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自分の代わりはいくらでもいる

最近気がついたことがあります
 
自分の原動力となっているのは
 
自分の代わりはいくらでもいる
 
そういう不安なんじゃないかと
 
あっ家族や友人関係の話じゃないです
それは代わりなんていないと思っています
自分の事を好きでいてくれたり
仲良くしてくれたり
 
血の繋がりとかはどうでもよくて
その1人1人と向かい合ったり、過ごしてきた
時間があり
 
それはお互いに代わる人なんていないです
 
 
まぁでもその関係を崩したくない
好きでいてもらうために
 
自分の代わりはいくらでもいるから
勉強しなきゃとかやることやらなきゃとか
 
常にアップデートを目指す
 
結局根本は
それが原動力になっているということです
 
 
なぜ
自分の代わりはいくらでもいる
と思ったかというと
 
自分の出来ることは
 
全て人に説明できて、時間を使えば
理解させる事ができるからです
 
 
つまり自分じゃなくても、できるような事
しかしてないという事です
 
もちろん、お金をもらっているような
仕事や技術は自分のクオリティまで引き上げるのは時間がかかりますが
だとしても自分以外にできないことはないです
 
なので色んな事を学び続けて
工夫して、磨き続けなくてはいけない
 
 
自分の中で1番の不安は
 
何も変わってない事
何も生み出してない事
停滞している事
それによって
役に立たない
必要とされなくなる
 
1つ前のブログに
 
何も変わってない事はないし
進んでますって
だから大丈夫って書いてるくせに
 
なんだよこの文章って思うかもしれませんが
 
 
事実上変わってたり
進んでるんですが
 
自分の基準としては
変化とか進んでる感覚ではないという事です
 
 
それがあるから、自分を焚き付けて
行動に移せるのかなって思いました
 
 
自分の感覚
 
それを持ってる人は本当にすごいなぁと
真似できない
 
自分の友人でも
美的感覚に優れてる人がいて
もちろん経験や学んでる事もあると
思うんですが
 
この人に何が合うかというのは
感覚でわかるって言っていました
 
理論ではなく
パッと見てこれが合うとか
こういうのが良いとか
 
本当にすごい事だと思う
 
そういう人達は時代や流れに
合う合わないは別として
 
代わりはいないのかなぁって思います
 
良い悪いじゃなく
ポジティブネガティブじゃなく
 
原動力はこういう事で
 
その不安にさらされるから
成長しようと思えるので
 
これで自分は良いと思ってます
 
人は自分の中の
不安を取り除くために
学び努力するものだと
思っています
 
その経験がみんなもってるから
良いものには必ず苦労がある
それを含めて
惹きつけられたり
好きになるのかなぁって思いました
 
でわまた^_^
 
 
 
 

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