馬花 99 瞼のアトリエ
アネハは準備した
恋するあの人を奪う
好きだという気持ちは既に伝えたし、
花束をしっかりと購入して交際を申し込む
12本の赤い薔薇を赤子を抱くように抱えた
彼氏に殴られたって
最低だ
不貞だと
不潔だって
言われたって
自分に嘘をつく
なんてしたくない
先日の映画館も彼女はきっと
喜んでくれた筈だ
積年の想いを、今
いつもの公園で夕方に待ち合わせしている
大袈裟だって笑われるかもしれない
俺は40代も半ばだし、
スーツを着込んで
・
現れたのは
彼女ではなかった
2着のスーツが向き合った
「チャリル」
「あゝ、アネハ悪いな」
「いや」
「聞いたよ、ていうかな」
「すまない」
「・・・
お前の手紙
見たよ」
「・・・」
「あいつずっと持ってたみたいだな」
「わるい」
「風呂の中まで」
「え」
「お前のラブレターはびしょ濡れだ」
「・・・」
「諦めろ、俺の女だ」
「殴ってくれ」
「あ」
「頼む」
「何が頼むだよ」
「諦めきれない」
「ふざけるな」
「諦めろ」
「殴ってくれ」
「勇気を持って手紙を書いた。俺がいるのを承 知で勇気を振り絞って告白をした。
スーツを来て花束を持っている。
どうするつもりだ」
「お前から奪うつもりだった」
「あいつは妊娠している。
俺の子だ」
「なに」
「聞いてないだろ」
「なんで」
「なんでって。もう3ヶ月だ。
お前には言えなかったみたいだ」
「そんな」
「じゃあな」
「そんな。殴れ」
「そういうの面倒くさいんだよ」
「そんな」
「勇気を持った!んだろ」
「・・・・」
「なんか、お前の手紙良かったよ。
悪かったな。読んじまった。悪い。
勇気の文字に免じて、チャラだ」
チャリルは立ち去った
1人佇むアネハ
恋の犯行は未遂に終わった
略奪とは
まず、男とケリをつけ。まつ毛が湿る
12本の薔薇が香る
'私と付き合ってください'の花言葉は
行き場を失った
美しい薔薇の姿と香りが
容赦なさを引き立たせる
薔薇を強く、力強く抱きしめた
薔薇が包装に押し付けられて香りが増した
「大丈夫、大丈夫」
心が堪える
大丈夫、大丈夫
今夜の月が東から上がってきた
君の瞼がアトリエとなって
月が光の涙を工芸した