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彼に、残されたもの #9「ゲームセンター」

ヒュン

か細い音がして、灯が灯ると、眼前に広がるのは、大きなスクリーン
そして、「よくある懐かしアニメの管制室」みたいな操作板

ここしばらく俺が入り浸っている、この部屋。
ほのかにかおる、鉄錆の匂い。
掃除担当者が多忙を極めているのは今に始まった事ではないのだけれど。

「映画さながらの大スクリーン」でゲームをプレイできる!との触れ込みのこの部屋だが、それよりもやっぱりこれ。部屋の中心あたりに立って、足元にあるスイッチを爪先でタップすると、床下から装備が乗せられたワゴンが迫り上がってくる。

慣れ切った手つきでそれを身につけたら、今日のお楽しみだ。
さあ、今日は何をしよう。
棒術で無双をするか、モンスターを蹂躙するか、それとも敵を撃ちまくるか
浮き上がってくる選択画面。
無数のタイトルがそこには並ぶ。

話によると、ゲームこそが地球上の最大の遺産だ! と主張する誰かが作り上げた古今東西のゲームたちの集大成だということだが、これだけの数ご苦労なことだ。まあ、その恩恵をバリバリに受けまくってるのこの俺なんだけどな。ほぼ実体験・体感に近い形のVRでプレイできるタイトルは残念ながらそこまで数はないけれども、十分だ。

よし、今日はやっぱり棒術にしよう。
いや、たまには剣でも使ってみようかな
あの、こう、ずっしりとヒットする感じがたまらんからな。
前に枕叩いてみたけど全然違ったもんな……こっちのが、断然、イイ。

「おう、お疲れ」

突然、真後ろあたりから声がかかる。
「おう、ツヴァイ。お疲れ」
振り返りもせずに返事をした僕の肩に手をかけて、ツヴァイが選択画面を覗き込んだのがわかる。
「今日は何するんだい?」
つまらなそうな口調で、訊かれた。
「棒術で無双しようかなと。おまえもくるか? タッグプレイもあっただろアレ」
「いや、俺それ飽きたわ。畑にいくよ。カボチャとピーマンがそろそろなんだ」
「ああ、カボチャってあの黄色いやつだろ。俺あんま好きじゃない」
「知ってるし。ピーマンもだろ?」
「あの苦い緑のやつだろ? 誰があんなの気にいるんだよ」
「本物食べたら違うかもしれないぞ?」

「VRで食えるわけでもねーし」
「ま、そうだな」
そう言って手をひらひらさせながらツヴァイは行ってしまった。

最近彼はものすごい付き合いが悪い。
無双だって殲滅戦だっていっつもずっと一緒にいてくれて教えてくれたのはツヴァイなのにさ。つまんねぇ。

そもそもあいつくらいしか話し相手がいないのがつまんねぇんだよ……
もう一人呼び出しちまおうか。次はドライ、か。
……待てよ? 一人じゃなくてよくないか? それこそ100人くらい呼び出してガチリアルで棒術で無双すんの。キマッった動きしかしないゲームのモブキャラには飽きたしそれがいいかもしれない。時間は有り余るほどあるから、100人分のデータ作っちゃうのも楽しいかもしれない……いいな、それ。資料室からデータ持ってくれば楽だしな。

そう思ってたらニヤケてきた。
ツヴァイも俺が資料室に行ったとか聴いたら喜んで静かになるだろうしな
資料とか本とかさ、読むのめんどくせえし、面白くないんだよな。
映画とか、テレビ番組? もさぁ、見てるだけって退屈じゃん? 
やっぱ、ゲームが一番楽しいもんな。

はーーー、いつか、たくさん人間がいるとこに行ったらこんなふうに撃ったり殴ったりして倒したいなぁーー!!! 絶対めっちゃ興奮すると思うんだよな。こんな重さじゃないんだろうな、打撃も。

実際にあんな風に隠れてさ
忍び寄って物陰から攻撃してさ
銃弾が掠ったりするの避けてさ
ああー! 楽しみ!! 
リアルなのは格別だろうな……


この船に、誰もいなくなってからもう数年が経とうとしていた。
残っていたのはもはや当時幼かった彼のみになってしまった。
全自動で清掃し、3食用意され、リアルな人間の姿をとる健康等管理システムを備えたこの船の中で、彼はそだち、生きてきたのだ。彼と過ごした最後の一人の生きた人間も少年で、ある日完全に活動を止めたのが確認された。その途端掃除システムがその体をどこかに持ち去ったため、彼は一切「その場」を見ていないのだ。


そこにあるのは、危害を加えても何食わぬ顔で受け止め、すぐに復活してくるお世話係の彼らだけ。ほぼ完全に守られている彼は、指先のささくれすらも起したことがない。


この船の行き先は、誰も知らない。
この船の住人たちが、どうなったのかも


そして血を流すことを知らない彼は、夢を見る
たくさんの人間に囲まれる夢を。
無数の屍を処理した船の中で
彼らを、叩きのめす、甘い甘い夢を。
夢見ることのない、アバターたちの中で、リアルを求めて


この船の行き先は、誰も知らない。
そんな、人のいる場所がまだ残っているのかも、誰も、知らない。

サポートいただけたらムスメズに美味しいもの食べさせるか、わたしがドトります。 小躍りしながら。