結果、周りからも評価されるし、お金も増える。
「頑張る」に こしたことないと、心の奥底から思っていた。
そんな私は、今、その営業職をやめている。
頑張ることをやめた。
後者である「頑張れない」を認めて、
「頑張らない」ことを選んだ結果、
今の自分の能力武器をぶん回す最強の私が生まれた。
つまり、
「動きたいのに、動けない。」も、
「頑張りたいのに、頑張れない。」も、
後者の「本音」に従った方がいいのだ。
それが、本来の自分。
本当の自分の気持ち。
今は選ばなかったとしても、
結局は、そこにたどり着く「本音」。
だって「動けない」んだもん。
「頑張れない」んだもん。
もっと言うと、「動きたくなーい!」し、
「頑張りたくなーい!」。
やってられるかぁーー!!
である。
ちなみに前者の「頑張りたいのに」や「動きたいのに」を深掘りしてみると、
「他人の声」
「他人の期待」
「社会的地位」
「安定した収入」
「過去の自分の意気込み」
「過去の自分がやりたかった事」
などである。
つまり、
「今、この瞬間の自分」とは別の感情。
やろうとしてたけど、やめてもいいんです。
やりたくなくなったら、やめたらいいんです。
迷惑かけても、やめたらいい。
だって、今は頑張りたくないんだもん。
そして、そんな「やりたくない」自分を認めた後に批判してくるのは、「自分」ではなく、
そもそもの「前者」の発言元だったりするので、それも全無視していい。
「前者」の発言元とは、
そう、
これらは、「自分以外」の声。
(または過去の自分の声)
そんな「今の自分の声」以外の声にしばられるから、「動きたいのに、動けない」とか思ってしまうけど、
本当は、深層心理としては、
シンプルに
「動きたくない」んです。
それを認めた瞬間から、世界がパッと広がります。
そんな、「頑張りたくない」を極めた結果、生まれた企画はこちら。「頑張る」ことをやめた結果、生まれた自分だけの商品です。▼
そしてそして!
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