国際オリンピック委員会の一隅のオペレーションの問題の記録
国際オリンピック委員会のどこかの部署が失策したのだと思う。これはたぶんどこにも書かれていないはずだ。今後もしかしたら何かの役に立つかもしれないので記録しておこうと思った。少々巻き込まれた感があったし。という、ただの個人的な記録である。
2021年7月24日未明、海外の友人から「おめでとう!」というメッセージが来た。愚生が作ったゲーム音楽が東京オリンピックの開会式で使われていたというのだ。送られてきたリンクを見ると確かに「それ」は鳴ってはいた。国際オリンピック委員会の公式のYouTubeだ。再生数は180万を超えていた。
しかし現在は見られない。アカウント名もSports Mediaに変わっている。そして日本では曲のことは全く話題になっておらず、ツイート等も一切されていなかった。
現在は見られない
こうなるともう「おまえは夢でも見ていたのか」と言われそうなくらい跡形もない状態だが、その日、海外ではSNSで少しばかり触れている人はいて、検索するといくつか出てくる。その薄い証拠の一つとしてワシントンポストに記事がある。オープニングセレモニーのダンスでFINAL FANTASY XIIIの「降誕」が使われていたことについて触れられている。
https://www.washingtonpost.com/video-games/2021/07/23/video-game-music-olympics/
入場のBGMに多くの日本産のゲーム音楽が使われていたということは開会式の夜遅くにある程度は知った。しかし愚生は、オリンピックについては随分昔から「構造的にあまり好きでないもののひとつ」で、半ば忌避していたため、その情報を聞いたときは「まさか自分のが混ざってたりは」と少々焦ったほどだった。しかし、使われることなんて有り得ないとも思った。そもそも使われるはずがない、と。
そこまで否定できる理由は、愚生がめんどくさい人間だからである。もし愚生の楽曲を使用するなら、さすがにそれだけの大典であればいくら買取り楽曲であっても「使用してもいいか」の連絡くらいは来るはずである。来たら「嫌です」と言うだろう。多少「嬉しいかもなぁ」と思っても、めんどくさい人間なので「嫌です」と言ってしまうに違いない。
以前、少数民族関連企画の一環で「アメリカ大使館で演奏してもらえないか」という問い合わせをその筋から受けたとき、「IR誘致企業の接待のためにマイノリティを利用する企業のイベントには参加できない」という理由で断ったことがあった(そう社長に伝えてもらった)。また最近もオーケストラコンサートを全て自分のゲーム曲で占めるというひどく有り難い企画をいただいたのに、お断りさせていただいたばかりだった(社長に伝えてもらった)。なので、チャンスを無駄にすることは慣れている。慣れていると言うと聞こえがいいが、普通にアウフヘーベンとかが出来ないだけで、常に後悔はつきまとっている。あまりの出来なさに、かつて先輩のバイオリニストに「あなたは金持ちになれない」と予言されたほどである。
そんな小人が、長年忌避していた大典、それも開催決定からここまで、これでもかとケチが付いた今回に関与して、「わーい」となれるはずがない。また、そういうめんどくささで作り上げてきた信頼を失ってしまいかねないという恐怖もある。使用について愚生に訊く以前に、「訊いても断ってくる可能性が大だ」「後で『私は嫌だった』などと吹いて回られても困る」みたいな感じの展開が予想できるのであれば(誰によって?)、そもそも選曲の俎上に上がらない。愚生も望まないし、権利者も望まない、どちらかがストップをかけるのだから、愚生の楽曲が鳴るはずがない…そう、弊社社長に申し伝え、間髪入れずに「めんどくさくてごめん」と言い添えたところ、「まったく!」と返事をもらった。
しかし、そんな社長でも10年以上の付き合いなので、次のような考えについては大凡理解いただいている。なぜ愚生がそこまでこの大典を「構造的に忌避していた」のか。
選手やチームより「国」が主語になりがちで、そんなものに圧をかけられたり、謝罪させられたり、いつの代理戦争的要素だよという時代錯誤感が愚生には強く感じられていて、また多くの矛盾があっても「感動」というものでチャラにしてしまうやり方が怖かったし気に入らない。また子供の頃に読んだ、五輪選手の国家国民からの圧による自殺の話。ボクシングの練習相手だったのにスパーリングでオリンピックの強化選手を倒してしまって音楽の道を選んだ知人の話。その他色々育った環境などもあって、中高の頃には「あんな国を背負うとか恐ろしいやろ」という感性を育んできてしまっていた。
さらに今回は「サブカルといじめ」とか、サブカルと地続きのところでの問題が開会直前に起きていた。一部でも指摘されいる「それサブカルちゃうやん、標榜に使ってるだけやん、斜に構えたいだけやん」というのも引っかかっていた。そしてサブカルというものは、愚生が長くお世話になってきた業界、ゲーム音楽の空間に於いても、レッテルか自称かそれ以外かは愚生には判然とはしないが、何かしらのそれなりに強い関連性はあったに違いなかった。また同じように感じた人もそれなりにいたようだが、今回話題になったいじめやホロコーストの問題に匹敵するような言説に強く参加していた人は「この空間」にもいたはずだったのである。所謂「開会直前にクビになった人々と何が違うのか」と指摘された事実と同じ事が、自分の業界にもあったということだ。こういった引っかかりと関連性がある大典で、自分の作品が置かれて喜ぶのはとても無理があった。
ここまでが「使われなくてよかった」のエクスキューズだが、「なんだかんだ難癖つけて強がりを言っているのだろう?」という指摘が万が一にもあるとするなら、敢えて付記しておきたい。そのとおりです。使われていたらもっと簡単にこぼせたものを。
しかし、本題は愚生ごときの立ち位置なんかについてではない。国際オリンピック委員会の、知られざる、小さな、一隅の、しかし180万再生につながってしまったオペレーションの問題である。
23日の深夜、一部のメディアで「選手入場BGMの作曲者リストの中に愚生の名前が掲載されている」という情報を得た。これまで述べてきたような理由もあって、そんなはずはないのにと思った。10年以上、SNSでエゴサーチをしない協約を一人で結び守り続けていたこともあって、本件について自分の名前で調べることはせず、きっと来るであろう社長からの一報を待った。社長は理解者ではあるが、ミーハーさはなかなかのものなので「弊社社員の曲が五輪で」というネタなら調べにいくだろうと思ったのだ。ところが彼女も今大典には大いに興味を失っていたらしく、いつまで経っても報告らしい報告が来なかった。そこで愚生は協約に抵触しない「ゲームタイトルでのニュース検索」を採用した。おそらく、やはり愚生の作品は使われていなかったらしいことが分かった。使用されたのは既成の音源であり、複数の作曲家の楽曲で構成されたメドレー。その一部に愚生のパートがあって、大典ではそこは流れなかったが、どこかでオペレーションの問題があり、愚生の名前も一緒に掲載されてしまったらしい…というものである。愚生はその時点でめんどくさくなってしまい、「おそらく」までで調べるのをやめてしまったのだが。
調べるのをやめた理由はこれまで記してきたような忌避感もあったが、その音源は他者による編曲で、そんな音源があったという記憶が全くなく、今更「どれかな」と探しに行って聴いて確認するのもとても嫌で、また当時聞き漏らしていた可能性が非常に高かったこと、すなわち一度も聴いたことがなかったことが分かってきて、バツが悪かったのも大きい。じゃによって、使用されたかどうか問題への詮索と興味はそこで打ち切りとなった(また使用報告が作曲者になされないケースが多くあったということを後で知ったが、全てのケースなのかは知らないままである)。
しかし24日未明、遙かにめんどくさい問題に直面することになった。海外の友人から「おめでとう!」のメッセージが届いた。おめでたくはないけども…一体この動画はなんだ。多くの日本人ダンサーが踊っている。ざっと見たが本格的に感じた(※1)。愚生が作曲し、当時Hさんに大きく編曲してもらった、FF13の「降誕」がBGMとして鳴っている。何より、国際オリンピック委員会の公式YouTubeチャンネルに堂々と「オープニングセレモニーダンス」と書かれて公開されており、100万ほどの再生があった。海外のSNSでは「Born Anew」「FF13」と書いて、動画をリンクして投稿している人も何人かいて、中にはスマホか何かでモニタ画面を撮っていた人もいた。さらには前述のワシントンポストの記者の記事もあった。
しかし「Born Anew」「FF13」を日本語で検索しても、SNSでもウェブサイトでも一切引っかからない。愚生はおめでとうメッセージの送り主に「日本では誰も気づいてないね」と返信した。それに対し彼は「(海外では)いっぱい気づいています!」と言って来た。
愚生は無いに等しい知恵を絞って考えた。「権利的な問題で日本で中継されなかったが海外では中継された部分があったのではないか。だから海外では知っている人がいたが日本ではいない、ということになったのかもしれない。であれば、真っ先に作曲者に連絡してくる者がいても不思議ではないし、最初に知る日本人が作曲者であることもそこまで不思議ではない。うん、そうかもしれない。しかし、いくらなんでも作曲者だけが気づいて本国では微塵も話題になっていないなんてことが…。」 この時点で、「ここまでの極端な話はない」と考えるのが反知性主義でない人間の態度である。国内で誰一人触れていないのだから、これは何かの間違いだと考えるのが普通だ。しかし、いくら確認しても「国際オリンピック委員会公式YouTubeチャンネル」に、その日に「オープニングセレモニーダンス」としてアップされているのである。メッセージの送り主はそれを見て送ってきたわけだし、社長も、海外の複数のSNSユーザーも見ていた。ワシントンポストの記者もその一人だ。証人が複数いるのである。
ところが、ここからがまた弊社の社風である。急にどうでもよくなって、一週間近くそのまま放置してしまった。しかしその我々の知らぬ間に、徐々に全体像は浮かび上がっていた。一週間ぶりくらいに公式の動画を見たら、上記リンクのとおり「動画を再生できません この動画には International Olympic Committee さんのコンテンツが含まれており、著作権上の問題で権利所有者によりブロックされています」となっていた。
最終的には180万再生まで行っていた公式YouTubeチャンネルの動画がなぜ消えたのか。まるで何かを抹殺しにかかってるようにさえ思えた。また色々考え始める愚生に呆れた社長がようやく重い腰を上げ、さらっと調べてきた。
元の動画なるものが、開会式より前の7月17日にアップされていた。多くの日本人ダンサーが立派なセットと照明で「降誕」をBGMに迫力あるダンスを踊っている。実はこれは愚生も24日に一度たどり着いていた動画だった。しかし委員会の公式のものと比べて見るということはしていなかった。愚生はリハ動画くらいにしか思っていなかったのである。社長は「ちゃんと見なかったでしょ?よく読みなよ」と言う(※1参照)。
「『東京オリンピック2021の開催を祝して』『踊ってみた』って書いてあるじゃん」と社長。愚生「ほんまや」。社長は続けて仮説を立てた。
「こういう動画がありますよー、くらいな感じで国際オリンピック委員会に誰かが動画を送ったりしたんじゃない?それを内部で受け渡している間に日本語とか英語とかで通じなかったり勘違いとかあったりで公式のものみたいにアップしちゃった人がいたんじゃない?」
さらにその後見つけたのがこのリンクである。
ここには
「2021年7月23日から翌24日にかけて、わずか1日で100万回再生(※)を突破いたしました。 (※)複数のYouTubeチャンネルの同作品の累計再生回数」
とあり、このダンスを作った大元のチャンネルでは9月10日現在14万弱の再生数なので、23日から24日にかけて100万を稼いだのは国際オリンピック委員会のチャンネルしかない。
元の動画を作った方やアップした方には罪はあろうはずもない。問題があるとすれば、きちんと情報を得て判断出来なかった愚生と、「これは公式のものではありません」と書かず「オープニングセレモニーダンス」と公式で謳って多くの誤解を与えたまま、何も弁解せずに消して、無かったことにした国際オリンピック委員会のYouTubeチャンネルである。そこに「ファンによる作品です」などとは書いていなかったが、それを証明することができないのだけは少々悔やまれる。
ただでさえオリンピックというものに疑念を抱き、開催の強行から、サブカル云々から、今大典にさらなる不信感を抱いていたところに、わざわざ自分の楽曲でトドメを刺しにこられたという感も強かった。なかなかまとまらないし、恥を晒すだけのような気がしてならなかったが、意味もありそうに感じたので、記録と気持ちを書いて残すことにした。くそくらえ。
(2021/9/10頃記、9/29補筆)