世界の色 彼女のカケラ
ゆっくりとした速度の電車に揺られ、窓の外を見渡すと虹色の様な景色が眼前に広がる。
乗客は誰もいない。
駅名の無い駅で電車が止まり、扉が開いて数分たっても電車が発車しないので、明彦は不思議に思い試しに電車を降りてみた。
すると電車の扉は徐に閉まり、明彦のいるホームを後にして颯爽と旅立った。
訳の分からない現象に戸惑いながらも、無人駅のホームを降りるとそこには見たことの無い植物や動物がいる不思議な光景だった。
実際にその色鮮やかな景色をこの目で直接見ると、虹色、と言うよりは欧米の路面店に並ぶ嫌に原色が使われた甘さだけの綿菓子のような色合いで、どこか胸焼けのする気持ちになる。
少し目の前に背が小さく、その頭には大きすぎる麦わら帽子を被った女性がいて、僕はその女性を知っているようで、どうしても思い出せない。
聞いた事のある声で「行くよ」と言われ、彼女は僕の横に並ぶ。
シャツの裾を引っ張られ、僕は少し躓きそうになりながらも、彼女の横に並ぼうと必死に歩を進める。
少し進んで不思議に思い後ろを振り返ると、そこには何百、何千もの死者の大群が歩くことを忘れ、地を這いずりながら明彦のいる場所を目指している。
決して追いつくことの無い速さで、それでもなお死者の大群は進むことを諦めていない。
その執念深い集合体に恐怖以上の畏怖の念を覚える。
明彦の横で前に進むことを急かす彼女が少し怒りながら、次の瞬間「いらない」と一言発した瞬間、死者の大群は歩みを止め、その場で蹲った。
ただしその中から数人、大きな声で明彦を威嚇する者もいて、萎縮する明彦を横目に、彼女はどこまでも冷たい視線で追随する数人の死者に対し、唾を吐いた。
それでも尚彼らが追ってくるので、彼女はどうした事かと頭を傾げて、少ししてから目が大きく見開いた。
そして彼女は僕に優しくキスをした。
頭の中に何かが入ってくるような感覚に妙な頭痛を覚え、それが物理的に明彦を襲ったものだと知るのは数秒後のこと。
頭頂部に皮の直角をぶつけたのは、他でもない明彦にとって最愛の彼女。
「ねぇ、待ち合わせ場所で寝ちゃう人っている?」
そこにはすこし機嫌を損ねた凛がいて、手に持った小さな黒いショルダーバックの角で僕の頭頂部を小突いていた。
僕は彼女のことが好きで、彼女はニヒルに笑っていた。