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名古屋ひとり旅

思い立って名古屋に行く。

前日は深夜まで友達と飲んでいたが、最近、夜型が定着していたので、これを良い機会に通常に戻したい。徹夜敢行である。

名古屋は、何年も前、中日新聞の説明会で行ったことがあるだけで、実質初めてみたいなものだ。本と着替えと小物類だけ入れて、いつものトートバッグで家を出る。

天気が良い。朝のさわやかな感じは久しぶりで、木々が青々と茂っている。朝はこんなに美しかったのか。

京都駅。新快速に乗るが激混み。通勤通学の人でいっぱいだ。そういえば月曜日だった。草津を過ぎたあたりからようやく座れたが、通学の高校生はみなゲームをしている。米原で乗り換え、一時間ほどで名古屋に着く。

眠いのでコーヒーをとスタバへ。ビルの15階にあるリザーブ店に行ってみる。テラス席は眺望が素晴らしく、朝から優雅な気分に浸る。横でセレブのママ友たちが談笑している。これから子どもを連れてレゴランドに行くらしい。やたらアメリカだ日本だ東京だと固有名詞を挙げている。絵に描いたような成金妻だ。

名駅のスタバ。テラス席。名古屋はスタバが非常に多い印象で、調べてみると大阪より多い。
これにコメダ珈琲店も加わることを考えると、名古屋はかなりの喫茶天国といってよさそうだ

日差しが強い。晴れの予報だったから持ってこなかったが、やっぱり折り畳み傘があった方がよかったかもしれないと若干の後悔を抱く。

栄の方に向かってひたすら歩く。名古屋は道が広く歩きやすい。堅気のサラリーマンが多い印象だが、サッポロ黒ラベルを片手になにやら独り言をごちている正装の中年男性もいた。ソープ街付近だったので、まあ不思議ではないのかもしれない。

地下街やショッピングモールをぶらぶらする。昼時なので、至る所でお弁当が売られている。世の中には、自炊をしない人が思っている以上に多いのだなと改めて考えさせられる。サラリーマンはともかく、年金生活者らしき老人も競って買い求めている。自炊しない人間を想定して、これだけの食事を「大量生産」して成り立つ都市経済というのは、今更ながら改めて驚きに値する。いや、今でこそ偉そうに書いているが、僕も子どもの頃は料理というのがひとつの「魔法」に見えていたし、あるいは料理には必ず名前があるものだと思っていた。今では毎日自炊するようになり、それが普通になったが、しかし、ただの食材が美味しい料理に化けるというのは、簡単なようで実はそんなに簡単なことじゃないのだ。そうでなければ、申し訳程度の弁当に600円とか700円の値札をつけてこんなに大量に売れるはずがない。

ショッピングモールで天ぷらを食べ、ウェルビーというサウナ施設に向かう。今夜はここのカプセルで泊まる。横の喫茶店が妙に気になったので入店。ル・ドーモという店。暗めの照明で雰囲気がいい。コーヒーを注文すると、ものの30秒で出された。さっきの天ぷら屋もそうだったが、名古屋はサーヴが早い。早すぎる。そして体感、客もさっさと食べてさっさと出ていく印象がある。名古屋人はせっかちなのか。

早く出されるせいか、クオリティを追求しすぎない感じもある。名古屋発祥のコメダ珈琲店も、フルサービス型のカフェではあるが、コーヒー自体は、工場のものを温めるだけで、味に特徴があるわけではない。それでいて、値段はしっかりとる。コンビニやセルフ型のカフェでは「早かろう安かろう」であるが、名古屋のサービス業は「早かろう高かろう」として差別化できるのかもしれない。飲食業界の中でも、コメダ珈琲店の平均年収は1000万円近くと突出しているようだが、その理由の一端はこんなところにもあるのでは、とあれこれ思案する。

それにしても、やはり眠い。ウェルビーにチェックインし、さっそくサウナへ。北欧オマージュがそこはかとなく感じられる。水風呂も冷たすぎず、心地よかった。中日ドラゴンズの選手専用のロッカーがあり、さすが地元だと感心させられた。

この日は、館内の食事処で油そばを食べて、寝た。


二日目。10時くらいに起き、朝風呂に入ってからチェックアウト。陽光が眩しい。大須まで歩く。

矢場町。矢場とんの大きなビルが目をひく。大須は栄や伏見と違って雑多な雰囲気だ。電気街のようでもあり、大阪の日本橋に似ているかもしれない。あるいは浅草の下町風情も感じられる。

サノヤにて、破格の250円弁当

コンパルで休憩する。NHKの「ドキュメント72時間」で取り上げられていて気になっていた喫茶店だ。モーニングは間に合わなかったのでランチを注文する。メンチカツサンドのセット。コーヒーがものすごく濃い。思わずミルクを投入した。メンチカツサンドは大変ボリューミーで、お腹がいっぱいになった。

レトロクラシックな店だが、BGMはアニソンが流れている。お客さんも十人十色で並一通りでない。中日新聞を読んでいると、名古屋の百貨店の売上に関する記事があった。やはり高島屋が強く、隣接する名鉄百貨店の6倍近くある。星ヶ丘という少し外れたところにも松坂屋があるらしい。午後は星ヶ丘に行ってみるか。

商店街をぶらぶら歩く。大須観音の鳩はものすごく、エサをやろうとしている男に大挙襲来していた。歩きながら、インバウンド前の日本ってこんな感じだったなとふと思う。ほぼ内需だけで回す経済の姿の一例がここにある。京都の街中だと、外を出歩いている人の7割は外国人なんじゃないかという体感すらあるが、名古屋ではふつうに日本人が歩いている。当然、店の商品や売り方も地元の人間に向けたものになる。路地の八百屋や魚屋も、懐かしい匂いと雰囲気があって、好ましく感じた。

鶴舞まで歩き、電車で星ヶ丘に行く。女子大生らしき人並みが後を絶えない。全員とすれ違った先に、椙山女学園という大学があった。星が丘テラスというショッピングモールが坂に沿って根を張っていたが、都心の駅中でしか見たことのないスープストックトーキョーをはじめ、女子を「搾取」する気満々の高感度系のお店が軒を連ねる。坂を登り、東山のハイキングコースを少しだけ散策し、戻ってカフェで休憩した。

夜はいろいろゴタゴタしたが、結局、金山の酒場に落ち着いた。日本酒の種類がものすごい。紀土と赤武を飲ませてもらう。水なすが疲れた体にちょうどよかったし、豚の角煮はしっかり煮込まれていて、優しい味わいだった。この日は笠寺のスパリゾートで宿泊した。

空 SORA 金山店。横の客が中日ドラゴンズの自虐話で盛り上がっている


三日目。リクライナーで目覚める。朝風呂。初日のウェルビーもそうだったが、名古屋の温泉は、通常の水風呂に加えてアイスルームがあるのが特徴なのだろうか。水風呂ほど芯まで来る感じがなく、京都でも流行らせてほしいくらいだ。炭酸風呂もよかった。髪がしっとりとなった。

金山のコメダでモーニングを食べ、名港線で港区役所駅へ。蔦屋書店を物色する。とくにてらった感じもなく、スタンダードな蔦屋書店だ。

『お金の向こうに人がいる』という本を手に取って少し読んでみる。人の重要性。しかし現代では、お金の向こうにいる人たちの「マーケティング」によって、欲しくないものまで欲しいと思わせられているのも事実である。お金の向こうで働いてくれる人がいなくなったらいなくなったで、案外困らない仕事も(客観的には)けっこう多そうに見える。

お金の向こう側だけじゃなく「こちら側」にも当然人がいるわけで、つまり消費者、お客さんだけど、こちら側の人間が消費社会に疲弊した挙句、「いっそ自前でやったらよくない?」と発想を転換すれば、そもそもお金を使って誰かになんとかしてもらおうという動機も弱まる。「値札のついた商品がなければ自分たちで用意すればいい」の精神だ。まあ逆にいうと、こんな精神の可能性が下支えしているからこそ、我々は安心して消費社会にのめり込むことができる、ということなのかもしれない。

隣のららぽーと。この港区界隈は、大阪でいえば門真に近いというネット記事を見かけたが、それはららぽーとがあるせいか。モールの中に保育園がある。ショッピングモールは、よく観察していると、単なる消費の場所ではなく、塾や英語教室など、子どもの教育の場としても機能している(診療所なんかも入ってますね)。子どものときから消費生活に適応させようという大人のイヤな思惑が垣間見えもする一方、最近読んだ岩村暢子さんの『ぼっちな食卓』という本で言及されていたように、ショッピングモールは、ママが子どもを預けて「自分に戻る」ための格好のロケーションになっているのではないかとも考えられる。ママという役割から一時的に解放されたいという需要が、偶然か意図的かはわからないが、ちょうどマッチングしているのかもしれない。

夕方。そろそろ帰らないといけない。電車に乗って伏見へ。居酒屋探訪家の太田和彦さんが紹介していた大甚本店へ。年季の入った保守本流な感じの酒場。入口の札には「創業明治40年」とある。すごい歴史。ここまで古い酒場は初めてだ。

伏見の大甚本店。思わずため息が出る

店内はほぼ満席で、人がごった返している。平日の16時すぎでこの賑わいは感心するほかない。年季の入った木のテーブルに、相席で座らせてもらう。京都でいうと、千本中立売の「神馬」に似た雰囲気か。

酒を熱燗で頼むと、用意してあるのがすぐに出てくる。賀茂鶴の樽酒。ここは自分で取りに行くスタイルなので、カウンターに数多並べられた小鉢を物色しに行く。肝煮とほたるいかを選んだ。

まだ明るいうちから、徳利を上げ下げしながら酒が飲めるというのは格別だ。旅に来ているのに、あたかも地元の人間のように空間に溶け込んでいる・・そんな気持ちにさせてくれる。もちろん長居する店ではない。だが、酒はしっかり樽香が馴染んでいて味わいが深いし、何より普通に頼んだはずなのに二合徳利ときている。追加でじゃがバター的なのを取ってきて酒のアテにする。

会計は2000円しなかった。ブランドものっぽい黒縁メガネをかけた可愛らしいおじいさんに会計してもらう。顔ぶれ的に、この店は家族経営でやっているのだろうか。バイトの人たちも、キビキビと仕事されていた。次も必ず来たいと思う。

近くのパン屋でクロワッサンを買い、電車で帰宅した。良い旅だった。

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