フランスにおいて食材が料理の中心になっていったのは、どのような流れや背景があるのか
はじめに
美食ビジネスという講義は、かの有名な辻調理師専門学校の研究所である辻調理師研究所の先生が、フランス料理の歴史、日本においてフランス料理がどのように発展していったのか、ガストロノミーと批評の歴史について、綺麗な料理の写真を見ながら学ぶものだった。
フランス料理のことについて学ぶので、料理人も料理名もカタカナばかりで、暗号のようにも聞こえたが、日本でフランス料理について専門学校ではなく大学で学んでいる人はほとんどいないだろうと思う。
まだ、フレンチは一回くらしか食べに行ったことがないが、これから食べに行くときに今回学んだこと、考えたことが生かされるかもしれないし、背景を知ることで、フレンチをより一層美味しく食べることが出来るかもしれない。
よって、ここに悩み悩み書いたレポートを残しておく。
悩み悩み書いたレポート
私は、授業で学んだ美食ビジネスの課題をまとめ、それに対する解決策を提示しようと思う。
食材が料理の中心から、料理という表現まで消化していったのには、どのような流れや背景があるのかについて美食ビジネス第14回の講義内容を踏まえながら考察する。
美食ビジネスの授業を通して、フランス料理の歴史、日本におけるフランス料理史、ガストロノミーの確立と美食批評の誕生などの講義を受けた。
私が、食材が料理の中心になった背景をテーマにしようと思った理由は、食材が料理の中心になっているというのは今や当たり前のことのように思えるが、フランスでは食材が料理の中心になるまでに様々な背景があることを知って、驚いたからだ。
これからは、食材が料理の中心になっていった背景について述べていこうと思う。
グリモ・ド・ラ・レ二エールが記した、「食通年鑑」や、キュルノンスキーが記した「美食のフランス」では、地方の名産・名物料理の紹介がされている。食材重視への流れには、1960年代末のヌーヴェル・キュイジーヌという考え方は重要になる。この時代には、流通の発達で新鮮な食材が手に入り、食材を生かすという発想が芽生えてきた。これには、当時の大量生産体制が整うにつれて、ブロイラーなどの食材が画一化し、そこにある新たな価値を吹き込む地方のレストランが増えてきたこともある。
「ヌーヴェル・キュイジーヌの十戒」は、軽さの追求、新鮮な食材の使用、加熱時間の短縮、料理のさらなる簡素化、地方料理の尊重、絶えざる創造、新たなテクノロジーの活用など新鮮な食材を活かす事がうたわれていた。1980年代後半には、キュイジーヌ・ド・テロワールと呼ばれるその土地や地域の特性を表現した料理の風潮が現れてきた。
これは、単なる食材の活用ではなく土地の野草等を使い、台地そのものを表現したような料理で、テロワールが想像力の源泉になっている。テロワールを表現する料理人の代表例として、ミシェル・ブラスという方の例をあげる。ガルグイユは、食材ありきの料理ではなく、技術と感性を備えてこそ、料理という表現に昇華することが出来る。
2000年代になると、デンマークにある「ノマ」やペルーにある「セントラル」などが、見逃されていた食材を発掘し、それを通して土地を表現し、新たな価値を付与することになった。
ここまで、料理において食材が占める割合が大きくなっている理由について学んだ。これからは、ヌーヴェル・キュイジーヌの特徴を、食材とソースに着目して述べてみようと思う。
ジャン=ピエール・プーラン エドモン・ネランク 山内秀文=訳・解説 「フランス料理の歴史」によると、
「ソースは、主食材の風味を守り、生かさねばならない」とは、8年代の料理界のスターのひとり、ジュエル・ロビュションの信念だ。そういいながら、彼はマシアロ、ムノン、A.カレーム、A・エスコフィエの後継者であり、現代人の忘れがちなフランス料理の魂をはっきりと思い出させてくれる料理人だ。
しかし、過去とのつながりや、昔のアイディアが繰り返しよみがえることに気を取られると、味覚の新保の道をそれてしまい、現代の料理の中の真の独創性を見逃してしまいかねない。
ここで、食材の味を守るべく、主張した料理界のマシアロの例を参照する。
マシアロは、1691年に食べ物の風味の尊重を主張して、基本の食材を隠してしまうくらいに香辛料を乱用していた当時の料理人たちに反対した。
エスコフィエは、味の尊重を提唱した。それは、当時の料理人たちに、主役になる食べ物とソースと、それに添える数多い付け合わせとの組み合わせを簡略化させるためであった。現代の料理人たちは、再び、「食材の持つ本来の味を大事にすることを主張しながら、新しい加熱方法や新しいソースの概念を発展させている。
以上から、料理における食材の役割とは、おいしさを支える基盤と、新しい味の想像を促す源泉、情報を担いストーリー作りに貢献することだといえる。
参考文献
ジャン=ピエール・プーラン エドモン・ネランク 山内秀史 訳・解説の「フランス料理の歴史」角川文庫 平成29年 p245、p246
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