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あきらめることは新しい道のはじまり

もし鳥になりたいと思っても
鳥になることは絶対にむりだから、

じゃあ鳥になってなにがしたかったのか、
空が飛びたいと思ったのなら、人間のまま空を飛べる方法はないのか

を考えたらいい。


そこでいつまでも鳥になる方法を考えていてもどうしようもないから、
鳥になることそのものをあきらめたときに
はじめて違う方法を考えることができる。

だけど、
自分がどうしてもやりたいこと、頑張ればできそうなことをやめるタイミングっていうのは難しくて、

ほかの人はできるけど自分はできない、みたいなことは、
もっと努力すればできるんじゃないかっていつまでも固執してしまったり、

ここまで頑張ってきたのにここであきらめてしまっていいのか、って思ってしまうし、

やめてしまったら自分になにが残るんだろうか、って思ってしまったりするし、


あきらめる決心をするってエネルギーのいること。

今までの人生で、自分から何かをあきらめたときって、
たぶん大きなものは2回。


一番最初は高校2年生の時かな。

部活で、技術面で抜き出るのは無理なんだと悟ったとき。

もしかしたら、もっともっと頑張ったら、
ほかの人を抜かすことができたかもしれなかったれど、

その時点で自分の中では頑張りつくしてたしそれ以上どう頑張ったらいいかもわからなかったし。


そう思って技術面で存在感を出すことはあきらめて、
係とか違う方向で頑張ろうと思った。

そしたら自分の壁をやぶることができたし、
あたらしい自分の可能性が見えた。

もう1つは、公務員になることをあきらめたとき。
2年間受験して、2年目の最後のひとつも最終で落ちてしまったとき。

もちろん何回だって受験できるから、3年目の挑戦だって十分に可能だったけれど、
そこであきらめて、その時働いていたところでずっと渋っていた店長への昇格を受け入れた。


結局そこで店長になったことは自分の自信につながったし、なにより楽しかったから、
その選択でよかったなって思う。


ひとつ何かをあきらめることで、
またひとつ別の道が見つかる。

あきらめるタイミングは難しいけれど、
きっとどのタイミングでやめても、どれも間違いではないんだろうなと思う。

それは自分が全部決めることだから。

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