馬花 146 バブルとバルーン 昭年平組令限
「アロヤ、帰って来ないっちゃ」
「宝はどこだ。ん?なんだあれは」
「靴か?財宝じゃねぇな。まあいい、一応貰っていくか」
アロヤとバブルは同棲していた
付き合ってはいない
アロヤは一連の流れでエメラルド山にいた
51歳
バブルは1人になって虚無感を埋めるように、
輝かしいあの頃を想い出していた
ベルを鳴らした
何してる?
会いたいよ
今から行くよ
待合せはいつもの場所だ
有楽町からおよそ10分
DISCO HAM
バブルはユーロビートに合わせて踊っていた
リズムにノリ損なっても日常のストレスを発散する為に夢中に踊った
程なくしてピョミが現れた
キスして踊ってキスした
1997年 平成9年
バブルが崩壊してなお
DISCO HAMは有名店の閉店が続いてその扇子が閉じられていく中で、小さな店舗の経営を細々と婁げてきた
バブル絶頂期にも展開を控え、大きなシャボンを膨らませなかった
小さい故に目立たず刺されずダメージも少なかった。シャボンは割れずに長らえた
バブルとピュミは月に1,2度この場所で落ち合う
小さなお立台がある
バブルとピュミはフロアで踊った
小さなお立台には3人の女が扇子を広げて御尻を振っていた
爛爛としたボディコンを衣して店内のミラーボールが彼女達を照らしていた
「伝説だ」
ピュミがバブルの右側に耳打ちする
「伝説?」
バブルがお立台を見上げた
眩いばかりに一心不乱に扇子を広げ踊る
ファー羽根がついたその紫の扇子が蝶の如く鮮やかに舞う
伝説の女は控えめの笑顔で、肉体に沁みついた動作で、その右腕を掲げ続けた
「話に行こう」
「えっ、大丈夫?」
ピュミがバブルに提案した
バブルは少し気後れした
あの伝説の女は有名ディスコで名を上げたバブル絶頂期のカリスマだった
DELIGIT Ⅲとかいう東京の風俗をコクの強いリポーターがロケ取材するという古き笑き情報番組にも時折出演していた
この番組に出演することは当時のボディコンLADYにとって大きなステイタスだった
「相手にされないよ」
「大丈夫だ、行くだけ行ってみよう」
ピュミは強く興味を惹かれているようだった
一世を風靡した女性だから気持ちは分からなくもない、20代前半のバブルにとっても憧れの対象だったが実際に面を突き合わせるとなると恐怖の対象だった
「行くぞ、バブル」
「えっ、う、うん」
伝説がお立台を降りてフロア後方のテーブル席に腰掛けた
誰が飲んだか判別しようのない飲みかけのビールに口付けした
「すいません、バルーンさんですよね」
「うん、誰だっけ?」
「いえ、初めましてピュミと言います。すごくファンでして」
「ふふ、初めまして」
「よくテレビで。あっ一度芝浦の方でも御目にしたことがあるのですが。あの頃はすごくて」
「そうね。懐かしいわ。あの頃はね」
「光栄です」
「情け無いでしょ、私。まだ踊ってるのよ。もう31になっちゃった」
「素晴らしいと思います」
「ううん、周りは何時までやったんだって呆れてるわ。ただね、忘れられないの。あの興奮熱狂、快感が。みんなが私を見てるの!フロアの男達の視線が私に釘付けになるのよ!ねえ、わかる?今は私も歳をとったし大きな箱も少ないし、あの頃みたいに人も溢れてる訳じゃないし」
「いえ、良かったです。輝いてました」
「ううん、ありがとう」
「そっちの娘は?」
ピュミが存外にも積極的に距離を詰めるのを少し引き気味に見ていた
存在を振られてハッとして声を出そうとして喉が開かず息を一度飲んで咽喉を開いて"バブルです"と自己紹介をした
「かわいいわね、いくつ?」
「23歳です」
バルーンとバブルの出会いだった
バルーンは23の時を想い起こして、8年前の1989年(昭和64年及び平成元年)の話をした
お立台で扇子を振り翳すより白い歯を見せていた
お立台やテレビの取材、ナンパにホテル、車にマンション、銀行にマネー、男にポケベル
怒涛の如く喋った
バブルも夢のような泡物語を夢中で聞いた
ミーハー心を剥き出しにしていたピュミは疲れ顔を隠し切れていなかった
対話を遮るベルが鳴る
朝からの呼び出しだった
そしてポケベルを交わした
ディスコを出て弱光の太陽が祝福した
私は人生の師匠と出会った