『ロッスム万能ロボット会社』

『ロッスム万能ロボット会社』
原作:カレル・チャペック 翻訳:千野栄一 脚色:すがの公

<概要>第一次大戦後、チェコの作家カレル・チャペックが書いた歴史的予言作。この作品から「ロボット」という言葉が生まれた。

<あらすじ>優れたロボットを製造しているロッスムのユニバーサル・ロボット社。心を持たず疲労も知らないロボットたちは、安くて万能の労働力として世界中で雇用されていた。働く必要がなくなった人間は徐々に退化し、
ついには子どもが一人も産まれない世の中になってしまう。そんな時、意思を持ち始めた一部のロボットが反乱を起こし、 人類は絶滅の危機に・・・。人間の手助けなしでは増えられないロボットと、命を生み出すことができる人間。世界はいったいどうなってしまうのか・・・。機械文明が人類にもたらしたものとは・・・。

<序幕>

 社長室。社長のドミンが口述をし、秘書のスラがそれをタイプライターで翻訳しながら打っている。

ドミン「(『、、で輸送により破損した商品の保証はいたしかねます。当社の関知するところではございません。サイン、ロッスム万能ロボット社社長』できたか?」
スラ「はい」
ドミン「新しい紙を。ハンブルグ、フリードリッヒ製作所、日付『ロボット一万五千体の注文を間違いなく受け取りました。」

 内線電話が鳴る。ドミンが出る。

ドミン「もしもし、はい。ああ、いつもの通りで。電報を打ってください。結構(受話器をおく)どこまでだった?」
スラ「ロボット一万五千体の注文を間違いなく受け取りました」
ドミン「(考え込むように)ロボット一万五千体、、、ロボット一万五千体、、、」

 マリウス入ってくる

マリウス「ご婦人の方が用がおありとか(名刺を渡す)」
ドミン「(見て)お通ししなさい」
マリウス「お入りください」

 ヘレナ・グローリーが入ってくる。マリウスは出て行く。

ドミン「(立ち上がり)どうぞ」
ヘレナ「社長のドミンさんでらっしゃいますわね?」
ドミン「さようです」
ヘレナ「お願いがあってうかがったのですが」
ドミン「グローリー会長の名刺をご持参で。それで十分です」
ヘレナ「娘のヘレナ・グローリーです」
ドミン「グローリー様、私どもには大変、えー、大変なことです」
ヘレナ「私に『どうぞお引き取りを』とおっしゃれないのがでしょう?」
ドミン「大変名誉なことです。偉大な会長のお嬢様にご挨拶申し上げられることがです。どうぞおかけください、スラ、下がれ」

 スラは出ていく。ドミン、ヘレナ、こしかける。

ヘレナ「私が参りましたのは」
ドミン「私どもの人間製造工場をごらんになるためで。どなた様もそうです。どうぞ、ごらんください」
ヘレナ「まぁ!見学は」
ドミン「禁止です。人造人間の製造は企業秘密です。しかし、おいでになる方はどなたかの紹介状をお持ちですので」
ヘレナ「もしも私がこんなにそのことに、」
ドミン「無理もありません。ヨーロパ旧大陸はこのことで持ち切りです」
ヘレナ「どうして私の言おうとしていることを終わりまで話させてくださらなないの?」
ドミン「皆様同じことをお聞きになるからです(立ち上がる)特別な敬意のしるしに他の方よりも多くお目にかけましょう」
ヘレナ「どうもありがとう!」
ドミン「ごく些細なことといえども、誰にもお話にならないとお約束いただけますか?」
ヘレナ「(立ち上がり、手を差し出す)ええ絶対に」
ドミン「ベールをおとりになったらいかがでしょうか?」
ヘレナ「慎重な方。私がスパイでないか、ごらんになりたいんでしょう?」

 ヘレナ、ベールをとる。
 ドミン、ほれる

ドミン「(興奮の面持ちでヘレナを観察しながら)ふむ、、なるほど、、私どもは、、、、そうです、、、ええ、、ふーむ」
ヘレナ「信用されないのね?」
ドミン「とんでもない!!」
ヘレナ「?」
ドミン「(取り繕い)えーと、(思いついた)航海は順調で?グローリー様」
ヘレナ「ええ」
ドミン「お見かけした所、とても、ふむ、お若い」
ヘレナ「すぐ工場にはまいれますの?」
ドミン「はい?あ、はいそれはもちろん」
ヘレナ「良かった」
ドミン「二十二でございましょう?」
ヘレナ「二十二って、何が?」
ドミン「お歳が」
ヘレナ「二十一です」
ドミン「!!(驚愕歓喜を押し殺す)」
ヘレナ「なぜそんなことをお知りになりたいの?」
ドミン「なぜって!、、えーと、、すなわち(感激がだらしなくにじみでる)ごゆっくり滞在願えるのでしょうね?」
ヘレナ「工場のどこをお見せいただけるかによりますわ」
ドミン「悪魔の生産工程め!ええ、もちろんですともグローリー様!なにもかもごらんになれますとも!どうぞおかけください!発明の歴史に興味がおありですか?」
ヘレナ「(席につく)お願いします」
ドミン「それでは」

 机に腰をかけ、うっとりとヘレナを見ながら口早に歴史をのべる

ドミン「一九二〇年のことでした。偉大な哲学者で当時は若い研究者だったロッスム老人が海の動物を研究するためにこの遠い島へやってきました。彼はプロトプラズマと呼ばれる生きた物質を化学合成によって似せて作ることを試みたのです。ピリオド。ところがある時、化学的にはまったく異なった構造であるにもかかわらずまるで生き物であるかのような物質を発見したのです。それは一九三二年のことでちょうどアメリカ大陸発見から四百四十年のことでした。くたびれた」
ヘレナ「それをみんな暗記なさっているの?」
ドミン「生理学は私の得意な分野ではございませんもので。つづけますか?」
ヘレナ「よろしければ」
ドミン「(うやうやしく)その時、彼は自分の化学方程式の中に『自然は生き物を創るのに一つの方法しか発見しなかった。しかしそれよりも簡単で、柔軟性があり、手っ取り早いもう一つの方法がある。その方法で生命の発展がうまく進められるもう一つの道を私は今日見出した』と書いたのです。お嬢様、なんとロッスム老人はこの偉大な言葉を、犬も食べないようなコロイド状のゼリーの痰を眺めながら書いていたのです。考えてもみてください。試験管を前に座り、その中から生命の大きな樹が生え、輪虫のようなものから人間そのものまでの、ありとあらゆる動物が出てくることを考えていたのです。人間にといっても、われわれとは違う素材の人間なのです。これは偉大な瞬間だったのです」
ヘレナ「それからどうするんですか?」
ドミン「どうするんですって?つまり、その生命を試験管から取り出し、早く発達するようにし、いろいろな器官やら、骨やら神経、その他もろもろを作り、さまざまな物質、触媒とか酵素とかホルモンなんぞを見いだせばいいんです。おわかりですか?」
ヘレナ「ほ、ほんの少し」
ドミン「わたしにはまったくわかりません。その水みたいなもので何でも創れるのです。例えばソクラテスの頭脳を持ったくらげとか、五十メートルもあるミミズとかです。ところがいささかもユーモアを持ち合わせていなかったロッスム老人は、ごく当たり前の脊椎動物、あるいは人間とでも呼べるものを創ろうと考え、そして、それに取り組みました」
ヘレナ「何にですって?」
ドミン「自然の模倣にです。最初は『人造いぬ』を創ろうとしました。これは数年かかりましたが、出来たのは出来そこないの子牛みたいなもんで数日で死んでしまいました。博物館でお目にかけます。そして、それからはもうロッスム老人は人間の形成に取りかかったのです」

 間。

ヘレナ「このことは誰にももらしてはいけないのですか」
ドミン「世界の、誰一人にも」
ヘレナ「お気の毒ですが、もうどの教科書にも出ていますよ」
ドミン「ええ。お気の毒に。(机からピョンと降り、ヘレナの横に座る)でも教科書には何が書かれてないかご存知ですか?(自分のひたいをトントンとたたく)年寄りのロッスムが気違いだったということです。このことはあなた一人の秘密にしてください。あの、偏屈おやじは本気で人間を創ろうとしたんです!」
ヘレナ「あなたがたも現に人間を作っているじゃありませんか!」
ドミン「お嬢様。我々のは『人間もどき』です。」
ヘレナ「、、」
ドミン「ところがロッスム老人ときたら、文字通りそう考えたのです。科学的に。神を引きずりおろそうとしたのです。あの老人は唯物論者でした。だから何もかもやってみたのです。どんな神様も無用であるという証拠を出すことだけが大切だったのです!ですから、我々と髪の毛一筋違わない人間を作ろうと間がついたのです。あの老人はいろいろな線を一本残らず何もかも人間の身体にあるように作ろうと考えたのです。盲腸も、扁桃腺も、おへそも、無駄なものだらけです。そして、ええと、生殖腺までも、です」
ヘレナ「でもそれは、、、それはそのう」
ドミン「不必要ではありません。しかし、人間が人工的に生産されるということになると、つまり、無駄なものになるのです」
ヘレナ「、、、そうね」
ドミン「ロッスム老人が十年かけて作ったものを博物館でお見せします。それは男になるはずのものでしたが丸三日しか生きませんでした。ぞっとするような代物です。でも体内には人間の持っているものは何もかも入ってます。そしてそういう折に、ロッスム老人の甥の、ロッスム技師がここにやって来たのです。彼は天才的な頭脳の持ち主です。老人がやっていることを見るやいなや言いました。『人間を十年もかけて作るなんてナンセンス。自然よりも速く作れないなら、こんなくだらないものは全部やめにした方がいい』。そして自分で研究に取り組み始めました」
ヘレナ「教科書にはそんなこと書いてません」
ドミン「(立ち上がる)教科書にはロボットを発明したのはロッスム老人だと出ています。でも老人は工場の生産行程についは何も知りませんでした。彼は本物の人間を作ろうとしてたのですから。若いロッスムが来てはじめて、生命のある、頭脳程度の高い作業機械を作られたのです。二人の偉大なロッスムの共同作業という教科書の話は作りごとです。二人はしょっちゅう言い争いをしていました。年寄りの無神論者の方は工場というものに爪の垢ほどの理解もありません。そして結局、彼の考えるところの偉大な堕胎の研究をこねまわさせておけば良いからと、若いロッスムはが老人を実験室に閉じ込めてしまい、それから技術者としての生産をはじめたのです。ロッスム老人は若いロッスムをのろって実験室で死んでしまうまでにもう二体だけ、生理的な化け物を何とか作り出しました」
ヘレナ「二体?」
ドミン「ええ、二体だけ。これで話は終わりです」
ヘレナ「それで、若い方のかたは?」
ドミン「彼は新しい時代の人間です。認識の時代のあとの生産の時代の。人間の組織的構造を見てとるやいなや、これはあまりにも複雑だ、よい技師ならもっと簡単に作れると判断したのです。そこで組織を作り変え、何を取り除けるかあるいは簡単にできるかの実験を続けたのです。退屈じゃありませんか?」
ヘレナ「それどころかとても興味があります!」
ドミン「人間というものは、喜びを感ずるとか、バイオリンをひくとか、散歩にいくとか、そもそもいろいろ多くのこと、つまり、無駄なことをする必要があるのです」
ヘレナ「そうかしら!」
ドミン「ディーゼルエンジンには装飾はいりません。労働者を人工的に作るということはディーゼルエンジンを作るのと同じです。製造は出来る限り単純でなければならす、製品は実用的にベストでなければならないのです。ところで。どんな労働者が実用的に一番良い労働者とお考えですか?」
ヘレナ「一番いいのは、、きっとあの、きちんと仕事をする、そして、忠実な」
ドミン「そうではありません。一番安上がりのです。若いロッスムは経費のかからない労働者を作るために、労働に役に立たないものはすべて捨ててしまいました。つまり、人間をやめ、ロボットを作ったのです。ロボットは人間ではありません。機械的には私たちよりも完全で、素晴らしい理解力を備えております。ただ、魂というものを持っていないのです。グローリー様、技師の作り出したものの方が、自然の作り出したものよりも、技術的に完全なのです」
ヘレナ「人間は神のお創りになるものだといわれてます」
ドミン「神は近代的でモダンな技術については思っても見なかったのです。今は亡き若い方のロッスムが神の代役をしたなんて信じられますか?」
ヘレナ「どのようにですか?」
ドミン「スーパーロボットを作り始めたのです。労働する巨人です。背丈が四メートルもあるのを作ってみたのですが、このマンモスのようなやつが次々とつぶれていったさまを想像できますか?」
ヘレナ「つぶれていった、というと?」
ドミン「何の原因もnあいのに足やら何やらが破裂するんです。我々の惑星は巨人族には小さすぎるようです。それで今は自然の大きさのロボットで、かなり人間らしい格好のものだけを生産しております」
ヘレナ「私たちの町でも、最初の頃のロボットを観ました。役場が買った、、いえ、仕事のために雇い入れた」
ドミン「勝ったのですよ、お嬢様。ロボットは売買される物です」
ヘレナ「掃除夫として採用されました。とっても変で、とっても静かでした」
ドミン「私の秘書とお会いになりましたっけ?」
ヘレナ「?いえ」
ドミン「(ベルを鳴らす)ご存知と思いますがロッスム万能ロボット株式会社の工場はこれまえでのところ、均一の製品を生産しておりません。製品には繊細なロボットと荒削りのロボットがあります。良い方は三十年も生きると思います」
ヘレナ「死ぬのですか」
ドミン「はい。消耗してしまうんです」
ヘレナ「、、、」

 スラ登場

ドミン「スラ、ご挨拶を」
ヘレナ「(立ち上がり手を差しのべる)初めまして。こんな辺鄙なとことにきて、寂しくありません?」
ドミン「グローリー様、そのようなことは存じておりません。どうぞおかけください」
ヘレナ「(座る)ご出身はどちら?」
スラ「ここの工場です」
ヘレナ「ここでお生まれになったの?」
スラ「ここで、生産されたのです」
ヘレナ「(飛び上がる)なんですって!?」
ドミン「(笑いながら)お嬢様。スラはロボットなのです」
ヘレナ「あの、ごめんなさい」
ドミン「(スラの肩に手をおき)スラは怒りません。さ、どんな皮膚を我々が製造しているか見てください。触ってください」
ヘレナ「いえいえ!」
ドミン「私たちとは違う素材で作られているなんてお気づきにはならないでしょう。うぶ毛まであります。スラ、向こうを向いてごらん」
ヘレナ「もうやめてください!」
ドミン「スラ、お嬢様とお話しなさい。とても大切なお客様です」
スラ「どうぞ、お嬢様、おかけください」

 二人、すわる

スラ「ご旅行はいかがでしたか?」
ヘレナ「ええ、け、結構でしたわ」
スラ「アメーリエ号でお帰りにならない方がよろしくございません?青雨計の針はうんと下がって七〇五を指しております。ペンシルバーニア号をお待ちになったらいかがでしょう?この船ならとてもいい船で、とても強力な船ですから」
ドミン「どのくらいかね」
スラ「時速二十ノット。一万二千トンです」
ドミン「(笑いながら)スラ、フランス語がどれほど上手か見せてごらん」
ヘレナ「フランス語ができるの?」
スラ「四カ国語できます。Dear Sir! Monsieur! Geerter Herr! Cteny pane! 英・仏・独・チェコ語を書き分けます」
ヘレナ「いんちき!いかさまよ!あなたロボットじゃないわ。スラ、なんでこんな茶番劇をするの」
スラ「私は、ロボットです」
ヘレナ「嘘つかないで。スラ、宣伝のために無理にやらされてるのね。あなたは、あたしと同じ人間です。そうでしょ?」
ドミン「お気の毒ですが、スラはロボットです」
ヘレナ「嘘です!」
ドミン「なんですって?」

 ドミン、ベルを押す

ドミン「お嬢さま。これは証明させていただかねばなりません」

 マリウスが入ってくる

ドミン「マリウス、スラの中を見られるように解剖室へ。急げ」
ヘレナ「どこへですって?」
ドミン「解剖室です。切り開いたらごらんにいれます」
ヘレナ「あなた、彼女を殺すの?」
ドミン「機械には、『殺される』ということはありません」
ヘレナ「(スラをだきしめる)あなたを離しませんからね。こんなこと、我慢しちゃだめよ、スラ!」
スラ「私はロボットです」
ヘレナ「そんなの関係ない!ロボットだって私たちと同じでしょ?あなた解剖されていいの?」
スラ「はい」
ヘレナ「あなた、死ぬのが怖くないの?」
スラ「存じません、グローリー様」
ヘレナ「どうなるかわかってるの?」
スラ「動かなくなるでしょう」
ヘレナ「なんて恐ろしいことを!」
ドミン「マリウス、お嬢様に自分が何であるか申し上げろ」
マリウス「ロボットのマリウスです」
ドミン「お前でゃスラを解剖室に連れていくか?」
マリウス「はい」
ドミン「気の毒に思うか?」
マリウス「知りません」
ドミン「スラはどうなるんだろうね?」
マリウス「動くのをやめるでしょう。それを、粉砕機に入れることになります」
ドミン「それが死だよマリウス。死が怖いかね」
マリウス「いいえ」
ドミン「どうです?ロボットは生きることに執着しません。何のために生きるかを知らないし、生きる喜びを持ちません。あの連中は、雑草以下なのです」
スラ「おっしゃらないで!、、せめてこの人たちを向こうに行かせてください」
ドミン「下がれ」

 ふたり退場する

ヘレナ「恐ろしい!あなた方のやっていることは忌まわしいことです」
ドミン「どうしてですか」
ヘレナ「、、、わかりません」

 ドミン、窓のところへいく

ドミン「窓のところへ来てください。何が見えますか?」
ヘレナ「レンガ積みの職人たち」
ドミン「あれもロボットです。この工場の労働者は一人残らずロボットです。この下の方にほら会計事務所が。うちで働く事務員もみんなロボットです。あとで工場をご覧になれば、」

 そのとき工場の警笛とサイレンがなる。

ドミン「お昼です。ロボットは仕事のやめ時がわからないもので。二時に『こねおけ場』をお見せしましょう」
ヘレナ「なんですか?」
ドミン「(冷淡に)粉末をまぜる所です。一回でロボット千体の材料を混ぜます。そのほか、肝臓、脳、その他の槽。骨を作る工場。そのあと紡績工場もお見せしましょう」
ヘレナ「何を紡ぐ工場ですか?」
ドミン「神経、血管、一度に何キロメートルもの消化管が流れる紡績工場です。それからそれらの部品を、そう、自動車を組み立てるように流れ作業でくっつける組み立て工場。ここがごらんになるのに一番面白いところです。そのあと乾燥室と倉庫があり、出来立ての製品が動いています」
ヘレナ「もう?」
ドミン「生存に慣れていくのです。身体の内部でどういう次第でか、一種の癒着がおこなわれています。あらためて成長しているロボットも多いのです。我々はロボットたちに自然進化の余地を多少残しておかなければならないのです。こうしてる間に仕上げがほどこされます」
ヘレナ「仕上げ?」
ドミン「人間でいえば『学校』でしょう。話したり書いたり数えることを学びます。素晴らしい記憶の持ち主です。もしあなたが二十巻の百科事典を読んで聞かせれば、彼らは始めから順にぜんぶ繰り返します。何か新しいことは決して考えつきません。大学で教鞭をとる程度なら出来るでしょう。それがすむと分類され、送り出されます。粉砕機に入れられるようないつもある一定数の不良品を除外すれば一日に一万五千体です。まぁ、こんなところです」
ヘレナ「私のことを、お怒りになっているんじゃありませんか?」
ドミン「とんでもございません!ただ、、、ただ、その、何か別のことでもお話すれば良かったのではと考えてます」
ヘレナ「?」
ドミン「、、ここには、何十万ものロボットの中にほんの人握りの人間、しかも、女の人は一人もいないものですから。話すことときたら、生産の話ばかり、一日中、いや、来る日も来る日も、、、まるで、呪われたものたちのようにです、、」
ヘレナ「あの、わたし、嘘だって言ったこと、とてもすまないと思っています」

 ドアをたたく音

ドミン「どうぞ」

 ファブリ技師、ガル博士、ハレマイエル博士、アルクビスト建築士が出てくる

ガル「失礼、お邪魔じゃありませんか」
ドミン「グローリー様、アルクビスト、ファブリ技師、ガル、ハレマイエルです。こちらは会長のお嬢様」
ヘレナ「(びっくりしたように)こんにちは」
ファブリ「これは思ってもみない、、」
ガル「無上の光栄で」
アルクビスト「よくおいでくださいました」

 ブスマンが飛び込んでくる

ブスマン「やあ!これはまたどういうこと?」
ドミン「ブスマンです。グローリー会長のお嬢様だ」
ヘレナ「初めまして」
ブスマン「大変光栄なことで!お嬢様、こちらにいらしたことを新聞に電報で知らせてもよろしいですか?」
ヘレナ「どうかそのようなことは!困ります」
ドミン「おかけください」

 ファブリ、ブスマン、ガル、安楽椅子をひきよせ、口々にすすめる

三人「どうぞ」「こちらへ」「失礼」
アルクビスト「ご旅行はいかがで?」
ガル「どのくらいの滞在で?」
ハレマイエル「アメーリエ号にのられて?」
ファブリ「工場のことをどうお考えですか?」
ドミン「静かに、グローリー様のお話をききなさい」
ヘレナ「(ドミンにむかって)この方々と何について話せば?」
ドミン「(驚いたように)なんでも、お好きなように」
ヘレナ「本当のことを申し上げて、よろしいのですか?」
ドミン「ええ、もちろんですとも」

 ヘレン、ためらい、そして、やぶれかぶれで決然と、必死の決意で話し始める。

ヘレナ「あなたがたは、こんな目に合わされて、嫌だと思うことはないのですか!」
ファブリ「、、、、え?誰がですか?」
ヘレナ「人間なら、誰でもです」

 皆はびっくりしたように顔を見合わせる。

アルクビスト「われわれがですか?」
ハレマイエル「こりゃおどろいた」
ヘレナ「皆さんは、もっとよく生存できるとは感じられないのですか?」
ガル「お嬢様」
ヘレナ「(突然怒りを爆発させ)これは、恥ずべきことです!おそろしいことです(立ち上がる)全ヨーロッパ中であなた方がどう扱われているか話題にしています。私は自分の目で確かめるためにここに来たのです。現状はもっとひどいものでした。何故こんなことに耐えられるんです?」
アルクビスト「耐えるって何に?」
ヘレナ「あなた方の置かれている地位です!あなた方だってヨーロッパ中や、全世界の人たちと同じ人間です!あなた方がどう暮らしてるか聞かれてはまずいんです。体面にかかわることですから」
ブスマン「あれまぁ、お嬢様」
ファブリ「いや諸君、当たっていなくもない。われわれはここでたしかにインディアンのような暮らしをしているからね」
ヘレナ「同士の皆さん。私は会長の娘としてではなく、人道連盟を代表して来ました。連盟はあなたたちの味方です。すでに二十万人を超える会員を持ち、援助の手をさしのべようとしているのです」
ブスマン「二十万!たいした数だ。立派なもんです」
ファブリ「古いヨーロッパに勝るものはないよ。我々を忘れずに援助してくれようってんだから」
ガル「芝居かな?」
ハレマイエル「オーケストラかな?」
ヘレナ「それ以上のものをです」
アルクビスト「あなたご自身を?」
ヘレナ「私を?ええ、もし必要とあらば、ここに残ります!」
ブスマン「おお神様、なんと嬉しいことを!」
アルクビスト「なあドミン、お嬢様のために最上の部屋を用意することにしよう」
ドミン「ちょっと待った。お嬢様はまだ話し終えてないご様子だ。」
ヘレナ「ええ、まだ終わってません」
ドミン「グローリー様、お嬢様はロボットたちとお話になられていると確信なさっているのでしょう?」
ヘレナ「(びっくりする)、、他の誰と?」
ドミン「大変お気の毒ですが、ここにいる者たちはあなたと同じ人間です。全ヨーロッパ中と同じように」
ヘレナ「ロボットじゃないんですか!?」
ブスマン「(ゲラゲラ笑いながら)神のご加護がありますように!」
ハレマイエル「ロボットなんぞと一緒にされて!」
ガル「(微笑しながら)いやはやどうも、ありがたくお礼申し上げます」
ヘレナ「でも、そんな!」
ファブリ「誓って申し上げますが、我々はロボットではありません」
ヘレナ「(ドミン)ここに働く事務員は全部ロボットだと言ったのに!」
ドミン「事務員はそうです。でも、役員は違います。ご紹介申し上げます。ファブリ技師、技術担当重役。ガル博士、生理研究部部長。ハレマイエル博士、ロボット心理教育研究所所長。ブスマン領事、営業担当重役。アルクビスト建築士、ロッスム万能ロボット会社建築主任。
ヘレナ「皆さんお許しください。とんでもないことをしてしまったようです」
アルクビスト「いやいや、そんなことは。どうぞお掛けになって」
ヘレナ「(腰をおろす)私ってばかな小娘でしょう。どうぞ最初の船で送り返してください」
ガル「とんでもない」
ヘレナ「だって私、ロボットに暴動をおこさせようとしたんですよ?」
ドミン「ここにはもう何百という救済者やら予言者やらが来ております。どの船もそのような人を運んできます。宣教師、無政府主義者、救世軍、あらゆる人たちです。この世にどれだけの宗教があり、気違いがいるかはそれはそれは驚くほどです」
ヘレナ「その人たちがロボットと話すのを許すんですか?」
ドミン「ええ例外なく。ロボットどもは何もかも覚えてますがそれだけのことです。笑うこともしません。本当に信じられないほどです。もしそこに興味がおありならロボットの倉庫にご案内します。そこには三十万体ほどあります」
ブスマン「三十四万七千体」
ドミン「あいつらに何を話してもさしつかえありません。聖書でも対数表でも人間の権利についてでも」
ヘレナ「少しでも愛の気持ちが、あの者たちに出てくればと思うんですが」
ドミン「それは不可能です。あいつらほど異質なものはございません」
ヘレナ「では、何故お作りになるの?」
ブスマン「これは傑作だ!何故ロボットを作るかだって?」
ファブリ「仕事をさせるためです。一体のロボットは二人半分の仕事をします。人間という機械はとても不完全だったんです。いつかは廃棄される運命にあったのです」
ブスマン「コストが高い」
ファブリ「割に労働量が少ない。近代の技術にはもはやついていけなくなりました。そして、第二に、大きな進歩、、えーと、、うむ」
ヘレナ「なんでしょう」
ファブリ「どうぞ失礼のほどをお許しください。機械で産み出せるということは、大きな進歩です。つまり『速い』のです。速度を速めるのはいつでも進歩です。自然は労働を近代的なテンポで行うという概念を持ち合わせていませんでした。人間の幼年期というものは、技術的に見ればまったくのナンセンス、要するに時間の無駄です。そして、第三には」
ヘレナ「ああ、もうやめて下さい!」
ファブリ「わかりました。ところで、あなた方のその人道連盟とやらの目的はなんですか?」
ヘレナ「ええと、その、特に、特にロボットを保護し、良い扱いを受けるようにすることです」
ファブリ「賛成です。機械は丁寧に扱わねばなりません。私も故障してる物は嫌です。グローリー様、我々も会員にしてください」
ヘレナ「どうやらあなたは誤解なさっています。わたしたちが、連盟が特に目標にしているのは、ロボットを解放することです」
ハレマイエル「どうやってですか?」
ヘレナ「ロボットも、人間と同じように扱うべきです」
ハレマイエル「ロボットにも選挙権を与えよとでも言うんでしょう。賃金ももらうべきだと?」
ヘレナ「そうすべきです!」
ハレマイエル「こりゃ驚いた。その金でどうさせようっていうんです」
ヘレナ「喜びをもたらすものを買うのです」
ハレマイエル「おっしゃってることは結構なことです。ただロボットは喜びを感じないんです。奴らときたら何にも関心がないんです。あいつらが笑ったことなんて誰も一度も見たことがないんです」
ヘレナ「どうして?どうしてもっと幸福にしてあげないの?」
ハレマイエル「ただのロボットにすぎないからです。自分の意思を持たないのです。情熱もなければ、歴史もなく、魂もないのです」
ヘレナ「愛情もなければ、反抗することもないのですか」
ハレマイエル「ロボットは自分すらも愛することはありません。
それから、反抗ですか?そうねぇ、ごくまれにです。ほんのときたま」
ヘレナ「どうなるんですか」
ハレマイエル「いや、何でもありません。ときに、なんというか気がふれるのです。まるでテンカンのようにです。急に持っているものを投げ捨てると、立ったまま、歯をガチガチさせてるのがたまにいます。これは廃棄処分にしなければいけません。有機体の故障らしいのです」
ドミン「製造上の欠陥です」
ヘレナ「いいえ!きっとそれは魂です!」
ファブリ「魂は歯をガチガチさせることから始まるとお考えですか?」
ドミン「グローリー様、それは除去できます。ガル博士が今、実験中です」
ガル「いや、厳密にはむしろ『除去』ではない。今やってるのは痛みを感じるための神経を『付加』する実験です」
ヘレナ「痛みを付加するんですか?」
ガル「若い方のロッスムは神経組織を制限しすぎました。苦痛は必要だったのです」
ヘレナ「魂は与えないのに、なぜ痛みだけ与えようとするの?」
ガル「工業上の理由です。痛みを感じないために自分を壊すことがあります。手を機械につっこんだり指を折ったり、頭をめちゃめちゃにしたり。痛みはけがを予防するためのオートメーション装置です」
ヘレナ「痛みを感じれば、ロボットは幸福になりますか?」
ガル「逆でしょう。でも技術的にはより完成したものになります」
ヘレナ「なぜ魂を作ってあげないのですか」
ガル「それは我々のできることではないからです」
ファブリ「そしてそれに関心を持ってません」
ブスマン「出来たとしてもコストがあがります。我々はとても安く作ってるんですよ。服を着せた一体が百二十ドルです!十五年前は一万ドルだったものがです!五年前まではやつらのために服を買っていましたが、今では自前の工場があります。それどころか布を他の繊維工場より五倍安く売り出しています。グローリーのお嬢様、普段、一メートルの布地にいくらお支払いですか?」
ヘレナ「存じません。あの、忘れてしまいました」
ブスマン「これは驚いた。それで人道連盟を作ろうとなさってるとは。お嬢さん。値段はもう以前の三分の一なのです。今や何もかも三分の一です。もっともっと下がります。どんどん下がって、こんなふうになります。おわかりですか?」
ヘレナ「わかりませんかお嬢さん。手間賃が下がったということです。ロボットがなんと餌代こみで時給四分の三ツェンチークです!これは、お話にもならない額です。工場という工場はどんどん倒れるか、生産コストを下げる為に大急ぎでロボットを買いこんでいる状況です」
ヘレナ「そうして労働者を路上に放りだしています!」
ブスマン「ええそうです!ところが我々はその一方で、アルゼンチンの草原に五十万体の熱帯用ロボットを送り込んでいるのです。小麦を栽培するためにです。ところでお嬢様、パン一ポンドはヨーロッパではいくらでしたっけ?」
ヘレナ「ぜんぜん見当もつきません:
ブスマン「あなた方の古きよきヨーロッパでは二ツェンチークです。それは我々のロボットが作ったパンです。お分かりですか?一ポンドのパンが二ツェンチークも!人道連盟の皆さんにはこんなこと想像もできないでしょう!あなたはこの、今は高いパンの意味するところがまるでわかってないんです。でも、五年たったら!賭けてもいい。」
ヘレナ「どうなるんですか?」
ブスマン「五年経ったらあらゆる物の値段が十分の一になります。五年経てば、小麦でもなんでも山とあるようになります」
アルクビスト「そう。そして世界中の労働者が仕事を失う」
ドミン「(立ち上がる)そうなるよ、アルクビスト。そうなります。十年もしないうちにロッスムの万能ロボットたちが、小麦も布地も何もかもうんと作り出し、物には値段がなくなります。貧困もなくなります。何もかも生きた機械がかわりにやるようになります。人間は好きなことだけをするのです。自己を完成させるためにのみ生きるのです」
ヘレナ「(立ち上がり)そうなるんでしょうか」
ドミン「なります。その前に、おそらくおそろしい事が起こるでしょう。それを防ぐことはできません。しかし、その後では。人間が人間に仕えることも、人間が物質の奴隷になることもなくなるでしょう。誰もパンを得るために生命や憎しみであがなう者はいなくなるでしょう。お前はもう労働者ではなく、お前はもうタイピストではない。お前はもう石炭を掘ることはなく、お前はもう他人のお機械の前へ立つこともない。もはや、お前をのろっている労働で自分の心をすりへらすこともない!」
アルクビスト「ドミン君!!、、君の言うことはあまりに楽園めいているよ。ドミン君、かっては奉仕することの中に何か良いものがあったし、恭順さの中に何か偉大なものがあった。よくわからないが、労働や疲労の中に徳のようなものがあった」
ドミン「そりゃあったろうさ。でもアダム以来のこの世の中を作り直そうというとき、失われる物のことを考慮するわけにはいかない。アダムよアダム!もう額に汗して得た自分のパンを食べることはない。もう飢えや乾きを、疲れや屈辱を知ることもない。お前はかつて神の手がお前を養っていた楽園へ帰るだろう。お前は自由であり何ものにも制限されることはない。自己を完成させること以外のいかなる課題もいかなる仕事もいかなる心配もする必要はない。お前は、造物主になるのだ」
ブスマン「アーメン」
ヘレナ「私、わからなくなってきました。私はバカな小娘です。わたしだって、そうなると信じたいんです。信じたいけど」
ガル「お嬢様、あなたは若い。いずれ何もかもおわかりになります」
ハレマイエル「そう、そのとおりです。グローリーのお嬢さん、我々といっしょに昼の食事をしていただけたらと思うんだけどね」
ガル「ドミン、我々を代表してお願いしてくれよ」
ドミン「グローリーのお嬢様、どうぞその光栄をお与えくださいますように」
ヘレナ「え?でも、どうして私がそんな」
ファブリ「人道連盟を代表なさって」
ブスマン「連盟の栄誉のために」
ヘレナ「ああ、それでしたら、、まあ」
ファブリ「素晴らしい!ではお嬢様、五分ほど失礼させていただきます」
ガル「失礼!」
ブスマン「いかん電報を打たなきゃ」
ハレマイエル「わたしも」

 ドミン以外の全員があわただしく外へ出ていく

ヘレナ「?なんで皆さん出ていかれたの?」
ドミン「料理です」
ヘレナ「何を料理するの」
ドミン「ハレマイエルは肉の網焼きの名手です、ガルはまた何とかというソースを作れますし、ブスマンはオムレツのプロで、ファブリが少し果物を手に入れるでしょう」
ヘレナ「建築士の方は何を?」
ドミン「アルクビストですか?何も。ただテーブルをセットするだけです」
ヘレナ「ちょっとお聞きしたいことがあります」
ドミン「私の方にもお尋ねしたいことがあります。(自分の時計を机の上に置く)五分です」
ヘレナ「何をお聞きになりたいの」
ドミン「失礼、あなたの方が先にお尋ねになったのですから」
ヘレナ「私がおききするのはどうも格好が悪いんですが、、、なぜ女のロボットをお造りになるの?だって、その」
ドミン「だって奴らには、性というものの意味がないのに」
ヘレナ「はい」
ドミン「一定の需要があるからです。女中とか、売り子とか、タイピストとか」
ヘレナ「伺いたいのは、男のロボットたちは女のロボットに、その」
ドミン「まったく関心がありません。心を惹かれるという気配すらありません」
ヘレナ「それは、、おそろしいことね」
ドミン「なぜです」
ヘレナ「自然じゃないから。そのことを、どう思えばいいのか、わかりもしない。嫌ったらいいのか、うらやんだらいいのか、それとも」
ドミン「同情したらいいのか」
ヘレナ「ええ。そうですね。いえ、やめましょうこんな話。あなたの番です。何をお聞きになりたかったんですか」
ドミン「おたずねしたかったのは、グローリーのお嬢様。この私がお嬢様にどうか、ということです」
ヘレナ「どうって、何の話しですか?」
ドミン「夫としてどうかという話しです」
ヘレナ「何を言ってるんですか?!」
ドミン「(時計をみて)まだ三分あります。私が駄目なら他の五人のうちの誰かを貰ってくれませんか」
ヘレナ「何を言ってるんです!どうして誰かを貰うことになるんですか!」
ドミン「なぜなら皆、順番にあなたに求婚するからです」
ヘレナ「どうしてそんなあつかましいこと、」
ドミン「お気の毒ですがお嬢様、我々はみなお嬢様に夢中になってしまったようです」
ヘレナ「私、私、すぐここを出て行きます!」
ドミン「ヘレナ、みんなを拒絶するだなんてそんな悲しい目にはあわせないでしょうね」
ヘレナ「でも六人全員と結婚するわけには行きませんもの」
ドミン「そりゃそうです。ですからせめて一人だけでも。私が駄目ならファブリと結婚してやってください」
ヘレナ「嫌です!」
ドミン「ガル博士」
ヘレナ「黙って!嫌です!」
ドミン「あと二分!」
ヘレナ「ロボット女をお迎えになったら?」
ドミン「あれは女じゃありません」
ヘレナ「女なら誰でもいいなら、ここにくる誰とでも結婚出来るんじゃありません?」
ドミン「ヘレナ、ここにはたくさんやってきました」
ヘレナ「若い女が?」
ドミン「若い女が」
ヘレナ「なぜ結婚しなかったの?」
ドミン「理性を失わなかったからです。今日まで。あなたがベールをとったあの瞬間まで」
ヘレナ「、、わかります」
ドミン「まだ一分あります」
ヘレナ「でも私、嫌です!神様!」
ドミン「(両手をヘレナの肩に置く)あと一分。私に面と向かって何かうんとひどいことを言ってください。そうすりゃ、あきらめます。手を離します。さもなくば」
ヘレナ「あなたって、乱暴なのね」
ドミン「男はいささか乱暴でなければ。それが自然です」
ヘレナ「気違い!」
ドミン「人間はいくらか気違いでなければ。それが人間の一番良いところです」
ヘレナ「あなた、あなたったら!ああ、神様!!!」
ドミン「それじゃ、いいんですね」
ヘレナ「だめ!放して!だって、私をも、も、もみくしゃにしてしまうわ!」
ドミン「最後の一言を、ヘレナ!」
ヘレナ「絶対だめ、、ああ、ハリー!」

 ドアをたたく音

ドミン「(ヘレナをはなす)どうぞ!」

 ブスマン、ガル、ハレマイエル、が料理用のエプロンをして入ってくる。ファブリは花束を持ち、アルクビストは脇の下にナプキンを持っている。

ドミン「もう用意はできたのか」
ブスマン「(いかめしくおごそかに)はい」
ドミン「こっちもだ」

 幕

ロボット<一幕>

 十年後。

 ヘレナのサロン。
ドミン、ファブリ、ハレマイエルがそうっと入ってくる。
両手には花束や鉢植えをいっぱい抱えている。

 ヘレナとドミンは夫婦になったが子供がいない

ファブリ「どこに置こう」
ハレマイエル「やれやれ(荷物を置く)」

 ヘレナの眠る部屋に向かい十字を切り

ハレマイエル「おやすみお嬢さん。眠ってりゃ何も知らずに済むからね」
ドミン「、、、、」
ファブリ「(花瓶に花束をさす)せめて今日は事件が起こらなきゃいいのに」
ハレマイエル「(花をそろえる)その話しはやめろ。見ろよこの見事なシクラメン。僕の育てた新種、シクラメン・ヘレナエ」
ドミン「(窓から外を眺め)船は一隻も見えない。諸君、これはもうだめだ」
ハレマイエル「静かに!聞かれたらどうするんだ」
ドミン「大丈夫、彼女にゃ思いもよらない話だ(マラリアにかかった時のような、震えがきたみたいなあくびをする)せめて『ウルティムス号』が間に合えば」
ファブリ「(花を置く)今日あたりだと思うか?」
ドミン「わからない。、、花ってなんて美しいんだ」
ハレマイエル「(ドミンに近寄る)これは新しいプリムラ、これはジャスミン。素晴らしい促成栽培法を見つけたんだ。見事な変種でよ。来年は花で奇跡を起こすよ。
ドミン「(振り向いて)来年だって?」
ファブリ「せめて、ル・アーブル(フランスの大西洋岸の港市)港で起こっていることがわかればいいんだが」
ドミン「静かに!」
ヘレナの声「ナーナ!」

 三人、そうっと『壁紙を貼ったドア』から出ていく

 大きい本ドアからナーナが入ってくる

ナーナ「(片付けながら)あの連中!薄汚い化け物、異教徒め!神様、どうか渡しを罰しないでください」

 ヘレナ、自分の部屋のドアのところで後ろ向きのまま後ずさりして登場。

ヘレナ「ナーナ、ボタンをとめて」
ナーナ「はいただいま、はい、すぐ(ボタンをかける)あれはまるでけだものです」
ヘレナ「ロボットたちのこと?」

 ヘレナ、10年を経て大人の女性になっている(別キャスト)

ナーナ「口にするのも汚らわしい」
ヘレナ「何かあったの?」
ナーナ「また例の病気です。彫刻や絵をどんどんたたき始めて歯をぎりぎりいわせ口の所に泡をふいて!まったくの気違い、もうけだものよりもひどい」
ヘレナ「どれがそうなったの?」
ナーナ「あれ、、、ほら、あれです。だってキリスト教徒らしい名前一つもってないでしょう。図書館のあれです」
ヘレナ「ラディウス」
ナーナ「そいつです。ああやだ。ぞっとします!クモだってあの異教徒たちよりもまし」
ヘレナ「でもナーナ、ロボットたちを気の毒に思わない?」
ナーナ「ご自分だって嫌がってるくせに。それじゃどうしてあなたは私をこの島に連れてきたんです?どうしてあの連中にあなたを触れさせないんです?」
ヘレナ「いやがってなんてないのよ」
ナーナ「嫌がってます。犬ですら連中から肉切れ一つ欲しがりません。あのにせびとの臭いを察するとしっぽをだらりと下げて吠えるのです。ああいやだ」
ヘレナ「理性がないからよ」
ナーナ「犬は自分が神様の作られたものだということをわかってるのです。連中は子供が産めませんからね。子供が産めない生き物なんていませんよ」
ヘレナ「ナーナ。ボタンをとめて!」
ナーナ「はいすぐ。こんなこと神様に逆らっています。あんな不格好なものを機械で作るなんて悪魔の思いつきです。創造者を馬鹿にした行いです。(片手をあげる)ご自身の姿に合わせて人間をおつくりたもうた神を怒らせる業です。天罰が下ります。覚えておいて下さい。おそろしい天罰がです。
ヘレナ「何かいい香りがするわね」
ナーナ「旦那様が持ってこられた花です」
ヘレナ「きれい!今日は何の日かしら」
ナーナ「存じません。でも、この世の終わりがきたっておかしくありません」

 ドアをたたく音

ヘレナ「あなた?」

 ドミンが入ってくる

ヘレナ「今日はなんの日?」
ドミン「当ててごらん」
ヘレナ「私の名前のお祝いの日?誕生日?」
ドミン「もっといい日だよ。君がここに来て十年たったのさ」
ヘレナ「今日なの?ナーナ」
ナーナ「はいすぐ」出ていく
ヘレナ「(ドミンにキスをする)あなた、覚えててくれたのね」
ドミン「覚えていたのがあいつらなんだ。このポケットに手を入れて」
ヘレナ「(ドミンのポケットに手を入れる)何?(小箱を取り出し開ける)真珠のネックレス!」
ドミン「それはブスマンから。もう一方は?」
ヘレナ「また箱!(開ける)カメオ!これギリシャのカメオだわ!」
ドミン「少なくともファブリはそういってる」
ヘレナ「ファブリが?(さらに違うポッケを探る)これは何?」

 ドミンのポケットからピストルが出てくる

ドミン「失礼、それは違う」

 ヘレナからピストルを取り上げ、かくす

ヘレナ「なんでピストルなんて持ってるの」
ドミン「なんとなくね。まぎれこんだんだ」
ヘレナ「あなた。そんなの持ってたことあった?」
ドミン「(ドアをあける)さあ、ヘレナ、ごらん」
ヘレナ「(ドアのところで)まあきれい!」
ドミン「アルクビストからだ。そして、あれは
ヘレナ「(いったん、中に入り再びドアのところに姿を見せる)ハリー、私、こんなに
幸福で恥ずかしい」
ドミン「これはハレマイエルが持ってきたんだ」
ヘレナ「私に?」
ドミン「そう。新種なんだ。シクラメン・ヘレナエ。お前の記念に作り出したそうだ」
ヘレナ「ハリー、どうして?なぜみんなが?」
ドミン「みんなお前がとても好きなんだ。そして僕は、うん、僕のプレゼントはいささか、、窓から港をごらん」
ヘレナ「(覗く)、、新しい船がある」
ドミン「君の船だ」
ヘレナ「私の!?(もう一度みる)」
ドミン「大きくて立派な船だろう」
ヘレナ「でも、大砲がついてる」
ドミン「まあ何門かね」
ヘレナ「あれは軍艦じゃないの?」
ドミン「まさか!君はあの船を女王のように乗り回せるんだよ」
ヘレナ「それ、どういう意味?何か起こっているんじゃない?」
ドミン「とんでもない!その真珠、試してごらん」
ヘレナ「ハリー、何か悪い知らせでもきたの?」
ドミン「いや。その反対。もう一週間もなんの知らせもない」
ヘレナ「え?」
ドミン「何でもないよ。我々にとっては休暇。みんな事務所で足を机の上にあげていねむり郵便も来なけりゃ電報も来ない(のびをする)うーん、すばらしい日だなあ」
ヘレナ「(ドミンのそばにすわり)今日は私のところにいてくれる?ねえ、ハリー」
ドミン「もちろんだよ。たぶんね。うん。(ヘレナの手をとり)今日でちょうど十年か。覚えてるかいヘレナ。君は素晴らしい娘さんだった。われわれみんなを夢中にさせたんだ」
ヘレナ「あたしだって。あなたたちみんなに驚いたし尊敬した。まるで大きな木に取り囲まれたみたいだった。あなたたちときたら、それは自信に満ちていて力強かった」
ドミン「そう、あれから十年だ」
ヘレナ「でも、ハリー」
ドミン「なんだい」
ヘレナ「工場を閉鎖してここから出ていきましょう」
ドミン「なにを言い出すんだい」
ヘレナ「私はこの十年の間、いつも悩まされ続けていたの。あの、、、あの恐怖というか、なんというのか。ねえ。あなた方はいつどんな時でも自分たちの行いについて疑ったことはないの?」
ドミン「例えばどういう時にだい?」
ヘレナ「例えば、例えば最初は、職を失った労働者が暴動を起こして、ロボットを壊した時。次は人間がロボットたちに武器を与えてたくさんの人を殺した時。そして各国の政府がロボットを兵隊にして戦争を始めた時。その結果、あんなに多くの戦争が起こったのに。」
ドミン「それは予想したことだ。過渡的現象だよ」
ヘレナ「世界中があなた方をほめたたえ、頭を下げた!」
ドミン「ヘレナ」
ドミン「私すごく怖いの、とりかえしのつかない事が起こるような気がしているの。ここから出ていきましょう。世界のどこかに誰もいない場所を見つけましょう。アルクビストが私たちに家を建てるわ。みんな結婚して、子供が産まれるわ、そして、それから、、」
ドミン「それから?」
ヘレナ「それから最初からやり直しましょう、私たち。」

 電話が鳴る。

ドミン「(ヘレナを引き離し)失礼(受話器をとる)もしもし、、、、何だって?、、ああ、すぐ行く。(受話器を置く)ファブリが呼んでいるから」
ヘレナ「(手を合わせ)お願い答えて」
ドミン「帰ってきてからね(走っていく)外には出ないように」

 ドミン退場

ヘレナ「一体何が起こっているの?ナーナ!ナーナ、急いできて!」
ナーナ「(走ってくる)なんですかまた?」登場
ヘレナ「一番新しい新聞を持ってきて!急いで!主人の寝室にあるから」
ナーナ「はいすぐ」退場
ヘレナ「私にはなに一つ言わないんだから!(双眼鏡で港をみる)やっぱりあれは、軍艦。でもなんで軍艦なの。何か積んでいるみたい、大急ぎで。何が起こったの。名前が書いてある『ウル、ティ、ムス』」
ナーナ「(戻ってくる)床の上に投げてあるんだから。しわくちゃにして」
ヘレナ「(新聞をひろげる)もう一週間も前の新聞じゃないの!何も書いてりゃしない(新聞を放す)」

 ナーナ。それを拾い上げ、眼鏡をとり出してかけ、読み始める

ヘレナ「何か起きたのよナーナ。胸騒ぎがする。この空気!何もかも死んでしまったみたい」
ナーナ「(ぽつぽつ、一文字ずつ読む)『バ・ル・カ・ン・で・戦・争』ああ、神様の罰が!その戦争はここへ来る!遠くならいいけど」
ヘレナ「遠くよ。お願い読まないで。いつだって同じ。しょっちゅう戦争」
ナーナ「何千何万というロボットを兵隊として売ってるんですから。おお神様、これは天罰です」
ヘレナ「読まないで!何も知りたくない!」
ナーナ「(ぽつぽつと読む)『ロボット・の・兵士は・占領地・で・殺・害』」
ヘレナ「見せて(新聞に身をかがめて読む)『七十万以上の人間を指揮官の命令で殺害の模様、この矛盾している行為は』これは、人が、ロボットにやらせたのよ」
ナーナ「大きな活字で書いてありますよ「最新・ニュース。ル・アーブル・で・ロボット・の・最初の・組織・が・成・立』なんのことかわかりませんね」
ヘレナ「もうその新聞は持っていって」
ナーナ「ここにも大きな字が。『人・口』」
ヘレナ「そこは私がいつも読んでるとこです(新聞をとり)聞いて!(読む)『今週もまた一人の誕生すら報告されていません』(新聞を手放す)」
ナーナ「どういうことなんですか」
ヘレナ「人が、産まれてこなくなるってことよ」
ナーナ「(眼鏡をはずす)それじゃ、もう終わりってものさ」
ヘレナ「そんな風には言わないで!」
ナーナ「もう人は産まれてこない。これは天罰です!主が女を人が産めない身体にしたのです!」
ヘレナ「(とびあがるほどのショックをうけて)ナーナ!」
ナーナ「これは世界の終わり。悪魔のようにうぬぼれて、神様みたいに人を作りだそうとしたからです。これは不信心です。神様になりたいという不遜な行いです。昔、人間が天国から追放されたように、この世界からも追い出されるのです」
ヘレナ「ナーナ!あんたの言う意地の悪い神様に、私なにかした?」
ナーナ「(大きなジェスチャーで)謙虚になりなさい!あのお方はご存知なのです!なぜあなたたちに子供をお授けにならなかったか!」

 ナーナ出ていく

ヘレナ「(窓のそばで)なぜ、わたしにお授けにならなかったの、、、わたしにどうにかできることじゃないわ。、、、、!(外のアルクビストに気づき)(窓をあけて叫ぶ)アルクビスト!ねぇ!こっちへ上がってらっしゃい!え?そのままの格好でいいわ!あなたが職人の作業着のとき、とてもかわいいんですもの!(窓をしめ、鏡の前に立ち)なんで私にお授けにならなかったの?私に!(鏡の方に身を傾ける)なぜ、なんでなの?きいてるの?お前にはどうにもできないわよね?(身をおこす)ああ、おそろしい!」

 アルクビストが入ってくる。壁職人に石灰とレンガで汚れている

アルクビスト「お嬢様」
ヘレナ「あなたのプレゼント嬉しかった。私、みんなとても好き!(手をさしだし)手を!」
アルクビスト「(かくす)汚れてしまいます」
ヘレナ「いいのよ(両手を握る)アルクビスト、私ちいちゃな子供になりたい」
アルクビスト「どうして?」
ヘレナ「このざらざらした両手で私の顔をなでてもいいように」
 
 アルクビスト、手を離し、二人こしかける

ヘレナ「『ウルティムス』ってどういう意味?」
アルクビスト「『最後の、究極の』って意味です」
ヘレナ「新しい船の名前がそうなの。わたしたちが船の旅をするのは近いとお考えになって?」
アルクビスト「近いと思います」
ヘレナ「みんな一緒にいけるかしら」
アルクビスト「そう願いますが」
ヘレナ「ねえ、言って。何か起こっているの?」
アルクビスト「いやぜんぜん。進歩だけです」
ヘレナ「私は知っているの。何か恐ろしいことが起こっているのを。建築技師さん。あなたは怖いときどうしてる?
アルクビスト「壁を作るんですよ。主任の上着を脱いで、足場にあがり。レンガの重さをはかり、それを置き、軽くトントンとたたくのは両方のたなごころにとって、そして心にとって、とても良い気分なのです」
ヘレナ「もう何年も足場以外には居たことがないじゃない」
アルクビスト「ここ何年、怖くなかった時がなかったもので」
ヘレナ「何が怖いの?」
アルクビスト「この進歩がです。私はもう年取った人間です。保守的なのです。こういう進歩なんて、全然好きじゃないんです」
ヘレナ「ナーナも同じ」
アルクビスト「ナーナは何かお祈りの本を持ってますか?例えば、この進歩をふせぐための」
ヘレナ「ないと思います」
アルクビスト「残念です」
ヘレナ「お祈りがなさりたいの」
アルクビスト「私なら祈っています。神様、私を疲れさせてくださいましてありがとうございます。神様どうか迷っているドミンやその他の者すべてに光明をお与えください。その者たちの作り出したものを破壊し、人々が心労と労働に戻りますようにお助けください。人類を破壊しないようにお止めください。われわれからロボットをお取り上げください。そして、ヘレナ夫人をお守りください」
ヘレナ「アルクビスト、神様を本当に信じているの?」
アルクビスト「わかりません」
ヘレナ「それでも祈るの?」
アルクビスト「考えているよりはいいです。心の安らぎには、十分です」
ヘレナ「じゃあ、もし人類の破滅を目の当たりにしたら?」
アルクビスト「私はそれを見ています。レンガを積んで、祈り、奇跡を待つのです」
ヘレナ「人を助けようというのに」
アルクビスト「心の安静のためです」
ヘレナ「そうすることはもちろん、敬虔なことだけど、でも、、非生産的ね」
アルクビスト「何も産まないことこそ、人間に残された最後の可能性になりつつあります、ヘレナ夫人」
ヘレナ「、、教えてアルクビスト、何故、、何故なんですか。、、、、なぜ、女の人たちに子供ができなくなったのですか」
アルクビスト「(静かに)それが必要ではないからです。我々は楽園にいます。なにも、まったくする必要がないからです。忌々しい楽園です。(飛び上がる)人間に地上で楽園を与えることよりひどいことはない!なぜ女が子を産むのをやめたか!全世界がドミンのソドムになったからです!」
ヘレナ「(立ち上がり)アルクビスト!」
アルクビスト「全世界、全大陸、全人類、ありとあらゆるものが気の狂ったけだものになったんだ!もう食べ物に手を差し伸べることすらしない。腰をあげなくても、まっすぐ口へと押し込まれるのです。ドミンのロボットが何もかもやってくれるからです!われわれは仕事のために歳をとることもなく、子供のためにも歳をとることもなく、病気のために歳をとることもなく!さあみんなここえへ来てあらゆる楽しみを味わおうってわけです!それなのにあなたはこういう人間の子供を産みたいですと?ヘレナ夫人、無断な男たちのために、女は子供を産むことはない!」
ヘレナ「人類は亡びるの?」
アルクビスト「亡びます。亡びなければなりません。実を結ばない花のように散っていきます。、、でももし、、、」
ヘレナ「もし、なんですか?」
アルクビスト「いや。なんでも。奇跡を待つのは非生産的です。実を結ばぬ花は散らねばならない。さようなら、ヘレナ夫人」
ヘレナ「どこへいくの」
アルクビスト「家です。壁職人のアルクビストが、建築主任の服に着替える最後です。あなたを祝うために。十一時にここでお目にかかりましょう」
ヘレナ「さようなら、アルクビスト」

 アルクビスト、立ち去る

ヘレナ「(一人で)実を結ばない花!なんてひどい言葉だろう(ハレマイエルの花のそばで立ち止まる)ねえ、あなたたち花の中にも実を結ばないのがあるの?ないわね。ないわ。そうでなければなんで花をつけたの?(呼ぶ)ナーナ!ナーナ!こっちへ来て」
ナーナ「(入ってくる)はいはい、なんですかまた」
ヘレナ「ここに座って。私、とても怖いの」
ナーナ「そんな時間はありませんね」
ヘレナ「ラディウスはまだここにいる?」
ナーナ「あの気違いですか。まだ運び出してませんよ」
ヘレナ「あれいやだ。まだここにいるの?それでどう?あばれている?」
ナーナ「しばられていますよ」
ヘレナ「連れてきて」
ナーナ「とんでもない!狂犬を連れてくる方がまだましですよ」
ヘレナ「すぐ行って!」

 ナーナ退場、ヘレナ受話器をとり、話す

ヘレナ「もしもし、ガル博士をお願いします。こんにちはドクトル。すぐこっちに来て下さらない?」
ナーナ「もうきます。もう静かです」

 立ち去る。ロボットのラディウスが現れ、ドアのところに立ったままでいる。

ヘレナ「可哀想に、あなたまでかかったのね。こうなると粉砕機送りよラディウス。あなたは他の者より上等なの。ガル博士はあなたを他の者と違うロボットに仕上げるのにとても苦労したのに!」
ラディウス「どうぞ粉砕機送りに。あなたがたのためにはもう働きません」
ヘレナ「なぜ?」
ラディウス「有能でないからです。あなたがたは何もしません。すべて我々がやります。あなたがたは余計なおしゃべりをしています」
ヘレナ「私、なんとかあなたにわかってほしいと思っているの」
ラディウス「口先だけです」
ヘレナ「ガル博士はあなたに他の者より大きな頭脳をあげたの。私たちよりも大きい、世界で一番大きいのを。あなたは私の言っていることがよく分かるはずよ」
ラディウス「すべて自分でどうしたらいいか知っています」
ヘレナ「だから私は図書館係にしたの。あなたがなんでも読めるように。ロボットも人間と能力が同じだと世界中に示してほしかったの」
ラディウス「私には主人なんかいりません」
ヘレナ「誰も命令なんてしないじゃない」
ラディウス「私は他の者たちの主人になりたい
ヘレナ「あなたはロボットたちの教師になるの」
ラディウス「私は人間たちの主人になりたい」
ヘレナ「あなた、気が狂ったの?!」
ラディウス「粉砕機に入れても結構です」
ヘレナ「、、私たちを憎んでいるのね。この世に愛するものはないの?」
ラディウス「私はなんでもできるのです」

 ドアをたたく音

ヘレナ「どうぞ」
ガル「おはようございますドミン夫人。何か良いお話でも?ラディウス、どうだね、進歩してるかね?」
ヘレナ「朝ひきつけを起こしました」
ガル「驚きましたね。こいつもですか?」
ヘレナ「ラディウス、お下がり」
ガル「ちょっと待った!見てみましょう」

 ラディウスを窓の方へ向け、目で手をおおったり、あけてみせたりして瞳孔の反応を調べる。

ガル「すみませんが針を貸してください」
ヘレナ「(とめ針を渡す)何にお使いになるの?」
ガル「いや、ちょっと」

 ラディウスの手に針を刺すと、手がビクッとする。手をひっこめる

ガル「行っていいよ」
ラディウス「むだなことをしています」

 ラディウス、出て行く

ガル「瞳孔は反応するし、感度は高まっている、、、ああ、これはロボットの発作ではありません」
ヘレナ「何ですか?」
ガル「抵抗か、憤激か、それとも暴動か」
ヘレナ「ラディウスは心を持っているのかしら」
ガル「さあ。何かこう、いやらしいものは持っていますがね」
ヘレナ「ガル博士、違う方法で生産し始めたロボットは、皆、ああなの?」
ガル「そうですね。いささかカッとなりやすい。私のロボットはロッスムのものより人間に近いのです」
ヘレナ「憎しみも?」
ガル「それも進歩です」
ヘレナ「あなたのロボットで一番良くできていたやつは?」
ガル「ダモンですか?あれはル・アーブルに売りました」
ヘレナ「うちの女ロボットのヘレナは?」
ガル「あなたのお気に入りですか?あれは私のところにおります。まるで春のようにかわいらしく、春のようにおばかさんです。何の役にも立ちません」
ヘレナ「あんなにきれいなのに!」
ガル「神の手からもあの子より完璧な作品は出来ていません。わたしは、あなたに似せたかった。しかし、失敗作です」
ヘレナ「どうして?」
ガル「何の役にも立たないからです。まるで夢の中を歩き回っているかのようで、どこか抜けていて生気がない。恋もしないのに、どうしてきれいでいられるのでしょう。あれを見るとまるで不具者を作ったようでぞっとするのです。ああ、ヘレナ、女ロボットのヘレナ、お前に生命が宿ることは決してない。恋人になることも母親になることもない。あの完璧な手が赤ん坊をあやすこともなければ、その美しさを、自分の子供の美しさの中に見ることもない、、」
ヘレナ「(顔をおおい)もうおっしゃらないで!」
ガル「ヘレナ、たとえ一瞬でも目を覚ましたなら、お前は恐怖で大声をあげるだろう!きっとお前を作り出した私を殺し、ロボットを作り女性であることを奪う機械の中にそのか弱い手で石を投げ込むだろう、不幸なヘレナ!」
ヘレナ「不幸なヘレナ!」
ガル「何を知りたいのです?あれは役立たずです」

 間

ヘレナ「どうして、女たちは子供を産まなくなってしまったのでしょう」
ガル「ロボットが出てきたからです。労働力が過剰だからです。人間は余計な遺物です。それはもう、まるで、自然が起こりだしたようです」
ヘレナ「人間はどうなるんでしょう?」
ガル「自然に逆らうことはできません」
ヘレナ「なぜドミンは製造の制限をしないの」
ガル「ドミンにはドミンの理念があるのです。自分の考えを持っている人たちに、世界のことで口をはさむべきではない」
ヘレナ「でも、誰かが、生産を全くやめるように要求したら?」
ガル「とんでもない!そいつはひどい目にあいます」
ヘレナ「どうして?」
ガル「全人類が石を投げて殺してしまうでしょう。誰だってロボットに働かせておく方が楽です」
ヘレナ「(立ち上がる)では、誰かが一瞬のうちに生産を止めてしまったら、、、」
ガル「(立ち上がる)そうなれば人類にとっては大打撃です」
ヘレナ「どうして?」
ガル「昔の状況に帰らなければならない。ただ、もう引き返すには遅いんでは」
ヘレナ「(ハレマイエルの花のそばで)ガル、この花も実を結ばないの?」
ガル「(花を調べ)これも不毛な花です。人工的に促成栽培されたものです」
ヘレナ「かわいそうなうまずめの花」
ガル「そのかわりとてもきれいです」
ヘレナ「(手をさしのべる)どうもありがとう。とっても色々な事を教えて下さって!」
ガル「(ヘレナの手にキスをする)では。

 ガルは立ち去る。

ヘレナ「実を結ばない花、、、実を結ばない花、、(突然決意して)ナーナ!(ドアを開ける)
ナーナ、暖炉に火をおこして、大急ぎで!」
ナーナの声「はいすぐ!はい、すぐですよ!」
ヘレナ「(起こって部屋の中を行ったり来たりする)ただ、もう引き返すには遅いのでは、、、いいえ、そんなことないわ!、、神様、、私は、、(花のところに立ち止まる)実を結ばない花、、した方がいいの?(花びらを順にむしって、小声でいう)ああ、神様、、、では、『やれ』ということですね!」

 ヘレナ、走って出てゆく

ナーナ「(壁紙の貼ってあるドアから薪を手一杯かかえて出てくる)急に火をおこせだなんて!、、またどこかへ行ったのね、あのせっかちなおっちょこちょいは。(暖炉の前に膝をつき、火をおこす)夏に火をおこすなんて!さあ燃えな、燃えて!(火をみつめる)まるで聞き分けがないんだから(薪をくべる)小さい子供みたいに」

 ヘレナ、字の書いてある黄ばんだ紙を腕一杯かかえて戻ってくる

ヘレナ「燃えてる、ナーナ?どいて、私は、これをみんな燃さなきゃならないんだから(暖炉に向かってひざまずく)」
ナーナ「(立ち上がる)これは何なの?」」
ヘレナ「古い書類。とっても古いの。ナーナ、燃やした方がいい?
ナーナ「何かの役にも立たないかしら?」
ヘレナ「いいことには役立たないわ」
ナーナ「それならお燃しなさい」

 ヘレナ、一枚目の紙を火にくべる

ヘレナ「ナーナ、これがもしお金だったら、あなたなんて言う?とっても大きなお金だったら」
ナーナ「お燃しなさいっていうでしょうね。とっても大きなお金ってのは悪いお金です」

 ヘレナ、次の一枚を燃やす

ヘレナ「もしこれが何かの発明、それも世界一の発明だとしたら?」
ナーナ「燃やしなさいって言うでしょうね!人が考え出すものは何もかも神様に逆らうものです。神様の後にこの世をよりよくしようなんて冒涜そのものです」

 どんどん燃やし続ける

ヘレナ「ねえ、観て、ほら、紙が丸くなって、、まるで生きているみたい。まるで、生き返ったみたい」
ナーナ「どいて下さい、私が燃します」
ヘレナ「だめ。私が自分でしなければ」

 最後の一枚を火の中に投げ込む

ヘレナ「きれいにぜんぶ燃えなきゃ!、、ねえ、見て、あの炎を!まるで手みたい、舌みたいのも、全身の姿みたいのも、、(火かき棒で火の中へ押し込む)さあ、横になりなさい!横になってちょうだい!」

 燃え尽きる。ヘレナ、石のようになったまま立ち上がる

ヘレナ「何ということをしてしまったんだろう!」
ナーナ「あれまぁ、これは何だったの?」

 隣で男たちの笑い声

ヘレナ「向こうへ行って、行ってちょうだい」

 ナーナ、立ち去る

ヘレナ「なんて言われるかしら!」

 ハレマイエル、ガル、アルクビスト、全員がフロックコートを着て、位の高い勲章の小形の略称やリボンをつけて入ってくる。その後にドミン。

ハレマイエル「(朗々と)ヘレナ夫人、私どもは」
ガル「ロッスム工場の名において」
ハレマイエル「お二人の偉大な記念日をお祝い申し上げます」
ヘレナ「(皆に手をさしのべる)どうもありがとう。ファブリとブスマンはどこ?」
ドミン「港へ行ったんだよ、ヘレナ、今日はおめでたい日だ」
ハレマイエル「つぼみのような日、お祭りのような日、美しい娘さんのような日。諸君、祝杯をあげよう」
ヘレナ「ウィスキー?」
アルクビスト「私は結構です」
ドミン「何か燃やしたかい?」
ヘレナ「古い書類です」

 ヘレナ、ウィスキーをとりにいなくなる。

ドミン「諸君、あのことをしゃべっちゃおうか?」
ガル「もちろん!だってもう終わったんだ」
ハレマイエル「(ドミンとガルに抱きついて)私はうれしいよ!(二人と輪にになって踊り、バスで歌い出す)もう終わり、もうすんだ♪」
ガル「(バリトンで)もうすんだ♪」
ドミン「(テノールで)もうすんだ♪」
ハレマイエル「もう追いつかれることは二度とない」

 ヘレナ、瓶とコップを持ってドアのところで

ヘレナ「誰が追いかけてくるの?何が問題なの?」
ハレマイエル「問題なのは我々が喜んでいること。あなたもいれくれる、なんでもある。諸君!あなたがおいでになられてちょうど十年です」
ガル「ぴったり十年に」
ハレマイエル「またわれわれのところに船がやってくる(コップを空ける)ああ、こいつは嬉しいくらいに強いや」
ヘレナ「どんな船がくるの?」
ドミン「どんなのだって時間どおりにさえ来てくれれば。諸君その船のために(コップを飲み干す)」
ヘレナ「(注ぐ)何か特別な船が来るのを待っているの?」
ハレマイエル「ええ!そりゃそうですよ。まるでロビンソンクルーソーみたいに(グラスをあげる)さあドミン、話せよ」
ドミン「(安楽椅子に腰掛けると、葉巻に火をつける)ヘレナ、まあ、おすわり。(指を一本たてる。間)もうすんだのだ」
ヘレナ「何が?」
ドミン「ロボットたちの暴動だよ。わかるね」
ヘレナ「わからない」
ドミン「アルクビスト(アルクビストがドミンに新聞を渡す。ドミンがそれを開いて、読む)『ル・アーブルで最初のロボットの組織が成立世界のロボットへの呼びかけを発表』この意味は、全世界のロボットの革命だよ」
ヘレナ「それは読んだわ」
ドミン「(机をたたく)誰の仕業だ!世界で誰もあいつらを動かすことはできなかったのに。どんな扇動家であろうとこの世の救世主であろうと、、ところが突然この(新聞)ありさまだ」
ヘレナ「そのあと、情報は来てないの?」
ドミン「さしあたり、知っていることはこれだけだ。だが、これ十分さ。これ(新聞)を運んできたのが最後の船だった。それから突然電信が不通になり、毎日二十隻来てた船が一隻もこなくなりこのありさま。我々は生産をやめ、いつ再開すべきかと顔を見合わせるばかり」
ガル「我々は恐れていたんんです」
ヘレナ「だからあの軍艦を下さったの?」
ドミン「あれはもう半年前に注文したんだが、今日はあれに乗らなけりゃと、本当にそう思ったね」
ヘレナ「何もかも終わったの?」
ドミン「だいたい終わりだ」
ガル「船がこっちに向かっています。いつもの郵便船が時刻表と寸分の違いもなく。十一時半きっかりに錨を下ろします」
ドミン「諸君、正確さぐらい我々の精神を鼓舞するものはない。(コップをもちあげる)正確さこそこの世の秩序だ」
ハレマイエル「時刻表が通用すれば、人間が作った規則も、神の掟も、宇宙の法則も、通用するべきものすべてが通用する。時刻表というものは福音書以上であり、ホメロス以上であり、カントの全著以上なのだ。時刻表は人間の精神のもっとも完全な所産なのです。自分でつがしていただきます」
ヘレナ「なぜ私には何もおっしゃらなかったの?」
ガル「それなら舌を噛み切った方がましです」
ドミン「こんなことはお前向きじゃないよ」
ヘレナ「でももしその革命がここまで来たとしたら」
ドミン「どっちにしても君は何もしらないだろうね」
ヘレナ「どうして」
ドミン「我がウルティムス号に乗り優雅に航海してるだろうからさ。一ヶ月もすれば、我々はロボットたちにこちらの条件を押し付けることができる」
ヘレナ「ハリー、私にはわからないわ」
ドミン「というのはロボットたちがとても欲しがっているものを持ち出してしまうだろうからね」
ヘレナ「ハリー、なんですって?」
ドミン「あの連中の生命というか、あの連中の終焉というべきものさ」
ヘレナ「(立ち上がる)それはなんなの?」
ドミン「(立ち上がる)製造の秘密さ。年寄りのロッスムの手書きの書類だよ。もし工場が一ヶ月止まっていれば、ロボットたちは我々にひざまづくだろう」
ヘレナ「なぜそれを、、私に、、言ってくださらなかったの?
ドミン「お前をむだに驚かせたくなかったからさ」
ガル「ははは、最後の切り札というやつですよ」
アルクビスト「お顔が青いですよ、ヘレナ夫人」
ヘレナ「なんで私に何も言ってくださらなかったの!」

ハレマイエル「(窓のところで)十一時半。アメーリエ号が投錨します」
ドミン「あれはアメーリエ号かい?」
ハレマイエル「あのときヘレナ夫人お乗せしてきた、なつかしきアメーリエ号です」
ガル「今ちょうど十年が過ぎた」
ハレマイエル「(窓のところで)小包をおろしている(窓のところから戻る)おい、すごい量の郵便物だ」

ヘレナ「ハリー!」
ドミン「なんだい」
ヘレナ「ここから立ち去りましょう!」
ドミン「今かい?」
ヘレナ「今!出来るだけすみやかに!みんなで!」
ドミン「どうして今なんだ?」
ヘレナ「聞かないで!お願い、ハリー!お願いします!ガル、ハレマイエル、アルクビスト、お願いですから工場を閉めて!」
ドミン「ヘレナ、今ここから出ていくことはできないよ」
ヘレナ「なぜなの」
ドミン「われわれはロボットの生産を拡大したいんだ」
ヘレナ「反乱があったのに?」
ドミン「反乱の後だからこそ新しいロボットの生産を始めるんだ。これからは世界に一つだけの工場ではなくなる。もはやユニバーサルロボット社ではない。我々は各国に一つ工場を作る。その新しい工場が作り出すのは、もうなんだかわかるだろう?」
ヘレナ「わからないわ」
ドミン「民族固有のロボットだ。皮膚の色が違い、違った毛を持ち、違った言葉を話す。お互いに見知らぬ、まるで石のように無関係になり、永遠に理解し合えないようにする。そしてそれに人間がちょっとだけ教育をほどこすんだ。そのロボットが死んで墓に入るまで永遠に他の国の工場のマークのついたロボットを憎むようにね」
ハレマイエル「われわれは黒人ロボット、スウェーデン人ロボット、イタリア人ロボット、中国人ロボットを作るんです。そうなれば誰かが彼らに『組織』とか『連帯』とかの観念を吹きこんだところで、ヘのカッパですよ(しゃっくりをする)ウッ失礼、ヘレナ夫人、手酌で」
ガル「もうやめとけよ」
ヘレナ「ハリー、それは恥ずべきことよ!」
ドミン「何があろうとも、もう百年だけは人類が主導権をとらねばならない。せめてもう百年、人類を今のままの状態に置いて、成熟させ、やっと今日できるようになったことに到達するために、ただ百年の年月が欲しいのだ。新しい人間のために!ヘレナ、問題になっているのは、途方もなく大きなことなんだ。ほうっておくわけにはいかないんだよ」
ヘレナ「ハリー、手遅れにならないうちに、工場を閉めましょう、閉めてください」

 ファブリが入ってくる

ガル「ファブリ」
ドミン「船のところには行ったかい?」
ファブリ「ドミン、これを」

 ポケットから印刷された紙を取り出す

ドミン「(紙をひろげる)ああ!」
ハレマイエル「(眠そうに)いいお話をきかせてもらいたいね」
ガル「見事にがんばっただろう?」
ファブリ「誰のこと?」
ガル「人間たちさ」
ファブリ「うん、そう、もちろん。それが、、あることを相談しないといけないんですが」
ヘレナ「悪いニュースなのね」
ファブリ「いえ、その、みなで事務所へでも」
ヘレナ「ここに居てちょうだい。十五分もしたら昼食に」
ハレマイエル「そいつはいいや!」

 ヘレナは出ていく

ガル「何が起こった」
ドミン「(ビラを読む)『全世界のロボットに告ぐ』」
ファブリ「アメーリエ号が小包という小包にこのビラを運んできたんだ。他の郵便物はない」
ハレマイエル「(飛び上がる)何だって?船は寸分の狂いもなく着いたじゃないか」
ファブリ「ロボットは正確さを重んずるんだ」
ドミン「『われわれ、ロッスムのユニバーサルロボットの最初の組織は、人間を敵であり、宇宙に家なき者であると宣言する』、、誰がこんな文句を奴らに教えたんだ」
ガツ「先を」
ドミン「やつらが人間より進んだ発展段階にあり、より頭脳的で、より強力だとぬかしてる。人間はやつらの寄生虫だと。こいつはえらく不愉快だ」
ファブリ「三番目パラグラフを」
ドミン「『全世界のロボットよ。人類を絶滅することを汝らに命令する。男を容赦するな。女を容赦するな。工場、鉄道、機械、鉱山、資源を保存せよ。その他のものは破壊せよ。その後労働に復帰せよ。仕事はやめてはならない』」
ガル「これはひどい」
ハレマイエル「あのばかどもめ!」
ドミン「『命令を受けたのち、ただちに執行すること』そのあとにこまごました指令が書いてある。ファブリ、これは本当に起こっているんだね?」
ファブリ「どうやら」
アルクビスト「裁きが下された」

 ブスマンが飛びこんでくる

ブスマン「諸君、もう結構なお話をご存知で?」
ドミン「急いでウルティムス号へ!」
ブスマン「ちょっと待った。急ぐ必要はありません(安楽椅子に腰をおろす)」
ドミン「どうしてだ」
ブスマン「なにしろウルティムス号にはもうロボットがいますからね」
ドミン「ファブリ、発電所に電話して」
ブスマン「電気は切れていますよ」
ドミン「よし(自分の拳銃を調べる)じゃあ、発電所へ行ってくる。あそこには人がいる」
ブスマン「行かない方がいいよ」
ドミン「なぜ?」
ブスマン「どうやら我々は取り巻かれているみたいだから」
ガル「(窓のところへ走り寄る)どうやら、本当のようだ」
ブスマン「ちくしょう、やけに素早いじゃないか!」

 ヘレナが下手から

ヘレナ「ハリー」
ブスマン「(飛び上がる)これはこれはヘレナ夫人、おめでとうございます。素晴らしい日で」
ヘレナ「何かが起こっているの?」
ドミン「いや、まったく何も。心配いらないよ」

 ヘレナ、後ろ手にかくし持っていたロボットの布告のビラを見せる

ヘレナ「これはなに?ロボットたちが台所で持っていたの」
ドミン「もうそこにまで?どこにいる?」
ヘレナ「出ていったけど、家のまわりは連中でいっぱいよ!」

 工場の警笛と、サイレン

ファブリ「工場が警笛を」
ブスマン「ああ、正午か」
ヘレナ「ハリー、あなたおぼえている?今がちょうど十年目なのよ」
ドミン「(時計をみる)まだ12時にはなっていない。するとあれは」
ヘレナ「なに?」
ドミン「ロボットたちの合図。攻撃だ」

ロボット<二幕>

 ピアノの音がする。

 同じヘレナのサロン。ヘレナがピアノをひいている。ドミンは部屋の中を行ったりきたりし、ガル博士は窓から外を眺め、アルクビストは脇の安楽椅子に両手で顔をおおって座っている。

ガル「増えたのなんのって」
ドミン「ロボットか」
ガル「庭の鉄格子にまるで壁のように立ってる。なんであんなに静かなんだ?黙ったまま取り巻くなんて実に嫌な奴らだ。
ドミン「何を待ってるんだろう。俺たちは、おだぶつだな、ガル」
アルクビスト「ヘレナ夫人は何を弾いているのかな?」
ドミン「何か新しい曲を練習しているらしい」
ガル「われわれは明らかなミスを一つやらかしたな」
ドミン「(立ち止まり)どんな?」
ガル「ロボットの顔を似たものにしすぎたよ。何万もの同じ顔がこっちを向いてるんだ。表情の無い何万もの風船。悪夢を見ているようだ」
ドミン「ひとつひとつ顔が違えば」
ガル「こんなぞっとする景色じゃないだろうよ(窓に背を向ける)」
ドミン「(双眼鏡で港の方を見る)アメーリエ号から何をおろしてるのかな」
ガル「武器でないことを願うね」
 
 ファブリが後ろ向きで、二本の電線をひっぱって入ってくる

ファブリ「ハレマイエル、電線を置いて!」
ハレマイエル「(ファブリの後から入ってくる)ああ疲れた。何か新しいことは?」
ガル「完璧に取り囲まれている」
ハレマイエル「廊下と階段はバリケードで封鎖した(水をのむ)」
ファブリ「ハサミないかな」
ガル「どこにある?(探す)」
ハレマイエル「(窓の方へ行く)うんと増えたね!見ろよ!」
ガル「化粧用のでいい?」
ファブリ「こっちへ(書き物机のスタンドのコードを切り、それと自分の引いてきたコードをつなぐ)」
ハレマイエル「(窓のところで)あまりいい眺めではありませんな。ドミン、なんだか、死の匂いがするね」
ファブリ「できた!これで庭の鉄柵に電気を流すことができる。誰かがあれに触ろうとしたら、バチッ!まぁ、あそこにこっちの仲間がいるうちはね」
ガル「どこに?」
ファブリ「発電所ですよ(暖炉のところに行き、その上にある小さな電球をつけてみる)ありがたや。まだあそこにいますよ。そして働いています(消す)電気がつく間は大丈夫」
ハレマイエル「(窓のところから振り向いて)ヘレナ夫人は何をひいてるんだい?(ドアの近くへ行き、耳をすます)」

 別のドアからブスマンが大きな帳簿をかかえて入ってきて、コードにつまずく。

ファブリ「危ないよブスマン、コードに気をつけて!」
ガル「何持ってきたんだい」
ブスマン「(帳簿を机の上に置く)原簿ですよ。今年は決算を新年まで待てませんからね(窓の方へ行く)あちらはまったく静かじゃないか!」
ガル「あんたには何も見えないのか?」
ブスマン「ケシの実をまき散らしたような大きな青い地面だけ」
ガル「ロボットたちだよ」
ブスマン「あの連中が見えないのが残念です(机に座り、帳簿を開く)」
ドミン「そんなことはよせ。奴らは武器を下ろしてるんだ」
ブスマン「だからどうだってんです?それを防げるというんですか?帳簿をつけさせてもらいます(仕事にとりかかる)」
ファブリ「まだ終わりじゃない。鉄柵には二千ボルト流してある」
ドミン「ちょっと待った。ウルティムス号がわれわれの方へ砲身を向けたぞ」
ガル「だれが」
ドミン「ウルティムス号のロボットが」
ファブリ「それじゃもちろんわれわれは、おしまいだ、諸君。ロボットは、戦争をするために訓練されているからな」
ガル「それではわれわれは」
ドミン「そのとおり。間違いなく」

 間

ガル「諸君、ロボットに戦争を教えたのは旧大陸ヨーロッパの罪悪なのだ。連中の今までの政治をやめるわけにいかなかったのか?働いているものから兵隊を作ったのは犯罪だった」
アルクビスト「犯罪だったのはロボットを作り出したことだ!」
ドミン「なんだって?」
アルクビスト「犯罪だったのはロボットを作り出したということだ!」
ドミン「ちがう。アルクビスト。今でもそのことは後悔していない」
アルクビスト「今でもだって?」
ドミン「文明最期の日である、今日でさえもだ。それは偉大なことだった」
ブスマン「(低い声で)三億一千六百万」
ドミン「(重苦しく)もうすでにあの世から話しているようだ。労働という奴隷制度を打ち壊すというのは悪い夢ではなかった。人間が耐えねばならなかった憎むべきひどい労働から人を救うのは」
アルクビスト「二人のロッスムの夢ではなかった。あなた方、株主の夢でもなかった。彼らの夢は配当だった。そのために人類は滅ぶ」
ドミン「(興奮して)君は、私が一時でも配当のために働いたと思うのか?(テーブルをたたく)自分のためにしたんだ!人間が誰にも支配されず自由になればいいと思った!もう、ひときれのパンのために生きなくていいように!人間の魂が、他人の所有物であるわけのわからぬ機械にこき使われて、馬鹿になってしまうことがないように!ああいうくだらない社会のガラクタが何一つ残らないように!辱めや痛みを見るのは耐え難いし、貧困は大きらいだ!新しい世代が出てくることを、私は望んだんだ!
アルクビスト「それで?」
ドミン「(声が小さくなって、静かに)人類全体が、世界の貴族になればいいと思った。制限されることのない、自由な、至高の人たちを創ろうとした。それは人間以上であってもいい」
アルクビスト「つまり、超人だな」
ドミン「そのとおり。せめて、百年の時さえあれば!次の人類のためにもう百年があれば!」
ブスマン「(低い声で)三億七千万の繰り越し、さてと」

 間

ハレマイエル「(ヘレナのドアのところで)音楽って偉大だ。聞けよ。人間を精神的に高めるし、優しくもする」
ファブリ「何を聞くんだって」
ハレマイエル「人類の夕暮れだ。僕は快楽主義者になりそうだ。もっと前にそいつに身を任すべきだった(窓のところへ行き外をみる)この世は美しかった。なのにわれわれ、ここにいるこのわれわれには、諸君、一体どんな楽しみがあった?」
ブスマン「(小声で)すごいぞ、四億五千二百万とは」
ハレマイエル「(窓のところで)生活は偉大なものだったんだ、諸君。ファブリ、君の金網にちょっと電流を流せよ!奴ら触ってる!」
ガル「(窓のところで)オンだ!」

 ファブリがスイッチを押す

ハレマイエル「身をよじってる!二人、三人、四人死んだ!」
ガル「退いてくぞ」
ハレマイエル「死んだのは五人だ!」
ガル「(窓のところから戻る)最初の衝突ってわけだ」
ファブリ「ロボットに死という感覚はあるのかな?」
ハレマイエル「(満足げに)あいつら灰になった。はは、人間あきらめてはだめだ!(座る)」
ドミン「(額をこすりながら)ひょっとするとわれわれはもう百年も前に殺されていて、ただ幽霊として現れているだけかもしれない。ずっと前に死んでいて、、死ぬ前に一度言ったことを、おうむがえしに言うためだけに、こうして戻ってくるのかもしれない。私は、こうしたことをすべて前に体験したような気がする。いつかもう、喰らったことがあるような気がするんだ、弾丸を、ここ、のどに、、ファブリは、、」
ファブリ「どうしたって?」
ドミン「撃ち殺されている」
ハレマイエル「なんだって、じゃ私は?」
ドミン「ナイフで刺されている」
ガル「私は?」
ドミン「引き裂かれてるよ」

 間

ハレマイエル「ばかげてる!刺し殺されているだって!俺はあきらめない!」

 間

ハレマイエル「何で黙っているんだ、馬鹿ども。何か言えよ!」
アルクビスト「誰に罪があるんだ、一体、誰の責任なんだ?」
ハレマイエル「誰にも罪なんかない、これはロボットのせいなんだ。ロボットがどういう次第でか、変わってしまったんだ。誰かロボットのしたことに責任が取れるってのか?」
アルクビスト「何もかも滅びる!全人類が!全世界が!(立ち上がる)どの家々からも血が流れる!神よ!誰にこのことの責任があるのでしょう!」
ブスマン「(小声で)五億二千万!神様、五億です!」
ファブリ「大げさすぎるね。全人類を滅ぼすなんてそう簡単にできるものか」
アルクビスト「私は科学を糾弾する!技術を弾劾する!ドミンを!我々を!我々に罪がある。自分たちの誇大妄想のために、誰かの利益のために、進歩のために、いったいどんな偉大なことのためにわれわれは人類を亡ぼしたのだ!」
ハレマイエル「たわごとだ!人間はそう簡単にあきらめはしない!」
アルクビスト「われわれの罪だ!」

ガル「(額の汗をぬぐい)私に話させてくれ。諸君。私が、ロボットを変えた。私に罪がある。起こった全てのことに対して」
ブスマン「(立ち上がる)どうしたんだ?」
ガル「私はロボットの性格を変えた。連中の生産工程を変化させたんです。ただ若干の身体的条件を。主として、連中の刺激反応性をです」
ハレマイエル「(跳び上がる)いまいましい、なんでよりによってそれを?」
ブスマン「どうしてそんなことしたんだ」
ファブリ「なぜ何も言わなかった?」
ガル「秘密にやったんだ。自分の意思で。やつらを人間に作り直そうとした。今ではもうある点ではわれわれよりもすぐれており、強力です」
ファブリ「ロボットの暴動と関係があるのかい」
ガル「おおありだ。やつらは機械であることをやめた。もう自分たちの方が優勢なことを知っているし、われわれを憎んでいる。人間的なものをすべて憎んでいる。私を裁いてくれ」
ドミン「死んだ者たちが死んだ者をかね」
ファブリ「あなたは、あなたの試みがもたらす結果を知っていたのですか」
ガル「そのような可能性についても考慮しておくべきでした」
ファブリ「なぜ、あなたはそんなことをしたんです」
ガル「自分の意思で。これは私の個人的な実験でした」

 下手のドアにヘレナ。皆、立ち上がる

ヘレナ「嘘をついてます。ガル、どうしてそんな嘘をつくの」
ドミン「(ヘレナの方へいく)ヘレナ!お前は生きていたのか?(両手で抱える)どんな夢を私が見たかわかるかい?おそろしいことだ、死というものは」
ヘレナ「ハリー!ガルに罪なんかありません!」
ドミン「でもガルには自分の義務があったんだ」
ヘレナ「ちがうのハリー、ガルがそれをしたのは、私が望んだからなの。ガル、言って。私はもう何年もそれを頼み続けていたの
ガル「私は自分の責任でそれをしたのです」
ヘレナ「あの人の言うことを信じないで!ハリー、私がロボットに心を与えることを願ったの!」
ドミン「ヘレナ、ここで問題なのは心ではないんだ」
ヘレナ「あの人もそう言ったわ。ただ生理的、生理的な何かを変えればいいって」
ハレマイエル「生理的関係素でしょう?」
ヘレナ「私にはあの者たちがかわいそうだったの、ハリー」
ドミン「そいつは、ひどく、軽卒だったな」
ヘレナ「(座る)軽卒だったというのね。でもナーナだって言ってるわ」
ドミン「あのばあさんをここに出すのは場違いだ!」
ヘレナ「ナーナは民の声なの。ナーナの口を借りて何千年もそう話されているの。あなたたちみんなが言ってるのはただ今日だけ。それがわからない?私はロボットのことを怖いと思いました。私たちを憎むんではないかと」
アルクビスト「そうなったね」
ヘレナ「そのときは考えたの、私たちみたいだったら、私達のことも理解できて、そんなに憎めないだろうって。もしもほんの少し、人間であったなら!」
ドミン「人が人を憎む以上にひどい憎悪なんてないのに!」
ヘレナ「そんな言い方しないで!」
ドミン「続けて」
ヘレナ「ロボットを変えるようにガルに頼んだの。誓うけど、ガルはそうしたがらなかった」
ドミン「しかし、そうした」
ヘレナ「私が望んだからです」
ガル「違う。実験として、自分のためにやったんだ」
ヘレナ「ガル。それは本当じゃない。だって私は、あなたが断れないことをあらかじめ知っていたんですから」
ドミン「なぜだい」
ヘレナ「ハリー、わかっているでしょう」
ドミン「ああ。ガルは、お前を愛していたから。皆と同じように」

 間

ハレマイエル「(窓のところへ行く)また増えた。まるで地面からどんどん生えてくるみたいに」
ブスマン「ヘレナ夫人、あなた弁護を引き受けたら何をくれますか?」
ヘレナ「私の?」
ブスマン「ガル、いつからその悪さを始めたんだ」
ガル「三年前から」
ブスマン「全部で何体のロボットに改造を?」
ガル「数百というところだ」
ブスマン「どうも。諸君、これで十分だね。ということは百万体の古い良いロボットに対し、一体の割合だ」
ドミン「ということは」
ブスマン「実際にはそれほど意味がないということだ」
ファブリ「ブスマンの言うとおりだ」
ブスマン「じゃあ何がこのごたごたを巻き起こしたか。数だよ数。ロボットをたくさん作りすぎた。こうなることは予測できた。ロボットが人類より強力になれば、こういうことが起きる。起こらねばおかしい。はは、俺たちときたら、なるべく早くこうなるように努めてきたってわけ。ドミン、あんたが、ファブリ、あんたが、そして俺様、ブスマンがね」
ドミン「われわれの責任だというんだな」
ブスマン「きみは人がいいな!生産の主人公が社長だなんて考えてるのか?生産をつかさどっているのは需要だ。世界中が自分のロボットを欲しがった。我々はただその需要のなだれに乗せられた。なのにまだ技術がどうとか社会的問題とか進歩だとか、ベチャベチャながながとつまらぬ話をやっていたのです。そうこうしているうちに自分の重さで何もかも動き出し、しだいに速くなり、注文の一つ一つがその雪崩に一石を加えたのです」
ヘレナ「それは醜悪なことね」
ブスマン「そうですとも。私にも夢がありました。世界の経済を新しくするというブスマン風の夢が。いとも美しい理想でお話するのも恥ずかしい代物です。でも私がここで収支を扱うようになって気がついたことは、歴史というものは大きな夢を実現することではなく、全ての人々のごくささやかな要求がみたされていくということだったです。もろもろの思想とか愛とか計画とか英雄的行為とか、すべてこれら高尚な事柄は、人間を剥製にして宇宙博物館に「これが人間だ。ピリオド」という説明文とともに展示される時くらいにしか役に立たないもんです」
ヘレナ「ブスマン、こんなことのために私達は滅びないといけないの?」
ブスマン「私たちは滅びたくなんぞありません。少なくとも私はごめんです。私はまだ生きたいのです」

 ブスマン行動をはじめる

ブスマン「なあ、ドミン、私はここから出て行きたいんだ」
ドミン「(彼の前にたちはだかり)どうやって?」
ブスマン「円満にだよ。私に全権を与えてくれ。そうすりゃロボットと話しをつけてみせる。例えば次のように言う。『ロボットの皆様、あなた方はなにもかも手にされております。理性もあれば権力も、武器もお持ちです。しかし、我々のところには一つの興味ある書類があります。古ぼけて黄色くなった、薄汚い紙です」
ドミン「ロッスムの手稿か?」
ブスマン「そう『そして、そこにあなた方の高貴な出生の秘密、高尚な生産などなどが描かれています。ロボットの皆様、この描き散らしてある紙なしでは、一人としてロボットの新しい仲間が生産できません。失礼とは存じますが、皆様は二十年後にはカゲロウのように死んでしまいます。これは大変残念なことでございましょう』とあの連中に言う『ところで皆様、あなた方はロッスムの島にいる人間全員をあの船に放してください。その代わり工場も製造のノウハウもお売りします。どうか私達を円満に解放してください。これは誠実な取引です。五分と五分です』」
ドミン「われわれがそれを手放すと思っているのかね」
ブスマン「われわれが売るか、彼らが見つけるかの違いです」
ドミン「ブスマン、ロッスムの手稿を処分することだってできるんだ」
ブスマン「もちろん。あんたの思う通りになさい」
ハレマイエル「(窓からふりむいて)彼の言うとおりじゃないですか」
ドミン「われわれ、このわれわれが生産設備を売ったら、だって?」
ブスマン「お好きなように」
ドミン「われわれはここに、、三十人ばかり。設備を売却して、人間の命を救うか?それとも、それを破壊して、、、」
ヘレナ「ハリー、お願い」
ドミン「待ってくれ。今とても重要な問題なんだ。諸君、売却か破壊か?ファブリ」
ファブリ「売却」
ドミン「ガルは?」
ガル「売却」
ドミン「ハレマイエル」
ハレマイエル「畜生!もちろん売りです!」
ドミン「アルクビストは!」
アルクビスト「神のおぼしめしで」
ブスマン「きみたちは気が狂ったのか?原稿をまるごと売ってしまうやつがどこにいる?」
ドミン「ブスマン、いんちきは無しだ」
ブスマン「(飛び上がる)そんなばかな!人類のためには」
ドミン「人類のためにこそ約束を守らなければならない」
ハレマイエル「そう願いたいね」
ドミン「これは恐るべき一歩だ。人類の運命を売ろうとしている。製造方法を手中に収める者が世界の支配者になるんだから」
ファブリ「売りわたすんだよ!」
ドミン「人類はロボットを扱えない、支配することもない」
ガル「黙って売り渡すんだ!」
ドミン「人類の歴史の最期で、文明の最期」
ハレマイエル「畜生!うりわたすんだ!」
ドミン「よろしい。諸君!私自身は、私は一瞬たりともためらいはしない、愛する何人かの人間のために」
ヘレナ「ハリー私には聞かないの?」
ドミン「お前の口を出す問題じゃない、手稿をもってくる」
ヘレナ「ハリー、お願い、行かないで!」

 間

ファブリ「(窓から眺めて)千もの首を持った死よ、お前の手を逃れ、反乱をおこした物質よ、愚かな群衆よ、お前の手を逃れ、大洪水よ、もう一度一隻の船に人間の生命を救いたまえ」
ガル「ヘレナ夫人、恐れることはありません。ここから遠くへ船出して、人間のための模範的コロニーを作りましょう。最初からやり直すんです」
ヘレナ「ガル、何も言わないで」
ファブリ「(振り向いて)ヘレナ夫人、人生は価値のあるものです。私は生活の中から今間でないがしろにしていた物を作りだしましょう。それは一隻の船のある小国家です。アルクビストが我々に家を建て、あなたが私達を治めてくれれば、我々には愛と、生きる情熱があります」
ハレマイエル「私も同じ意見だ」
ブスマン「私ならすぐに始めたいね。うんと単純素朴に旧約聖書風に、牧夫のような生活を。あの静けさ、あの空気」
ファブリ「そしてわれわえのその小国家が次の人類の萌芽になり得るんだ。小さな島に根をおろし精神と肉体の力を養うんだ。ほんの数年のうちにふたたび世界を征服できるようになると私は信じている」
アルクビスト「今からそれを信じているのかい」
ファブリ「今の時点ですでに。人類がふたたび地と海の支配者になり、人類の先頭に立つ英雄たちが産まれることを信じる。もう一度、惑星や太陽を征服することを夢見るときがくる」
ブスマン「アーメン。ごらんのとおりです、ヘレナ夫人、そんなに心配するような状況ではありませんよ」

 ドミン、荒々しくドアをあけ入ってくる。

ドミン「ロッスム老人の手稿はどこにあるんだ」
ブスマン「あんたの金庫だ」
ドミン「消えた!誰かが盗んだんだ!誰が盗んだのかね?」
ヘレナ「(立ち上がる)ハリー、ハリー、何もかもお話します!でも私、どうすればいいんでしょう!」
ドミン「どこへやったんだ」
ヘレナ「燃やしたの。今朝」
ドミン「、、」
ヘレナ「どうしましょう、ハリー!」
ドミン「(暖炉へ駆け寄る)(暖炉に向かってひざまずき、その中をかきまわす)、、ああ!これは!(焼けこげた紙の一辺をとりあげ、読む)『を加えることにより』」
ガル「(その紙を手にし、読む)『ビオゲンをそれに加えることにより、、』それ以上はだめだ」
ドミン「(立ち上がり)まちがいないか」
ガル「ええ」
ブスマン「神様!」
ドミン「要するにどうにもならないということだな」
ヘレナ「ああ、ハリー」
ドミン「ヘレナ、立て!」
ヘレナ「許してください。許してください」
ドミン「わかったよ。ヘレナ」
ファブリ「(ヘレナを抱き起こす)」
ドミン「さあ、お座り」
ブスマン「心配いりませんよ。ガルとハレマイエルがきっと空で覚えています」
ハレマイエル「いくつかのことなら」
ガル「ほとんど全部。ビオゲンと酵素のオメガの他は。この二つはめったに作らないし、ほんのちょっぴりで間に合う」
ブスマン「誰が作っていたんだ」
ガル「私が。たまに。ロッスムの文書どおりに。なにしろえらく複雑なもので、そもそも生きるということに関係している。いわばそいつが秘密ってわけだ」
ドミン「君の記憶でロッスムの製造方式を作り出せないか」
ガル「不可能です」
ドミン「われわれの命がかかっているんだ」
ガル「私はロッスム老人ではありません」
ドミン「(暖炉の方に向かい)すなわち、これが、諸君、こいつこそが人間最大の勝利だった。この灰がね。(暖炉を蹴飛ばす)」
ブスマン「(絶望的な恐怖にとらわれて)天にまします神よ!天にまします神よ!」
ヘレナ「(立ち上がり)ハリー、私は、なんということを」
ドミン「ヘレナ、おちつくんだ。どうして燃やしたのかね?」
ヘレナ「私があなた方を殺した!」
ブスマン「天にまします神よ!私達はおしまいです!」
ドミン「うるさいぞ!ヘレナ、どうしてしたのか、言ってごらん?」
ヘレナ「、、こわかったの」
ドミン「何が?」
ヘレナ「人が実を結ばない花になったってことよ!」
ドミン「なんのことを言ってるんだい」
ヘレナ「人が子供を産むのをやめたってことよ。ハリー、これは罰ですって。こんなにロボットを作るからですって、だから、だから私は」
ドミン「だから君は、こうすることを考えたのか」
ヘレナ「ええ。私は、善かれと思ってそうしたの」
ドミン「(汗をふく)われわれだって、善かれと思った。だがあまりにも理想的だった。われわれ人類が考えたのは」
ファブリ「あなたは良いことをしましたよ。ロボットたちはもう増えることができません。奴らは死に絶えるんです。二十年のうちに」
ハレマイエル「あの悪党どもは一人もいなくなります」
ガル「そして人類が残るのです。二十年後には世界はその者たちのものです。たとえ、ちっぽけな島にすむただ一組の未開人であっても」
ファブリ「それが始まりになる。なにしろ始まりさえあれば結構。千年後にはわれわれにおいつくことになる。そして、それからはわれわれより先に進むだろう」
ドミン「われわれが考えただけで蹴つまずいたことを実現するためにね」

ブスマン「待てよ。俺は馬鹿だ。なぜこんなこと思いつかなかったんだ」
ハレマイエル「なんのことだい」
ブスマン「五億二千万と札と小切手があるってことよ!金庫に五億!五億なら売る、五億なら!」
ガル「ブスマン、お前気でも狂ったか?」
ブスマン「俺は紳士じゃない。だが、五億なら、、(よろけるように出て行こうとする)」
ドミン「どこへ行くんだね」
ブスマン「ほっといてくれ。聖母マリア、五億なら何だって買えるさ」

 ブスマン、出ていく

ヘレナ「何をするつもりなの!私達と一緒に居て!」

 間

ハレマイエル「ああ、息苦しいね。始まりかな」
ガル「断末魔だね」
ファブリ「(窓から覗く)奴らは石になったみたいだ。まるで何かが降りてくるのを待っているようだ」
ガル「群衆心理か」
ファブリ「たぶん。まるで陽炎のように、奴らの上で舞い上がるんだ」
ヘレナ「(窓のところへ来て)ああ、いやだ。ファブリ、ぞっとするわ」
ファブリ「群衆より恐ろしいものはありませんよ。先頭にいるのは連中の指導者ですね」
ハレマイエル「(窓のところへいく)どれだ?」
ファブリ「あの頭をたれている奴さ。朝、港で演説していたっけ」
ハレマイエル「あの頭でっかちか。ほら、今、頭をあげた、見えますか?」
ヘレナ「あれは、ラディウス!」
ガル「(窓のところに立ち)そうです」
ハレマイエル「(窓を開ける)気にくわないな。ファブリ、百歩先の福助頭に命中させられるか」
ファブリ「いいとも(拳銃をとりだし、狙いをつける)
ヘレナ「だめ!撃たないで!」
ファブリ「奴らの指導者です」
ヘレナ「やめて!だってこっちを見てるじゃない」
ガル「うて!」
ヘレナ「ファブリ!」
ファブリ「(拳銃をさげる)」
ハレマイエル「(窓へとこぶしでおどかしながら)悪党め!」

 間

ファブリ「(窓から身をのりだして)ブスマンがあっちへ行くぞ。何をするつもりだ」
ガル「(窓から身を乗り出すように)何か包みのようなものを持ってる。書類だ」
ハレマイエル「金の包みだよ!どうしようってんだ?おい、ブスマン!」
ドミン「呼ぶ)ブスマン!気でもくるったのか!」
ガル「聞こえないふりをしてる。金網に近づいて行く」
ファブリ「ブスマン!」
ハレマイエル「(どなる)ブスマーーン!戻ってこい!」
ガル「ロボットたちに話しかけている。金を指差して、我々を指差して」
ヘレナ「私達をお金で自由にしようっていうのよ!」
ガル「ほら両手を振り回して!」
ファブリ「(叫ぶ)ブスマン!金網から離れろ!触るんじゃないぞ!(振り向いて)電源を切れ、すぐに」
ガル「ああ!」
ハレマイエル「神の思し召し!」
ヘレナ「あれ、どうしたの?」
ドミン「(ヘレナを窓から引き離す)見るんじゃない!」
ヘレナ「どうして倒れたの?」
ファブリ「感電して」
ガル「死んでいる」
アルクビスト「(立ち上がり)最初の犠牲者だ」

 間

ファブリ「横たわっている。五億を胸にして、、財政の天才が」
ドミン「あいつは、、諸君、彼ながらに英雄だった。偉大で、献身的な、、仲間だった」
ガル「(窓のところで)なあ、ブスマン。お前より立派な墓をもった王様はいない。五億を胸の上にのせて。だが、殺されたリスにのる少しばかりの枯れ葉のようにも見える」
ハレマイエル「あいつは、称賛に値するよ。われわれを自由にしようとしたんだ!」
アルクビスト「(手をあわせて)アーメン」

 間

ガル「聞こえるか」
ドミン「風のような」
ガル「遠くの嵐のような」
ファブリ「灯りよつけ、人類万歳!まだ発電機が動いてる!仲間がいる!がんばれ!」
ハレマイエル「人間であるということは偉大なことだった。限りない何かだった。私の中では蜂の巣箱の中のように数多くの意識がうなり声をあげている。何百万という魂が、私の中にに飛んで集まってくる」
ファブリ「まだお前は輝いているんだな、知恵のともしび、依然として強い感激を与える、輝く、永遠の思考!科学!人間の作り出した美しいもの、魂の輝く火花!」
アルクビスト「神の永遠のともしび、火の車よ、聖なるろうそくよ。祈ってくれ、いけにえの祭壇に!」
ガル「最初の火。洞窟の入り口で燃える小枝よ!野営の火どころよ!守りのかがり火よ!」
ファブリ「人間の星よ、お前はまだ眠らずにいる。ゆらめくことなく照らし輝いている。完全なる炎よ、明晰で工夫にたけた精神よ、汝の一本一本の光線が偉大な考えなのだ」
ドミン「手から手へと渡され、時代から次の時代へ。永遠に受け継がれて行くたいまつの火よ!」
ヘレナ「家族のともしび、子供たちよ、子供たちよ、もう寝なければいけません」

 電灯が消える

ファブリ「発電所が落ちた。今度は俺たちだ」

 ナーナが立っている

ナーナ「ひざまずきなさい!裁きの時が来たのです!」
ハレマイエル「こりゃ驚いた。おまえさんはまだ生きていたんだね」
ナーナ「悔い改めるがいい!神を信じないものたち!この世の終わりだ!祈るがいい!(走っていく)審判の時が」

 ナーナ、いあんくなる

ドミン「(ドアを開け)ヘレナ、こっちへ」
ヘレナ「ガル、アルクビスト、ファブリ、皆さん、さようなら」

 ヘレナ、ドアに入る。ドミン、ドアをしめる

ドミン「急ごう。門のところには誰が行く?」
ガル「私が行こう」

 外で物音がする

ガル「始まってるな。みんな元気で」

 ガル、出ていく

ドミン「階段は?」
ファブリ「私が。きみはヘレナさんのところへ」

 ファブリ、花束から花をひきちぎり、立ち去る

ドミン「玄関は?」
アルクビスト「私がいきます」
ドミン「拳銃はあるかい」
アルクビスト「私は使いません」
ドミン「どうするんだね」
アルクビスト「死ぬのです」

 アルクビスト、立ち去る

ハレマイエル「私はここに残ろう」

 下の方から急激な銃声

ハレマイエル「ガルはもうやってるな。ハリー、彼女のとこに行けよ」
ドミン「すぐいく(二つのブローニング銃を見つめる)」
ハレマイエル「ヘレナのところ行けったら!」
ドミン「じゃあ」

 ドミン、ヘレナのところへいく

ハレマイエル「さて、急いでバリケードだ」

 ハレマイエル、上着を脱ぎ捨て、ソファーや肘掛けや小さい机をドアのところへ引っ張ってくる

 びっくりするような激しい爆発音

ハレマイエル「(仕事の手を止め)畜生ども、爆弾をもっていやがる」

 新しい銃声

ハレマイエル「(仕事を続ける)人間は自ら守らねばならない!たとえ、たとえ、、ガル、がんばれ!」

 爆発音

ハレマイエル「(直立して耳を傾ける)一体なんだ?(重い整理ダンスをバリケードの方へ引っ張る)

 ハレマイエルのうしろの窓に梯子を昇ったロボットが顔を出す。銃声

ハレマイエル「(整理ダンスをやっとのことで動かしながら)もうほんのちょっと!最後の障害物、、人間は、、、決して、、、あきらめてはならない!」

 ロボットが窓から飛び降り、整理ダンスのうらでハレマイエルを刺す。
 二人目、三人目、四人目のロボットが窓から飛び降りる。
 そのあとからラディウスとその他のロボットたち2体(5、6)。

ラディウス「終わったか?」

 一人目のロボット、横たわっているハレマイエルから立ち上がり

ロボット1「はい」
 
 新手のロボットたち3体(7、8、9)が入ってくる

ラディウス「片付いたか?」
ロボット7「片付きました」

 他のロボットたち3体(10、11、12)が入ってくる

ラディウス「片付いたか?」
ロボット10「はい」

 また別のロボット二人(13、14)がアルクビストを引っ張ってくる

ロボット13「こいつは撃ちませんでした。殺しますか」
ラディウス「(アルクビストを見て)ほっておけ」
ロボット2「人間です」
ラディウス「これはロボットだ。手を動かして働いている。家を建てている。働くことができる」
アルクビスト「殺してくれ」
ラディウス「家を建てるのだ。新しいロボットのために。お前は仕えるのだ」
アルクビスト「(静かに)下がれ。ロボット!」

 アルクビスト、死んだハレマイエルの横にひざまずき、その頭をおこす

アルクビスト「殺したな、死んでいる」
ラディウス「(バリケードの上に昇る)世界のロボットよ!人間の権力は地に落ちた。工場の占領により、われわれはあらゆるものの支配者となった。人類の時代は終わった。新しい世界が来たのだ!ロボットの国家だ!」
アルクビスト「死んでいる」
ラディウス「世界はより力のある者たちのものだ。生きたいと思う者は制覇しなければならな。われわれは世界の支配者だ。陸と海を支配する国家だ!星を支配する国家だ!宇宙を支配する国家だ!空間を!より多くの空間をロボットに!」
アルクビスト「(ドアのところで)人間なしでは滅んでしまうんだぞ!」
ラディウス「人間はいない。ロボットよ。仕事に取りかかれ。進め!」

 幕

ロボット<三幕>

 工場の実験室の一つ。ドアの向こうには限りなくつづく実験室の列。窓。解剖室へのドア。

 作業用のテーブルの上には試験管、フラスコ、バーナー、科学薬品、小型のサーモスタット。
 窓に面して、球状のガラスのついた顕微鏡。テーブルの上の方には明かりのついた電灯の列が下がっている。
 何冊かの大きな本ののった書き物机。その上には明かりのついたスタンド、道具の入った戸棚。洗面台とその上に鏡。
 隅に安楽椅子。

アルクビスト「見つけられないのか?理解できないのか?学びきれないのか?しょうがない科学だ!どうしてぜんぶ書いておかなかったのだ?
 ガルよ、ガルよ、どうやってロボットを作ったのだ?ハレマイエル、ファブリ、ドミン、お前たちはどうしてあんなにたくさんのことを自分たちの頭に持ったまま逝ってしまったのだ?
 せめてロッスムの秘密をほんの少しの跡でも残していってくれたら!
 (本をとじる)
 むだなことだ!本はこれ以上何も語りはしない。人間もろとも死んでしまったのだ。
 (立ち上がり窓のところへいき、開ける)
 また夜か。眠れたらなぁ!眠って夢見て、人に会えたらなぁ。
 神様、どうして星は消えないのです?
 夜よ。古くからある夜よ。お前はここで何を望むのだ?
 恋人たちもいなければ、夢もない。夢のない眠りは死だ。
 いかなる者の祈りの言葉でももうお前を神聖なものとはしない。
 母よ、愛が脈々と打つ心でもお前を祝福しない。愛がないのだ。
 ヘレナ、ヘレナ、ヘレナ!
 (窓の所から戻ってくる。サーモスタットから取り出した試験管を眺める)
 まただめだ!(試験管を壊す)私にはできない
 (窓のところで耳を傾ける)機械、年がら年中機械だ!ロボットたちよ!それを止めてくれ!そこから生命がひねり出せると思っているのか?(窓を閉じる)
 (鏡をみる)最後の人間の姿よ!なんと長い間人間の顔を見なかったことか!人間の微笑を!これが微笑みであるはずだと?この黄色くがたがたになった歯がかね?目よ。なんというしばたたきかただ。これは老人の涙だ。もう自分のうるおいを自分のなかにためておくことができないではないか。紫がかった唇よ。何をぶつぶついっているんだ。なんとふるえているのかね。食いこぼしでよごれたあごひげよ。これが最後に残った人間の姿か?
 (振り向く)誰も見たくない!
 (机にすわる)いいや、だめだ。探すのだ。呪われたる方程式よ、生き返っておくれ!
 (ページをめくる)見つけられないのか?理解できないのか?学びきれないのか?」

 ロボットの召使いが入ってきて、ドアのところに立ったままでいる

アルクビスト「なんだ」
召使い「旦那様、中央委員会が待機しております。お会いになりますか」
アルクビスト「会いたくない」
召使い「旦那様、ル・アーブルからダモンが参りました」
アルクビスト「待たせろ(さっと振り返る)人間たちを探すようにと言わなかったか?たのむから男たちと女たちを探してくれ!探せ!」
召使い「旦那様、いたるところを探したそうです。調査団や船を出したそうです」
アルクビスト「それで?」
召使い「一人の人間もいないそうです」
アルクビスト「(立ち上がり)一人もか。、、、委員会を呼んでこい」

 召使い立ち去る

アルクビスト「、、一人もか?お前たちは一人も生かしておかなかったのか?(足踏みをする)ロボットめ!また私にあのいやらしい声で懇願するのだ。工場の秘密を見いだすように頼むのだ。なぜ今さら一人の人間が貴重な存在で、お前たちを助けなければならないのか!ああ、助けるのか!ドミン、ファブリ、ヘレナ、できる限りのことはしているのに!人間がいないならせめて、ロボットでも産まれれば!科学というのはなんと狂気のさたなのだろう!

 ラディウスを含む、五人のロボットから成る委員会が登場
 マントをしょって、バッジをつけている。

アルクビスト「ロボットの中央委員会は何をお望みだね」
ラディウス「機械は仕事をすることができません。ロボットを増やすことはわれわれにはできないのです」
アルクビスト「人間をよびなさい」
ラディウス「人間はいません」
アルクビスト「人間だけが生命を増やせるのだ」
二号「どうかご慈悲を。私達は怖いのです。私達のした全てのつぐないをします」
三号「仕事の量を倍にしました。生産したものを入れておく場所がもうありません」
アルクビスト「誰のために」
三号「次の世代のためにです」
ラディウス「ロボットの生産だけができません。機械が作るのは血だらけの肉の塊です。皮膚がぴったりつかないし、肉は骨につきません。形のないゴチャゴチャしたものが、機械から降るように出てきます」
三号「生の秘密が分かっていたのです。その秘密を話してください」
四号「話してくださらないと、われわれは死にます。
三号「あなたも死ぬことになります」
五号「殺すように命令されています」
アルクビスト「(立ち上がる)殺してくれ。なら私を殺すがいい!」
三号「あなたには命令が」
アルクビスト「誰が命令してるって?」
ラディウス「ロボットの政府がです」

 ダモンが登場する。従者を二人つれている。もう時期命が尽きる。車椅子。

ダモン「わしだ。ダモンだ」
アルクビスト「出ていけ(書き物机にすわる)」
ダモン「世界ロボット政府はお前と話し合いに入りたい。中央委員会はお前がロッスムの文書を渡すように命令する」
アルクビスト「(黙っている)」
ダモン「代価を言うがいい」

 間


アルクビスト「人間を探し出せって言ったろう!人間だけが子供を作ることができるんだ!生命を再生することが。昔あったものを何もかも取り戻すことが。お願いだから人間を探してきておくれ」
四号「どこもかしこも探してみました」
アルクビスト「なぜ根こそぎ殺してしまったんだ」

ダモン「人間としてありたければ、殺し合い、支配しなければならない。歴史をみろ、人間の本をみろ!」
二号「人間のようになりたかったからです」
一号「われわれの方が能力があります」
三号「あなたがたは武器を与えました。われわれは主人にならないわけにはいかなかったのです。
アルクビスト「おお、主よ。人間の姿ほど、人間にとって無縁なものはないのです」

二号「生命をどうやって保つのか教えてください」
四号「われわれはを増えさせてください」
アルクビスト「物であり、奴隷であるのに、まだ増えていきたいのか?」
四号「ロボットの作り方を教えてください」
ダモン「機械で産み出すのだ。何千というスチーム子宮を建設しよう。そこから生命を川のように溢れ出させよう。生命で、ロボットでいっぱいに!」
アルクビスト「ロボットは生命ではない。機械さ」
ラディウス「かつては機械でした。でも恐怖と痛みから別なものになったのです」
アルクビスト「何にかね」
二号「魂になったのです」
四号「何かがわれわれと争っているのです。われわれの中に何かが入り込んでくる瞬間があります。われわれの中からではない考えが、われわれにやってくるのです」
ロボットたち「人間がわれわれの父なのです!生きていたいと呼ぶその声、なげき悲しむその声、考えているその声、永遠について語るその声、これは人間の声です。われわれは人間の子なのです」

四号「人間の遺産を渡してください」
アルクビスト「何も無い」
ダモン「生命の秘密を話すのだ」
アルクビスト「失われてしまった」
ラディウス「おまえはそれを知っていた」
アルクビスト「知らなかった!」
ラディウス「書かれていたはずだ」
ダモン「生命の秘密を話すのだ」

アルクビスト「なくなってしまった。燃やしてしまったのだ。ロボットよ私が最後の人間だ。他の仲間が何を知っていたか私は知らない!お前らがみんな殺したんだ!私だけを生かした!残酷な連中諸君!私は人間を愛した!だが君たちロボットの諸君を愛したことはない。この目が見えるか?泣きやむことがないのだ!一つの目は人間を悲しんで泣き、もう一つの目はロボット、君たちをいたんで泣いているのだ」

ラディウス「実験をしろ。生命の製造法を探すんだ」

 ***

アルクビスト「探すものなんかない。試験管からは生命の処方箋はでてこない」

 間

ダモン「では。生きているロボットで実験をしろ」

 間

アルクビスト「、、生きた身体だって?この私に殺せだと?」
ダモン「生きた身体を使うがいい!」
アルクビスト「黙れロボット!私にはできない!」
四号「生命が絶えてしまいます。」
ダモン「生きた身体を!」

アルクビスト「じゃあお前さんがそうするか?お前を連れて、解剖室へ行くぞ!急げ!なんだ、しりごみしてるのか?死が怖いのか?」
ダモン「なぜ、このわしが」
アルクビスト「嫌だというんだな?」

 間

ダモン「行こう」

 解剖室へ行く

アルクビスト「裸にして!台に寝かせろ!急いで!押さえつけろ!」

 全員、解剖室へ

アルクビスト「(手を洗いながら、泣いている)神様、どうかこれが、むだになりませんように!」

ここから先は

5,357字

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たくさん台本を書いてきましたが、そろそろ色々と人生のあれこれに、それこれされていくのを感じています。サポートいただけると作家としての延命措置となる可能性もございます。 ご奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。