21歳。気づいたら、1人で島にいた。
2024年8月、私は小笠原諸島に位置する離島、父島に1人で向かった。東京の竹芝から船で24時間、1週間に1度しか出ない船に飛び乗って向かった未踏の地。私が離島に行くことになるなんて、半年前の自分は全く想像していなかった。
「大学生活もあと半分しかないとか、信じられないよねーー。」
2023年の春、私は大学3年生になった。大学生活が折り返し地点を迎え、そろそろ現実を見なければいけないという空気が漂ってきた、どんよりとした春。就活だ、院進だ、留学だ…と徐々に周りが将来について語り出す中、私はただ悶々と、自分の未来の不透明さに思い悩んでいた。大きな目標も、叶えたい夢も、特にない。かといって、バックパックで世界一周自分探しの旅をするようなバイタリティがあるわけでもない。でもなんとなく、このまま普通に就活して普通の企業に就職したくない。かも。
そんな大学生にありがちな悩みを抱えていた私は、現実逃避のためにとりあえず本を読むことにした。小さい頃から読書は好きだったけれど、大学生になってからは気が向いたときに読む程度で、半年に10冊読めば多い方だった。久々に図書館に行って借りたのは、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」。名作中の名作である。なんとなく手にとったこの本が私を大きく突き動かすことなど、この時の私は全く想像していなかった。
レイチェル・カーソンのやさしく温かい文章に触れ、自分の感性と真正面から向きあった。大学生になってから、私はどれくらいワクワクしてきただろうか。未知なものや神秘的なものに目を見張り、新たな発見を喜び、知的好奇心に従って生きる、そんな純粋な感性を、いつの間にか失っていなかっただろうか。私にとって、「面白い」って何だっただろうか。
自問し続ける中で、高校時代の自分を思い出した。大学受験に向けて毎日机にかじりついていた、高3の1年間。暗記や音読などの単純な作業が続くのが苦しくて、勉強が嫌いになりそうなこともあった。しかし、それでも粘り強く続けられたのは、「勉強って面白い」という確かな実感があったからだ。
日本史の教科書に載っている目の細い貴族の自画像は、最初は全く興味が湧かなかったけれど、そんな淡白な絵からは到底想像できないドロドロの政治物語があって、栄華な和歌まで詠んでいるという発見にワクワクした。生物の細胞の仕組みなんて知らなくても生きていけるだろうと思っていたけれど、こんなにも多くの粒々が集まって初めて自分が生きているんだと思ったらなんだか感動した。
こうやって知的好奇心がくすぐられる経験を積み重ねていく中で、勉強の魅力に確かに引き込まれていった。当時は受験勉強から逃避したかっただけだったのかもしれないけれど、気づけば学ぶことに対して前向きになっていた自分がいた。
そうやってなんとか乗り越えて無事掴むことができた、大学生活。だったはずなのに、目の前のことに精一杯になっているうちに、いつのまにか知的好奇心が麻痺しかけていたことに気づいた。本来の私って、もっと面白いんじゃなかったっけ。そう思って、自分の知的好奇心に従って生きようと決めた。
そこからは、ひたすら自分が面白いと思うモノ・コトに敏感になることをモットーに生活するようになった。サボテンがかわいい!と思ったらサボテンの本を1冊読み、仏像っておもろい!と思ったら仏像を見るために博物館巡りをし、そうだ京都行こう!と思い立ったら京都に1人で行ってみた。そうしたら、自分が徐々に研ぎ澄まされていくような感覚があって、毎日の幸福度も確実に上がっていった。
そうして生活しているうち出会ったのが、島だった。きっかけは大学の授業で教授がさらっと放った一言である。
「そういえば、日本以外にも日本語が公用語の島国があるんですよね、まぁ気になる人は調べてみてください、はい、それでは…」
ん?日本語を公用語とする国が、日本以外にあるのか?本当かそれは。衝撃を受けた私は早速Googleで検索してみた。検索結果に表示されたのは、パラオという聞いたこともない国だった。オセアニアに浮かぶ小さな島国。日本に委任統治された過去を持つ国である。パラオについての本を読み漁る中で、私はここに行きたい!と強く思った。
知的好奇心に従うことを決めた私は、早速航空券を取ろうと飛行機の予約ページを探した。日本に統治されたこともある島国だし、割とサクッと行けるのではないかと思っていたが、現実はそう甘くはなかった。大学生のバイト代程度の稼ぎでは、すぐに出せる金額ではなかった。
悔しかった。島国に行きたい、そんな衝動と好奇心を抑えられなくなった私は、どうにかしてこの想いを発散するために考えた。
「日本 島 遠い」
悩んだ末にGoogle検索で入力してみたのが、この3ワードだった。遠く離れた日本の島に行こうと決めた。ヒットした島がいくつかあったが、その中でピンときたのが、父島だった。「竹芝から船で24時間」「1週間に1,2便しか出ていない」というワードにワクワクした。未知の領域である。
早速船のチケットを取って、宿を予約した。ツアーは現地で予約できそうだったので取らず、計画ゼロで迎えた出航当日。不安と期待が入り混じった久々の高揚感に、1人にやけていた。まるで遠足みたいだった。
行きの船に乗り、これから24時間何をしようかと考えていたその時、隣の若い女性に声を掛けられた。
「こんにちは!1人旅ですか?」
「そうです!」
「私も1人旅なんです!良かったらデッキに出て一緒に海見に行きませんか?」
「ぜひ!行きましょう!」
旅が始まった。ワクワクしながらデッキに出て、2人で海を眺めながら話した。互いに名前も知らないのに、気づいたら2時間話し込んでいた。普段友達や家族には言えないようなことを、なぜかその人には話すことができた。夏の海風を浴びながら、互いの過去や今の悩み、父島に行こうと思った理由など、思うままに吐き出していった。
24時間の船旅はあっという間に過ぎ、ついに父島に到着した。船を下りたその瞬間、竹芝とは全く違う、島の空気がふっと身体を包み込んだ。ここが、父島だ。
この島で、私はどんな旅を紡ぐのだろうか。ここに来なければ出会えなかった景色、人、感覚と出会った私は、一体何を思うのだろうか。自分の好奇心の種はどこに落ちているか分からない。自分がこれから何に突き動かされ、何に感動し、どんな歩き方をするかなんて、想像もつかない。でもだからこそ、この旅は面白い。私はこれから、未知の存在にどれくらい出会えるだろうか。ワクワクが止まらない。