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本物を伝える。本物とつなぐ。

前回の投稿から少し時間が空いてしまいました。
この一週間ほどで、黒戸尾根往復→東京往復→黒戸尾根往復→北杜市内で取材→東京往復(イマココ)→赤岳鉱泉アイスキャンディフェスティバルと移動距離と消費体力がとんでもないことになっているので、トレーニングはお休みにして、体力温存のために睡眠に集中していました。
おかげで何とか終盤を迎えることができました。やはり休息は大事ですね。

さて、今回は1月29日月曜日に開催した「ヒマラヤキャンプ2023報告会」で感じたことを書きたいと思います。

報告会の様子

タイトルである「本物を伝える。本物とつなぐ。」という言葉は、会場を提供してくださった日本用品株式会社さんのミッションです。日本用品株式会社さんは、日本でLA SPORTIVAという世界的に有名なアウトドアブランドを展開している会社です。

2015年から始めた「ヒマラヤキャンプ」という取り組みが今年で10年目を迎え、改めて「本物を伝える」ことの重要性を感じています。


○学生時代のインターンシップで感じた違和感

実は大学生の選考は、「野外教育」でした。

https://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/education/course/outdoor/

野外教育とは文字通り、野外活動体験を教育的にプログラムしたもので、アメリカを中心に世界中で展開されています。
信州大学に進学した理由は「山岳会に入るため」で学部はどこでも良かったのですが、たまたま教育学部に野外活動専攻(後の野外教育コース)ができた年で、「野外活動」という四文字に心躍って志願することにしました。

学生時代は自分たちの野外活動体験の幅を広げるだけでなく、子どもキャンプを主宰したりと実践的な機会に恵まれて大変良い時間を過ごすことができました。その中で、世界的にも有名な野外教育団体に、インターンシップでお世話になる機会がありました。

確か5日間ぐらいで構成されていたプログラムでした。
プログラムの最後は、自転車で2日間かけて目的地に行くというものでしたが、最終日は雨の中で必死になって自転車を漕いでいたことを今でも覚えています。

総じて素晴らしいプログラムでしたが、ひとつだけ思いっきり違和感を感じるものがありました。それがロッククライミングでした。
参加者は10名ほどでしたが、ロッククライミングをしたことがある人はほとんどいませんでした。登る場所にもよりますが、プログラムが展開された岩場は初心者にとっては決して易しくないものでした。

ロッククライミングは安全のため、ロープを用いて登ります。
安全を確保する方法はいろいろありますが、今回のような初心者向けの体験に一般的に使われている方法が「トップロープ」という方法です。

最上部にロープの折返しがあり、クライマーが万が一滑り落ちても、ビレイヤー(確保者)が専用の器具を使って直ちにロープをロックできるので、大きく落ちることもありません。

このプログラムのゴールは、自らの力で肉体的な困難を乗り越える体験をすることです。安全を確保することは全く否定しません。むしろ必要なことです。しかしこのとき、参加者に登り切ることを体験してもらうため、インストラクターがロープの力で参加者を引き上げているシーンが多々ありました。

ロッククライミング的には、この状態で登れても当然登ったことにはなりません。しかしそのプログラムでは、どんな手段を用いても、終了点にタッチすることをよしとしていました。そして登りきったことを称賛する。。。
完全にウソやろと思いながらその光景を見ていました。

○ヒマラヤの未踏峰に挑戦するプロジェクト

ヒマラヤキャンプは、ヒマラヤを始めとする海外登山の分野で、私自身が先輩方から受け継いだものや自ら経験してきたことを、できる限り後輩たちに伝えていきたいと思い、2015年に始めたプロジェクトです。

振り返れば信州大学山岳会2年のとき、ちょうど二十歳のときに一年休学をし、当時未踏峰であったラトナチュリ(7035m)登山隊に参加させていただく機会を得ました。
まだ登山経験は浅く未熟であったことは言うまでもありませんが、先輩方が快く受け入れてくださったことで実現した初めての海外登山。そこで先輩たちから多くを学び、かけがえのない経験を積むことができました。このときの経験が今日の礎となっています。

未踏峰ラトナチュリの山頂にて

しかし時代は流れ、社会人山岳会や大学山岳部などの既存の山岳組織の弱体化が進み、先輩から後輩へ受け継がれていた技術や経験の継承が途絶えるようになってしまったと感じています。

このことに危機感を持つようになり、若年者がヒマラヤを始めとした海外登山を経験する場、そして登山経験を積み上げる場としての受け皿が必要であると考え、このプロジェクトを立ち上げることにしました。

これまでに、2015年秋、2016年秋、2018年春、2022年秋、そして2023年秋の5度にわたってネパール・ヒマラヤに登山隊を送り、下記の通り実績を積み上げてきました。

2015年 ランダック(6220m)東面からの初登攀(3名))、ランシャール(6224m)第二登(2名)
2016年 ロールワリンカン(6664m)全員初登頂(6名)
2018年 パンカールヒマール(6264m)全員初登頂(6名)
2022年 プンギ(6524m)6150m地点まで(3名)
2023年 シャルプーⅥ(6076m)6000m地点まで(3名)

○ヒマラヤキャンプの目的

このプロジェクトの目的は次の3点です。これらに力を入れて継続的に取り組み、我々が先輩登山者から受け継いできたものや自ら経験してきたことを、 若手にしっかりと継承できるプロジェクトに成長させたいと考えています。

ヒマラヤ未踏峰登山のチャンスを作る

これだけ情報化が進んだ世の中で、情報がないということは最高の贅沢であると言えるます。有名な山は登山者が多く、多くの登山記録や写真・映像が存在し、事前にあらゆる情報を得た上で登山を行うこになります。
しかし未踏峰は未知の要素が大きく、現地であらゆる判断をして行動を起こさなければなりません。山の難易度に関わらず、この経験は未踏峰でしかできないかけがえのないものです。ヒマラヤキャンプでは未踏峰に挑戦することにこだわっています。

海外登山に関心がある若手が集う場を作ること

既存組織が弱体化していることから、海外登山の意欲はあってもパートナーに恵まれない若手が存在します。そんな若手が集う受け皿を作り、さらなる活動のきっかけになるような場を作りたいと思っています。

費用を含め、できるだけ手厚いバックアップができる組織体制を構築すること

私も学生だった頃は、個人負担金を最低限に抑えていただき、経済的な参加ハードルを下げていただいたことで初めてのヒマラヤが近づきました。いまは円安で非常に不利な状況でもあります。できるだけ手厚くバックアップすることで初期の活動を支援し、継続的な活動につながるように支援体制を構築したいと思っています。

現在は日本山岳会が母体

2019年よりプロジェクトをより持続的なものとするため、公益社団法人日本山岳会の創立120周年記念事業として受け入れていただきました。
育成事業は一過性では効果がなく、継続が求められます。そのためには、個人ではなく組織のプロジェクトでなければならないと考えました。

日本山岳会は日本で最も歴史がある山岳会であり公益社団法人でもあることから、その受け皿に最もふさわしいと考え、受け入れのお願いをした次第です。
今後も日本山岳会がこれまで積み上げてきた歴史や知的財産を次の世代に継承し、他国山岳団体との連携や各支部各委員会等のネットワークを活用して、組織的に次世代の支援をしていただきたいと考えています。

○本物を伝える意味

ヒマラヤキャンプで経験することは全て「本物」です。

目標とするピークを自分たちで調べ上げて設定し(課題設定)、そのためのトレーニングやミーティングを積み重ね(プロセス)、実際にヒマラヤに行ってからは、解像度が上がった課題に対して都度計画の修正を重ね、さらに天候悪化や体調不良、さらには予定通り進まないスケジュールとの心理的な戦い。。。(実行)

単純にヒマラヤのピークに登るという「成功体験」をしたいのであれば、何も未踏峰に行く必要はありません。いまやエベレストをはじめとした、世界中にある14座の8000m峰の全てがガイド登山で登れる時代になっていますし、6000mや7000mクラスの山々でも比較的登山者が多く登りやすいピークはたくさんあります。

このあたりは木下斉さんのVoicy対談でも触れていますのでぜひお聞きください。

しかしヒマラヤキャンプは挑戦をするプロセスを重視しています。そして実践することに意味があります。
現地で感じるまさに命のプレッシャー、メンタルとの向き合い、ストレスとの戦い。その全ての経験が尊いものだと思います。

昨年秋は55日間の遠征期間のうち、私も30日間だけ同行することができましたが、登山に費やしたほとんどの時間を初ヒマラヤの3人で過ごしました。

未踏のシャルプーⅥと向き合い、少しづつヴェールを剥がしながら前に進んでいましたが、あと一歩及びませんでした。結果としてシャルプーⅥの山頂には立てませんでしたが、未踏峰と向き合った時間はかけがえのない時間だったに違いないはずです。

ヒマラヤキャンプ2023メンバー

もちろん登れなかった悔しさはとても大きいと思いますが、やり切ったという思いも大きかった気がします。
そういう登山はなかなか経験できません。それが経験できて本当に良かったと思っています。

ヒマラヤキャンプに参加したメンバーが、これからもヒマラヤ登山を続けるかどうかは問題ではありません。もちろんそうなってくれたら嬉しいですが、そうなる人はほんの一握りであることは最初から分かっています。しかし未踏峰と向き合った唯一無二の経験は、きっと今後の人生に活かされる経験だったと思います。

今年も来年も、若手登山者とともにヒマラヤの未踏峰に挑みます。


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花谷泰広
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