繰り返した方がいい失敗
そうでない失敗
人間っちゃア間違うもんだから
失敗なんて当たり前
とはいえ
繰り返せば繰り返すほどに厚みが増すような失敗もあれば
できれば避けたい失敗ってのがある
やっぱり前者の方がいいよね
では
両者各々定義して
前者を促進、後者を避ける
といきますか。。。
という考え方ね。
もうそれこそがアカン方の失敗の出発点ではないか?
そういうバカげたことを考えています。
力抜いていきたいのよね。ともかく。
「バカやっていこうぜ!」と言いつつバカになり切れない
ってのは一見いいことであるようにも見える。
けど
どこか憐れも漂う。
昨日の自分より今日の自分
今日の自分より明日の自分
成長していればいいなと思うのは人情。
しかし
成長かぁ。。。
何の保証もない
そうであるのに
根拠を求めるのって
憐れ
では済まない気がする。
いい失敗というのは
種類ではないんだ。
それを失敗ととらえた時
その人がどう考えるか?
何かを根拠に
定義なんてしちゃったら
窮屈じゃん???
自分に厳しく
は
一般的には美徳の方に入るのかもしれない
けれど
それを自分以外の人々に求めるとなると
美徳とばかりも言っていられない。
失敗しまくる人間
各々
じっくり浸り込む
お互いそれをゆるせるぐらいの余裕はあったっていいんじゃないのか???
失敗に落ち込んでばかりもいられない
それだって
各々が決めたっていいじゃないか。
人間ちったあ明るく過ごしたいものさ。
立ち上がる勇気
ふつふつと
湧き上がらせるためにも
しばきあげるだけが能じゃアなかろうて・・・。
人間に他者の気持ちとかを分かる能力があるのなら
プラス方向へ向かえるパワーみたいなもんも
もちっと信頼してあげられるもんなんじゃあなかろうかねぇ。。。