馬花 91 灰色の雲
「先生さようなら」
「みなさんさようなら」
「ウサポ行くよ!」
「ポっ!」
放課後
3年生のアユラとウサポは4年生のユーリに会いに行く
無論ウサポの目的はユーリをミコルENへ連れ帰ることだ
アユラはウサポの狙いは存ぜぬが、少女ながら、
ただウサポのユーリに会いたいという要望に応えた
下駄箱で上履きがスニーカーに変わり、左手にグラウンドを感じる
「ユーリ!」
「アユラ!」
「ちょっと待って!」
「はいはい」
「ウサポ!ユーリだよ」
「ぴょんぴょん」
アユラはユーリの隣に立つ
2人の年は一つ違いだが、上下関係はなくBABYの頃からの誼は尊く姉妹の様な間柄だ
アユラが響く
「ウサポ!早く!」
ウサポは四つ脚の動きが乱れている
「ぜいぜい」
「なんでウサギが遅いのよ!」
「持久力ないの」
「亀に負けちゃうよ!」
「それは言わないでポ」
ようやくたどり着いた兎をユーリは物珍しそうに見つめた
「ウサギじゃん」
ユーリはこの上なく的確な言葉を差した
「ユーリ今日からクラスメイトのウサポ」
アユラは両名とも知り合いであるという優位性がもたらす"得意気"を徐にしてウサポとユーリの間を取り持った
「ゼイゼイ、ウサポだよ。ユーリちゃん」
「う、うん。ウサポよろしく」
「うん宜しくポ。」
親睦の門出のシルシとして耳を畳んで挨拶をするウサポ。人のお辞儀と同種の礼儀だ
「ウサポがユーリに会いたいって言うからね」
「そうなの?」
「うん、そうなの。ユーリちゃんは幸せ?」
「えっ」
ユーリは少し訝しげな表情を見せて、頬の赤みを少し醒ました
「なんでそんなこと聞くのよ」
「ユーリは幸せに決まってんじゃん。妹のユリリもいるんだよ!」
アユラは口を挟まずにはいられない。女の子だった
「ううん、ちょっとね。ごめんポ」
右耳を畳む
「うん」
少し顔つきが歪むユーリ
呼応して6月の曇天が深さを増して、ユーリの代わりに涙を溢す準備を始めた
「幸せって言えば幸せだけど」
「なんでよユーリ、幸せだよ。私たちは。そうでしょユーリ」
「アユラは'パパ'がいるし」
「えっ、ユーリだってユリリいるじゃん」
「うん。そうだよ。ユリリはもちろんメッチャ大好きだし。でも・・・・」
ユーリは親を知らない。
生まれた時点でハミルENに置かれた。
母のミコルは、父のユメシャがオーナーのハミルENに娘を託したカラダ。
誰一人として仲間が存在しない男に、唯一の光でその存在を照らすことを、思った。
想ってしまった。
そして父のユメシャもまた、ユーリが自身の娘であるという事実は打ち明けられていないから。
それどころか、あの酔い潰れた「交番での再会」以降は連絡は途絶えているから。
夢者は己の娘がこの世界に存在していること、すら知らない。オレハヒトリダ
(
パパ?ママ?
わたしは生まれてからこのことばを言ったことがありません。
みんなにとっては当然のように口を突くそのことばをわたしは言ったことがないのです。
だって、ね
いったところでそこに投影される姿は影でしかないのですから
あこがれのことば
・・・・
ぱまぱま
これだけは、赦してください
)
ウサポの左耳に一筋の水滴が落ちた
不意の冷寒は二本の前脚を大地から引き離した
ぴょん
跳ねた体躯が反射的に言葉を飛び出させた
「ねぇ、2人とも。
ウチに遊びに来ない、ポ?」
曇天の雲は一滴のみ降らせて
そこから先は
泣かなかった
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